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 溶かしたチョコに薄力粉や諸々を混ぜ込む。少しずつ混ざり合うチョコを見つめていると、無心になれる心地がした。噎せ返りそうなほどの甘い匂いも相まって、ずっと浮き足立っていた心がゆっくりと着地していく。

「……は〜〜〜〜〜……」
「溜め息ふっか」

 パタン、とオーブンを閉めて、同時に深く長い溜め息を吐き出した。しゃがんだ私の肩に響香が軽く膝を当ててもたれてくる。

「珍しいよね、磨がそこまでなるの」
「脈アリってやつ!?」
「……」
「……」

 はしゃぐ透に、三奈と無言で見つめ合う。脈アリ。そうなんだろうか。……どうなんだろうか。今のところ、正直、なんか、誰かと付き合いたいみたいな欲求がない。それは日々が楽しくて満たされてることも、やるべきことが多すぎて溢れていることもあると思う。普通に告られて、いつも通りごめんなさい、を出来たら一番よかった、のに。心操くんが、そうさせてくれなかったせいだ。

「……わからん」
「ありゃ」
「重症じゃない? これ」
「……」
「芦戸の無言怖いからやめて」
「……エヘ、だってえ」

 三奈がかわいこぶってはいるけれど、その眼はギラギラに輝いていた。どういう感情なん、それ。透と響香はニヤつきながら、といってもひとりは見えてないが、なんかニヤついた雰囲気を出しながら私の脇腹をつついてくる。う、うざ〜……! 絶対いつかからかい返したる。

「もおおお、早くチョコ作りなよ!」
「作ってるよ〜!」
「ほぼ砂藤くんに任せ切りじゃん」
「こういうのはプロに任せるのが一番いいじゃん?」
「誰がプロだ」

 君だよ、力道。なんて言いながらも、恋バナから気配を消していた砂藤くんが透たちに指示を出す。もはや当たり前のように砂藤くんが女子に混ざってるけど、それを疑問に思う人は既にいなかった。プロだしね。
 大量生産ブラウニーは焼き上がりを待って切り分けるだけだし、少し手持ち無沙汰になっちゃった。材料めちゃくちゃ余ってるし生チョコでも作るかなあ。女子連合はチョコケーキだったりチョコプリンを作るらしい。あと砂藤くんのエクレア。……多いかな?



「よっ」

 生チョコを冷蔵庫に入れて、焼きあがって少し冷ましたブラウニーを切り分けていく。プレーン、ナッツ、ドライフルーツの三種だ。まだ少し熱の残るそれらをタッパーに詰めて、ソワソワしながらソファで待っている男の子たちへ。

「はい、バレンタイン。アイスとか生クリームいるなら自分で盛って」

 と差し出せば、

「……情緒がない!!」

 と上鳴くんに叫ばれてしまった。うるさ。

「なんっ……いや! 情緒なくね!?」
「ねェなあ……」
「なんかっ、アレじゃね!? 緩名は、あと葉隠の二人くらいは個包装の感じじゃね!?」
「言いたいことはわかるぜ」

 上鳴くん、必死の力説である。まじでうるさい。切島くんや瀬呂くんも同意ではあるようだ。ええ〜……でもさあ?

「個包装めんどいじゃん」
「ウ〜ン、情緒」
「そうなんだけどね?」

 ラッピング用品も、昨日の残りがあるにはあるけどめんどくさいが先立つ。味なんて変わんないし、第一今日女子みんな作って交換会みたいな感じだし。スタイル的にはビュッフェに近い。

「裏切りだろォ!」
「うるさ、おかえり」
「おまえだけは……っ、オイラ緩名だけは信じてたのに……ッ!」
「勝手に信じられてもなあ」

 バァン、と飛び込んで帰ってきた峰田くんにも泣かれてしまった。最近の峰田くんは一人でそこらへんを出歩いてることが多いんだけど、理由は「一人でいる方がチョコ渡しやすいだろ!」らしい。動悸が不純だ。

「おまえと轟ばっか恋愛イベントでキャッキャしやがって……!」 
「う……え、轟くん?」
「轟?」
「チクショウがァ!」

 叫ぶ峰田くんの様子から、なんとなく察する。前よりも近寄りがたさが和らいだと評判らしい轟くんは、たいへんおモテあそばせなのでまた呼び出されているんだろう。あんまり轟くんと恋バナとかしないけど、轟くんも告白してきた中の誰か一人に、今日の私みたいにドキドキすることがあるんだろうか。想像できない。……が、今日、まさかの告白にドキドキした身からすると、轟くんにだって同じようなことがあるかもしれない。……え〜、なんか、それはちょっとやだなあ。なんか、上手くは言えないけど……ちょっとイヤだ。

「俺は」

 モヤモヤした気持ちのまま障子くんの隣に腰を下ろすと、障子くんがゆっくりと、少し照れたように口を開いた。

「……こういうのも、いいと思うぞ」
「おっ」
「上手く言えないが……パーティーのようだろう」
「パーティー……」
「あまり縁がなかったから……楽しいと思う」

 パステルな水玉模様の紙皿の上に、障子くんがいただく、ありがとう。とブラウニーを取り分けた。マスクをズラして、大きな口でブラウニーを頬張る姿を見て、邪魔になっちゃうのも構わず思わずその首に抱きつくと、逆側から上鳴くんの腕が回っていた。邪魔なんだけど。

「いっぱいパーティーしような……」
「毎日パーティーしようね……」
「毎日は楽しそうだが遠慮する」
「遠慮すンな障子ィ……!」

 クウッ! と切島くんが噛み締めながら障子くんの肩にポンと手を置いた。

「アタシも毎日頑張る!」
「毎日同じパーティーよりは種類を変えた方が良いのではないでしょうか?」
「お餅パーティーとか?」
「びっくりパーティー!」
「コンサートとかもいーんじゃん?」

 キッチンまで聞こえていたようで、三奈たちも乱入してくる。障子くんが愛しいのはそうなんだけど、段々場が混乱してきた。まあだいたいいつものことなので障子くんも華麗に受け流している。響香とか透は悪ノリの顔してるもん。
 ブラウニーしか乗っていなかった広いテーブルに、続々と女の子たちの作ったチョコスイーツが置かれていく。

「混沌の饗宴」
「チョコだしサバトっぽいよね」
「あー、深淵暗躯」
「……」
 
 私たちの軽口に、肯定なのか否定なのか、常闇くんは反応を示さない。まあなにはともあれ、第一回一年A組バレンタインパーティー開催だ!



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