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 学年末テストがいよいよ近付いて来た。学年末が開けると、テスト返しや通常授業が二週間ほど。それが終われば春休み、そして進級だ。基本五教科に加えて副教科、実技ももちろんあるので、今回のテストはなかなか難敵だ。インターンに行きつつとはいえ、それで容赦してくれるほど雄英は甘くない。っていうか、ヒーロー科特有の科目以外はテスト内容だいたい共通らしい。まあそうだよね。
 寮での勉強会……では、どうしても話してしまってやる気がそれがちなので、今日は気分を変えて図書館だ。勉強を投げ出した三奈と透によって結ばれたふわふわのツインテールを揺らしながら、図書館へと向かう。首筋がちょっと寒かった。雄英の図書館は広く、縦にもデカい。自習室の数も多く、しかもウォーターサーバーまで完備されている! 塾、というよりネカフェ感ある。さすが雄英。タッチパネルで空いている部屋を見付けて向かおうとすると、見慣れた紫の髪がすぐ近くの部屋から出てきた。

「あ」
「あれ、心操くん」

 自習ブースから出てきた心操くんと鉢合わせだ。なんかよく鉢合わせするんだよねえ。運命的だ。

「心操くんも自習?」
「うん。あんたも?」
「そ! 空いてるとこ行こって思って」
「ああ。……あー」
「ん?」

 あの告白から一週間と少し経って、初めて会話するけれど、思ったよりもナチュラルに対応出来ている。まあその間もLINEとかのやりとりはしてたし。こんなもんだよね? ……変ではない、はず。

「いや、緩名が一人でしたいならいいんだけど、……俺ん所来る?」
「う、ん」
「……じゃあ」

 どうぞ、と心操くんが学生証をかざして扉を開けてくれた。四人がけの机と椅子。心操くんの荷物が置いてあるのと対角線上に座ると、室内にあるタッチパネルに学生証をかざして登録する。心操くんはお水を取りに行くらしい。なんかいる? と聞かれたので、じゃあ白湯を、と頼んでおいた。
 カタン、椅子を引く音が、ひとりになった室内に響く。あ、なんかちょっと緊張するかも。……心操くんめ! ドキドキする心臓を落ち着けながら、向かいの席に広がるテキストたちを見て、同じように私も勉強道具を取り出した。テストの時間割はまだ発表されていないけれど、暗記科目はひとまず後回しかな。前世との違いが地味にネックになるので、社会科目はたまにちょっとコケる。心操くんと同じように数学の問題集とノートを開いた。

「あ、おかえり」
「ただいま」
「ありがとう」

 心操くんが貸し出し用の小さな木のお盆に、コップをふたつ置いて帰ってきた。片方は私の白湯だ。室内は暖かいけど、外が寒いからちょうどいい。

「ねー、今どこまで進んだ?」
「ん、ウチのクラスは……ここらへん」
「え、めっちゃ進んでない? まだ全然なんだけど」
「ヒーロー科は授業のコマ少ないからじゃない」
「それはそう」

 トン、と心操くんが開いた数学のテキストは、テスト範囲を飛び越えた先まで進んでいた。我がA組はインターンとかの関係もあり、テスト範囲までギリのペースで進んでいる。予習は一応すませてるからいいんだけども、ちょっとヒヤヒヤだ。
 時おり会話を交わしたり、心操くんに解説を求めながら自習を進めていく。二人してちょっと詰まったところは、後で先生が百、飯田くんあたりに聞こうとかわいい付箋を貼っておいた。ながーい猫のふせんを、心操くんのテキストの同じ問題にもにもぺたっと貼り付けておく。後で復習しやすいようにね、大事。
 ノートの上をペンが滑る音、カチ、とボールペンをノックする音。たまに外から隔てられ濁った人の声がして、小さく物音が響く程度の、心地よい静寂。

「今日、さ」
「ん〜?」
「……それ、かわいい」
「……んぁ、それ?」
「それ、緩名の、髪。……珍しいね」
「あ、りがと」

 髪、と言われて、顔を上げれば高い位置で結ばれて、ふわふわに巻き解されたツインテールが揺れる。……なんか、三奈たちの暇つぶしの成果だけど、まあまあお気楽な髪型をしていることが、ちょっと恥ずかしくなってきた。きゅ、と両手でそれぞれツインテールを持って、毛先同士をもじもじと擦り合わせる。心操くんはそれにふ、と笑って、なにしてるの、なんて穏やかに言った。



 照れ隠しに啜ったぬるい白湯を飲み干して、鞄に入っていたキャラメルで糖分補給をしたり。ヒーロー科特有の座学の問題を解く心操くんに口出ししたり。さすがに私の方が一年しっかりやってるだけあって、アドバイスするくらいの余裕はあった。来年からヒーロー科に編入予定の心操くんは、進級時に普通科ではやらない授業のテストも受けなければらしい。大変だ。まだ用事があるらしい心操くんは、送って行けたらいいんだけど、とちょっと悔しそうだ。わからないところがあったらまたLINEして〜、と心操くんに手を振って、バイバイした。
 街頭がポツポツあるだけの、すっかり暗い帰り道。そういえばマフラー、教室に置きっぱなしだ。持って帰るの忘れてたんだよね。頭の横で揺れるツインテールのせいで、むき出しの首筋が寒い。……明日の朝登校する時寒いし、取りに帰るかなあ。あ、でも夜の学校ってちょっと怖さあるよね。

「ぶっ」
「っぶないな、周り見て歩きなよ」
「いったあ……」

 寮の方からくるっと振り向くと、目の前に現れた黒い壁にどんっと顔をぶつけた。質の良いネイビーのコートを身に付けた物間くんが、呆れた顔で立っている。お、ナイスタイミング。

「鼻、痛いんだけど」
「ハァ? ぶつかって来たの君だろ。……ああ、赤くなってるね」
「詫びて!」
「君どこの当たり屋なんだい」

 まったく、なんて言いながら寒さでかぶつかったからかひりつく鼻を物間くんが撫でた。ちょっとまだジンと痛い。結構な勢いでぶつかったからね、仕方ない。物間くんの腕を取って、校舎の方へとぐいぐい引っ張っていく。

「ちょっとついてきて」
「どこへ……ちょっと、引っ張るなよ!」
「いいからいいから」
「僕の都合は無視か!?」
「……暇でしょ?」
「ぐっ……」

 寒くてうるうるになった目で見上げると、ちょろ間くんはしょうがないな、と吐き捨てた。大人しく連行されてくれるらしい。えらいねー、とキャラメルをあげると文句を言いながらも食べてた。食うんかい。

「で、どこへ行くの」
「どこ〜にい〜るの〜」
「歌うなよ。で?」
「教室〜」
「なに忘れたんだい」
「マフラー……えすごいね、なんでわかったの?」
「君が単純すぎるからね」
「愛か〜」
「適当なこと言わないでくれますゥ!?」

 物間くんの叫び声が静かな廊下に響き渡る。Amazing……☆ ホラー苦手だからちょうどいい人選かも。助かった。でも怖いから引っ付きはするんだけど。B組の面々はレイちゃんの趣味に付き合ってホラー鑑賞会をよくしてるみたいだから、A組の面々より平均的なホラー耐性が高いらしい。豆知識だ。
 物間くんとわちゃわちゃしながら教室へと向かうと、一番後ろの私の席にはブランケットの上にマフラーが置いてあった。クッション、ブランケット、マフラーは女子高生三種の神器だ。物間くんはデーハードヤドヤなブランケットを見てなんだか遠い目をしている。相澤先生も同じような目してたなあ。

「すごく取蔭を思い出すよ」
「いえ〜いだってこれ切奈と三奈とおそろだもん」
「ああ、だろうね……」
「かわいいでしょ?」
「……そうだね」

 めんどくさくなったらしい。切奈にも絡まれたんかな?
 ジーニストから貰った質のいいマフラーをくるんと巻いて、シンプルに結ぶ。高いマフラーは盛らない方が逆にかわいいまであるよね。よしおっけー、と物間くんに向き直ると、すっと伸びてきた手が私の頬に触れた。

「ぁに?」
「髪」
「あ、食べてた?」
「ああ」

 どうやらマフラーを結んだ時に唇についてしまっていたらしい。丁寧な手つきで物間くんが髪を払って、整えるように数度撫でた。

「珍しい髪型してるね」
「ふっふーん、かわいかろ」
「騒がしさが三割増し」
「なんだとぅ」

 べしん、と頭を振った勢いでツインテールで鞭のように物間くんにアタックした。かわいいだろが!



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