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「バレンタイン、さいっこー!」
「サイコー!」

 雄英からほど近いスーパーに設置されたバレンタインコーナーで、三奈と共に両手を上げた。高いチョコ、安いチョコ、変わり種のチョコ……とにかくチョコまみれチョコづくしだ! 甘いものが比較的好きヒューマンにとって、めちゃくちゃ最高の楽園である。インターンのお給金も振り込まれているし、バイトをしてない高校生よりは余裕のある私たちは、自分へのご褒美チョコもそれなりに買える。さいこー!

「あはは、元気ですね」
「もーめっちゃ元気! チョコ大好き!」

 本日の引率、13号先生だ。本当は引率の先生は別にいるんだけど、教員寮の買い出し基パシリらしくスーパーに用事のある先生が、ついでに私たちの面倒を見てくれている。流石にスーパーでコスチュームは陳列棚を倒す恐れがあるので、結構レアな私服姿だ。スマート〜。

「でも、もうすぐ学年末があることも忘れないでね」
「ギャー!」
「も〜、なんで……なんで!?」

 悪魔の囁きに三奈が悲鳴をあげた。気持ちはわかる。あはは、と爽やかに笑う先生の腕に、ぷくっと頬を膨らませながら絡みついた。

「雄英のテストまじむずいんだよねえ……」
「緩名さんならいつも通り出来れば大丈夫だよ」
「アタシは?」
「芦戸さんは……ううん、頑張ろう!」
「いやうける」

 僕も質問があればなんでも教えるので! と微笑んでくれるけれど、あんまりフォローにはなってない。正直すぎてウケてしまった。

「んー……クーベルチュールチョコ……」
「え、そんな買うの!?」
「まあ余ったら食べたらいいし」
「たしかに」

 三奈と二人、両側から13号先生に引っ付いて、カゴにチョコを詰めていく。女子高生のパワーには勝てないようで、困ったように笑いながらも13号先生はなんだかんだ付き合ってくれている。卵とか牛乳は雄英内のコンビニとスーパーの間くらいの品揃えになっている購買で買うとして、ココアパウダーやチョコペン、ナッツ類にドライフルーツなど、手作り用品を探し回っていると、「芦戸ー」と三奈を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、なんか呼ばれてるからアタシちょっと行ってくる」
「てら〜。……あ! 砂藤くんにラム酒あるか聞いといて」
「らむしゅ……わかった!」

 本当にわかっているのかは危ういけれど、とりあえず三奈に任せた。なければないでいいでしょ。クッキー、ケーキ型とかは寮や学校にあるからいいとして、飾り用のチョコ、もっといるかなあ。……ええい、足りて損はなし! の気持ちで、定番のカラースプレーやアラザンを籠に詰めていく。一部、エリちゃんと共同作成のものは、学校からきちんと経費が降りるので、心が大きくなっているのだ。

「そんなに作るの?」
「いっぱい作るの〜。先生にもあげるね!」
「えっ、ありがとうございます」
「っていうか、教員寮のキッチン借りるから……」
「ああ、エリちゃんと作るんだったよね」
「そ〜!」

 いろいろ考えはしたけれど、エリちゃんの年齢を考えて、焼いたクッキーに飾りつけをしてもらうことにしたのだ。猫ちゃんの型とオールマイトの型がある。ついでに先生たちに配る用のチョコも焼くつもりだ。先生たちにはマフィン、友達たちには量産型ブラウニーの予定。

「なにを作るんですか?」
「ふふん、それは〜、当日のお楽しみです!」
「そっかあ。それは楽しみだね」
「でしょ」

 目を合わせて、ふふ、と笑い合う。13号先生のこの男性とも女性ともつかない中性的な感じ、めちゃくちゃ落ち着いていいなあ。三奈がいなくなって空いた反対側で、私の籠も持ってくれているし。紳士〜。

「先生はチョコ作ったりしない?」
「そうだね……した事ないかも」
「貰う方が多そ〜」
「あはは、ありがたいことに」

 高身長、紳士、美形っていう最高の三拍子を兼ね備えた先生だ。同性とか関係なくモテるのも頷ける。……? うんうん、と頷いていたら、なんとなくどこからかなんか……気配? 見られてる感じがした。キョロ、と辺りを見渡すけれど、雄英から一番近いだけあって雄英生も多く、特設チョココーナーなんて特に賑わっている。普通科、サポート科、経営科はヒーロー科ほど外出が規制されていないから、出てきている生徒も多いしね。気のせいかな。

「どうかしましたか?」
「え? ううん、バター、塩ないやつどこだろって」
「ああ、それなら」

 確かあっちの方に、と13号先生の誘導に従って歩き出した。

「バター、バター……ああ、あったよ緩名さん」
「……」
「……? どうかしましたか?」

 13号先生の横顔を、斜め下からじいっと見つめる。うん、なんか、なんか……。

「私13号先生の顔めっちゃ好きかも」
「ええっ」
「私もー!」
「おわっ、びっくりした」
「ええと、ありがとう」

 ぴょん! と後ろから抱きついてきたかわいい声。えへへ、びっくりしたー? と透が無邪気に私の顔を(たぶん)覗き込んできた。したよ。愛いやつめ。



「絶っ対買いすぎ!」
「おもい……」
「持つか?」
「いや、私浮かすよ!」

 なんだかんだあれやこれやと買い込んでしまった。のは、私だけではなかったみたいで、みんなの荷物をお茶子ちゃんが浮かせてくれた。送迎バスを降りて、そのまま寮へと一直線だ。

「緩名はなに作るんだ?」
「んー、クッキーと、マフィンと、ブラウニー」
「おお! すげえ作んだな!」
「配る人多いからねえ」

 そういう砂藤くんは、三奈や透に監修を頼まれている。エクレア焼くかな〜、と言っているので、めちゃくちゃ美味しいエクレアを食べれることは確定した。

「紅茶のパウンドケーキ食べたい」
「アタシも!」
「もうバレンタイン関係ねぇよそれ」
「食べたいもん。ね!」
「えっ、ええ! ぜひ、私も頂けるのなら……!」

 女子からの厚に素直に折れて、わかったわかった! と砂藤くんは頷いた。とても従順。本来ならこの後ティータイムと洒落こみたいところだけれど、残念ながらもう日が傾いてしまっている。明日も授業やインターンがあるので、時間の余裕はそこまでない。頬に触れる風は冷たさを増す一方で、まだ遠そうな春を思った。

「……お花見、したいねえ」
「ん? どしたの急に」
「いや、なんとなく」

 今は枯れてしまっているけれど、寮からほど近いところにも桜並木が植わっている。満開になったら綺麗だろうな〜、なんて。桜は好きだ。日本人だから。

「ケロ、そうね。雄英の桜は立派だもの」
「いいねえ、お花見! お団子、おにぎり、桜餅……」
「米じゃん」
「白米が至高なのです」
「ブレねぇな、麗日」

 お茶子ちゃんの一直線な米への愛に、あはは、と笑いが起こる。まじでブレない。朝食がパンの時絶対昼夜お米食べてる姿を見るもん。ぶわっ、と一際強い風が、マフラーから溢れた髪を攫って巻き上げていく。

「……しようね、お花見。みんなで」
「……うん」

 きゅう、と手を握ってきた三奈に、淡く微笑んだ。



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