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「まあ私すぐ抜けるんだけどね」
「ノリ! 悪い!」
「浮気者ー!」
「すぐ帰ってくるって〜」

 チョコパ、一旦中抜けである。焼きあがった量産型ブラウニーはまだ大量にあって、B組に配るべく持っていくのだ。タッパー様々だ。四段に重ねて、ちょっくらお隣さんへ足を伸ばした。うわ、外寒。制服とカーディガンにエプロンっていう軽装に、容赦なく突き刺さる冷気がやばい。ちょっと小走りになって、B組の寮の扉を開けた。

「ただいま〜」
「おーおかえ……それはあってんのか?」
「おかえり、緩名さん」
「チョコだ〜!」

 入口にいた鱗くんが首を傾げる中、骨抜くんは相変わらず柔軟だ。人の顔を見るなりチョコ扱いしてくるナチュラル失礼な吹出くんに、タッパーを押し付けた。

「チョコ……?」
「俺たちに……?」
「女子から……」
「女子からのチョコだ!」

 一部男子高校生らしい子たちは疑いからの歓喜を表してくれている。個包装じゃないことに文句を言っていたA組男子一部とは大違いである。一佳たちは市販品を女子内で回すだけに留まったらしいので、飢えがあるんだろう。……って言ってるけど、たぶんB組の子たち、男の子たちの分も用意してそうだけどなあ。バレンタイン当日までまだあるし。

「みんなで食べて〜」
「ありがとう緩名さん」
「恩に着ります!」
「……あれ、宍田くんってチョコ大丈夫?」
「獣ですが人間なので問題ないですぞ!」

 ふと気になったけれど、問題はなかったようだ。見た目が猫とか犬“個性”の人でも基本大丈夫らしい。“個性”社会の不思議ですぞ。

「磨も食べてく?」
「ウチらはまたお返しすんねー」
「ん〜、A組今パーティー中だからすぐ帰るよ! ありがと」
「りょ」

 タッパーのひとつは丸ごと女子用なので、一佳に渡すと今からお茶会をするらしい。するっ、と後ろからお腹に巻き付いてきた細い腕。振り向くと唯ちゃんの眩しすぎるご尊顔がありウッ……! となってしまった。かわいいは正義。きゅうと抱き込まれて、柔らかさといい匂いのマリアージュにアヘっていたら、切奈に呆れた顔を向けられた。ありがと、と耳元で囁かれた唯ちゃんの声に、チョコ作ってよかった〜! と自分のファインプレーを褒め讃えたい。

「唯と磨のアレなんなの?」
「営業の参考になるノコ!」
「どんな営業、それ」

 営業扱いされているが、私の百合はお仕事ではないです。ただかわいいモノ、綺麗なモノには心惹かれるのが人間心理というもの。つまりは唯ちゃんラブってわけだ。

「食べていい? いいの?」
「どうぞ〜」
「やったー! ありがと緩名さん!」

 吹出くんはいつも無邪気。そう振舞っているだけの可能性もあるけど無邪気だ。

「回原おまえ今日普通科の女子から貰ってんだから遠慮しろよ!」
「なんでだよ」
「ズリィからだよ」
「モテるな!」
「俺に言うなよ」

 回原くんはおモテになるらしい。かっこいいもんねえ。男子たちのソファの背もたれに頬杖をついて、面々を見渡す。たまには交流しときたいよねえ。

「回原くんってモテるんだ」
「……緩名ほどではねぇよ」
「え〜? まあそりゃ私は爆モテしてるけども」
「すげぇ、言い切った」
「学年一モテる私と比べても比較にならないじゃん?」
「緩名さんって天上界の存在なのかも」
「その自信羨ましいよ、俺」

 そもそも性別の違う私と比べるのもナンセンスである。ちょっと謙虚、あっさりめな所もモテる一因なのかもしれない。

「鱗くんもモテそう」
「……え、俺か? いや俺は全然」
「なんかコスのね、腕の筋肉めっちゃよくない?」
「ソコなのか」
「女子って好きだよなァ」
「腕出しとこうかな……」

 腕の筋肉はいいものである。出してこ。寒いけど。あと鱗くんのウロコ、触ってみたいから今度触らせてもらお。カチカチらしい。
 実食した人たちから、美味い! 最高! とお褒めの言葉を頂いたので、そろそろ帰るかぁ、と立ち直して伸びをすれば、メッセージツールで呼び出されたらしく、自室から降りてきた物間くんと目が合った。こんにちは。私の姿を見て、わずかに眉を顰めた物間くんは、それからテーブルに乗っているタッパー郡に目を向けた。

「……普通バレンタインと言ったら個包装じゃないのかい」
「ウワ、出た」
「ハァア!? どちらかというと“出た”のは君だろ!?」

 ここB組なんですけどォ!? と叫ぶ彼も上鳴くんと同類だったらしい。いや、どっちかって言うと小舅かな? 後ろ足でケリケリと砂をかける犬みたいな動作をすると、はしたないことするなよ、なんて言いながらソファに腰を下ろした。

「だいたい個包装にしたらホワイトデー15倍返しじゃないと割に合わなくなるし」
「悪魔の理論?」
「阿漕すぎンだろ」
「美味いのに食うの怖くなってきた」
「ホワイトデー、宛先はこちら↓」
「出ねェから」
「ん? あ、僕ね……『雄英高校一年A組 緩名 磨』」 
「出すんかい」

 こちら、と吹出くんを指すと、お顔のフキダシに宛先を載せてくれた。シゴデキ男である。

「それになんだいその格好」
「これ? ……かわいーよねえ?」
「かわいいよ」
「かっ、かわいい……!」
「ほら」

 格好、と言われたけど普通に制服にエプロンの幼妻スタイルだ。かわいさしかない。一回転して見せると、サラッと骨抜くんが褒めてくれた。円場くんも少しどもりながらも同意してくれるので、ふふんと物間くんに向かって胸を張る。と、ハ、と鼻で笑われた。なんだコイツ。ムカついたので近付いて乱れのない淡い金髪をぐしゃっと掻き混ぜた。ウワ!? なんて驚いた声がちょっと笑える。

「んじゃ帰るわ、ばいばい」
「嵐か?」
「チョコありがとう」
「ありがとー! お返しするねー!」
「うーい」

 ひらひらと手を振ってB組を退却した。
 外に出ると、ぴゅうっと冷たい風が吹く。やっぱり寒い。はよ戻ろ、と思ったけれど、校舎の方向から見慣れた二人の姿が見えて駆け出した。

「今帰り〜?」
「……」
「ああ。緩名はどっか行ってたのか?」
「なんで無視すんの!? ……うん、B組行ってたの」

 私の姿を見た途端眉間の皺を深くした爆豪くんには無視されて、その少し後ろを歩いていた轟くんはしっかり反応してくれた。さっさと帰って行こうとする爆豪くんの腕を掴んで引き止める。

「ンで掴むんだよ」
「だって無視するじゃん、やだじゃん」
「無視はよくねぇな」
「ねー?」

 同意してくれる轟くんに首を傾げると、轟くんも同じ方向へこてんと首を傾げた。かわいい。チッ、と頭上からは舌打ち。それでも振り払わないあたり、ほんとに爆豪くん優しくなったよね。

「一緒に帰ってきたの? 仲良しじゃん」
「仲良しだぞ」
「目と脳ミソ腐っとンか。……腐ってたな」
「ひど! ……さむ!」
「ンな格好してたら当たり前だろ」
「料理してたのか?」
「うん、バレンタインの。寮にあるよ〜」
「お」

 二人して自主練から追い返されたらしい。もう街灯がないと歩くのが不安なくらいには辺りは暗くなってるし、まあそりゃそう。寮の近くは明るいけど、体育館の方とか真っ暗だろうなあ。寒さを紛らわすように掴んだ爆豪くんの腕を引いて、おまけに轟くんの腕も引いて、目の前で二人をくっつけた。

「どうした?」
「壁〜」
「やめろ気色悪ィ!」

 ら、怒られた。せっかく風避けにしたのに。ぶーぶーとブーイングすると、轟くんが隣に並んで来る。その左側から熱が発されているのに気付いて、ピッタリひっついた。

「お」
「ぬくぅ〜……」
「蝉かてめェ」
「せめてコアラにして」

 ぴょんと飛び付いて脚も回すと、体幹オバケの轟くんはふらつくこともなく、むしろ私のおしりの下に腕を回して支えてくれる。まじで顔面のキラメキと身体の刃牙道がギャップすぎんだよね。

「BEASTARSとバキの人って親子なんだって」
「思考回路どうなっとんだ」
「びーすたーず? ってなんだ」
「オモロ漫画だよ」
「漫画か」
「貸したげる! ……吹出くんが!」
「おまえのじゃねェのかよ」

 爆豪くんが寮の扉を開くと、あったかい空気が流れてきて癒しだ。冷たい風に吹かれた太ももがちょっと痒い。さっさと入っていく爆豪くんに遅れて、轟くんにくっついたまま靴を脱がせてもらう。距離感バグ? そんなん今更だ。共有スペースからの明かりだけが頼りな暗い玄関で、ローファーが床を打つ音が静かに響いた。

「……もう、普通なんだな」
「ん? なにが?」
「昼から、おまえなんつーか……変だったろ」
「……変、ではなかった、よ」
「変だったぞ」
「むん」

 たしかにめちゃくちゃ動揺していた自覚はある。透や百なんかはかわいいかわいいといつも以上に囃し立ててくれたし、……まあ、そういう雰囲気を出しちゃってはいたんだろう。

「……かわいかったでしょ?」

 でも、告白に動揺してる自分がなんか恥ずかしくて、虚勢を張って誤魔化す。小首を傾げる、までは轟くんが無意識によくやっているけれど、プラス上目遣いで古のモテテクだ。轟くんは基本的に私全肯定マシーンなので、いつも通り肯定してくれるはず。だった。

「かわいい……けど、かわいくねえ」
「え?」
「いや、かわいかったけど……なんか、いやだった」
「……お、おお……漠然と、してるね?」
「……ああ」

 でも、いやだ。少し幼い響きで呟かれた声に、そっと轟くんを見上げれば、声と同じように拗ねた顔をしていた。……嫉妬か?



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