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「むむむむむ……」

 マジカルバナナ。女子高生と言えば恋愛。恋愛といえばイベント。イベントといえばバレンタイン!
 そんなこんなで、図書館でチョコレシピの本、と思って探しに来たけど、流石バレンタイン時期と言うべきか、お菓子のレシピ本がほぼほぼ駆逐されたいた。あちゃあ。
 ネットのレシピもいいけれど、今年のバレンタインは2回、作りイベントがある。ひとつはまあ自分用の、もうひとつはエリちゃんとのお楽しみわくわくはっぴーばれんたいん大作戦! である。今名付けたけど。小さい子と一緒に作るなら、スマホで見るよりも本で見た方が見やすいしわかりやすいかなあ、と思ったんだけど……残念無念また来週菊丸ビームである。

「ん〜……」

 ぐぐっ、と背伸びして、ぐぐっと腕を伸ばす。一応スイーツレシピ本だ。……中世の、っていう前置きが着くけど。絶対参考にはならないが、手を伸ばせば届きそうな高い所にあるし、まあちょっとの好奇心が働いて取ろうと……あ、無理だこれ。自分の腕の長さ見誤ってた。無理して取って本を傷めちゃうのも本意じゃないし、とはいえ書架用のハシゴを取りに行くほどではない。大人しく退却しようかな、なんて諦めかけたら、すっ、と私の横を長い腕が通って行った。

「どれ? これ?」
「お」

 すぐ近くから聞こえてきた声に少しだけ仰ぎ見ると、特徴的な口元が見える。

「骨抜くん」
「や、緩名さん。はい、どうぞ」
「ありがとー」

 横から手渡された本を受け取って、胸に抱えた。書架に手を着いたままの骨抜くんに囲われる中で、くるっと振り向く。

「ちょっと久しぶり?」
「まァ、A組……っていうか緩名さん大変そうだったし」
「……アレ、なんか、聞いた!?」
「いや、見てて思っただけだよ」

 個人的には結構大変ではあったけど、あくまでクラス内で完結した……はずなんだけど、そういえば普通科の子に突っかかられて怪我したのはそれなりに噂にもなってたみたいだしなあ。まあ、骨抜くんって鋭そうだし、大人っぽいし、いろいろ察せるところがあるのかもしれない。

「にしても、緩名さん意外な趣味だね」
「え? そう? ……いやこれは別に趣味じゃないから!」

 なんのことだ、と思えば胸に抱えた本のことらしい。中世のレシピ、面白そうだとは思うけどそこまで興味はない。ふるふると違うから! と頭を振れば、骨抜くんがク、と喉で笑った。にしても。

「なんか壁ドンみたいだね」
「ん?ああ。……」

 壁ドンみたい、というより正しく壁ドンなんだけど、骨抜くんの柔軟な雰囲気のせいか、そこまでこう、少女漫画っぽさはない。

「え、わ、なに、……」
「ちょっとだけ」
「えっ?」

 と思ったら、骨抜くんが少しだけ身を屈めて、近付いてくる。え? 壁ドンみたいだって言ったから? キスしそう、まではいかなくとも、少なくとも男女の友達、とは言いきれない距離の近さだ。骨抜くん、もしかして私のこと好きでグイグイアプローチしてくるタイプなんかな!? ならアリ。

「えっ」
「?」
「シー……」

 とりあえず頭の中だけ騒がしく、外は大人しく「ちょっとだけ」の言葉に従っていたら、第三者の声がした。あー……なるほど。骨抜くんの肩越しには、めちゃくちゃ素できょとん、としてる物間くんと切島くんがいた。切島くん、一緒に図書館来たんだけど、途中ではぐれたと言う名の撒いたんだよね。物間くんの驚きの声を聞いて、骨抜くんが楽しそうにしている。わかる。私も楽しい。

「なっ……! ななな、なにをしてるんだい君たち!? えっ、まさかそういう関係……!?」
「緩名と骨抜……? えっ、付き合ってたのか……!?」

 静寂の後には、二人してめちゃくちゃに焦っている声が聞こえた。こっそりと骨抜くん越しに顔を覗くと、真っ赤になっている。……物間くんって、主にA組を小馬鹿にした態度取ってるけど根は結構純情だよねえ。切島くんもA組切っての純情ボーイだし。
 骨抜君と無言で見つめあって、こくん、と同時に小さく頷いた。二人からは見えていない骨抜くんの表情は楽しげだ。

「ッ〜〜〜!?」
「っんふ、」

 もうちょっとだけ悪ノリを、と首に腕を回して、より密着したら言葉にもならない悲鳴が聞こえてきて、思わず笑いが漏れてしまった。ここ図書館なんですけど〜ご静粛に願います〜。

「何しとンじゃ」
「お」
「あら」

 柔軟剤の清潔で柔らかい、薄〜い香りを鼻で追っていたら、突然の乱入者にベリっと、それはもういささか乱暴にべりっと引き剥がされたしまった。残念。

「爆豪も来てたんだ」
「うん。この人は真面目に課題」
「へえ、意外。不真面目そうじゃん?」
「ッセ根っから真面目だわ!」

 それは微妙に違うと思う。真面目は真面目だけど、真面目ではない。って言うと、ハ? みたいな顔を二人に向けられた。遺憾である。

「え、え? あ……え? 爆豪……え?」
「ほら見ろバカがバグったじゃねェか」
「かわい〜じゃん」
「目ェ腐ってんぞおまえ」

 ド失礼な爆豪くんの手には、近代ヒーロー史の参考文献がいくつか。後で貸してもーらお。

「写真撮っとけばよかったね」
「柔造」
「んね、物間くんちょ〜面白い顔してたもん」
「柔造」

 骨抜くんにちょっとタチが悪すぎるんじゃないかい!? と物間くんが詰め寄っていた。ウケる。ケタケタと笑っていたら、突き刺さる視線と、小さく聞こえてくる声に気付いた。

「……緩名、……ほら、やっぱり……」
「いつも……男子、……清楚系ビッチじゃん」
「……」

 マジカルバナナ。私と言ったら美少女。美少女と言ったらモテる。モテるといったら妬み! 女の子たちの少し高い声は、不思議と嫌に耳につく。とはいえ、全てを聞き取れる程ではないけれど、こっちを伺い見る視線や声色からも、好意的ではない雰囲気を察した。といっても、わりと今世では慣れっこでいる。中学の時とかの方がもっとアレだったし。雄英ってやっぱ偏差値高いだけあって大人な子が多いから、あっても精々悪口くらいなのだ。

「ん? ん?」

 逸らした視線を戻す、よりも先に、ガシッと両耳を塞がれた。塞がれた、っていうか、挟まれた? UFOキャッチャーのアームのように私の耳を挟んできたのは爆豪くんだ。奥にいた私に聞こえるくらいだから、この人たちにも聞こえてたんだろう。皆してスンとした表情になっていた。特に切島くんとか、悪口とかそういうの嫌いだからなあ。
 通り過ぎて言った女生徒たちに、今にも直談判に行きそうな切島くんの腕を掴んで、眉尻を少し下げて、笑った。

「大丈夫、行こ」
「っ、緩名……」

 気にしてませんよ〜みたいな素振りを見せつつ、ちょっと泣きそうな雰囲気も出すのがポイントだ。普段は飄々とした女の子が、こういう瞬間に珍しく陰のある、困った顔を晒すのって効果的じゃん。

「ああいうの、慣れてるから……大丈夫だよ」

 きゅう、と切島くんのブレザーを握る手を、少しだけ震えさせた。さりげない健気さと気丈さのアピールは、切島くんたちに向けてじゃない。今も周りにいる、その他大勢へ向けた、言わばパフォーマンスの一種である。っていうか、全然泣きそうになってないことも、見る人が見ればわかっちゃうのだ。その証拠に、爆豪くんなんてさっきよりもっとシラ〜っとした顔をしてる。バレてんだわ。

「ま、緩名さんが何も言わないなら俺たちの出る幕じゃないっしょ」
「骨抜くん」
「そうだね。この雄英にもああいう口さがない輩がいるのは残念だけれど、彼女の意思を尊重しようじゃないか」
「物間くん」

 物間くんは一瞬呆れた顔を見せたけれど、すぐに乗っかってきて、表情を繕いチクチク言葉で刺していた。周りから守るように、私のすぐ隣に並び立つ。骨抜くん至っては流石の柔軟さである。流れるように私の背中に触れて、貸し出しカウンターの方へと連れて行ってくれた。見た目的には気まずい空気のまま、手に持った本と学生証のバーコードをスキャナーに押し付ける。居心地の悪そうな顔をしている悪口二人組を一瞥し、そのまま四人を従えるようにして図書館を出ていった。

「……まじで逆ハーレムじゃない?」
「乗ってあげたんだから感謝してくれないかなァ」

 周りから人が消えた途端、ふっと雰囲気が弛緩する。物間くんはまたしても盛大に呆れた顔をして、悪態をついてきた。意外とノリいいよね。

「緩名さん、ナイスカウンターパンチ」
「でしょ? 爆豪くんも乗ってよお」
「バカだろ」
「ひどお」

 B組の二人がアシストしてくれてるのに、爆豪くんはずっと白けていた。ひどくない? 切島くんは素で助けてくれてるから最高。

「え? ……え? どういうことだ?」
「彼大丈夫なのかい?」
「切島くんはA組の良心だから……」

 純粋というかドストレートな人だから……。謀略よりと実直って感じだから、少々ひねくれた私たちの思惑に気付かないのも仕方ないところがある。

「あの二人絶対この後気まずいよねえ〜」

 悪口を言ってる時って盛り上がれるけど、対象本人がそれを餌に被害者ヒロインムーブなんてしたら、内心余計にムッとしても、あの場ではそれを態度に出しにくい。異性絡みの悪口いったら、それきっかけでムカつく女が更に囲われてんの、ムカつくじゃんね。

「ハッ、性悪」
「喧嘩を売る人選大間違いだよねェ」
「ま、強かだよね」
「褒めてる? 貶してる?」

 少なくとも爆豪くんは褒めてないことはわかる。頭の上にたくさんのハテナを浮かべる切島くん。かわいい。君はそれでいい。

「っていうか緩名さんそれ借りるんだ」
「ん? んん、一応、参考に……」
「中世のなにを参考にすンだよ」
「変わったもん借りたな〜」

 中世のスイーツレシピ本、どんなのがあるのかちょっと気になるじゃん。だいたい焼き菓子だと思うんだけど……。ぱら読みしよっかなって思ったけれど、思ったよりも外は寒くて指先がかじかむので帰ってからにしよう。落としたらやだし。
 そこまで遅い時間ではないけど、とはいえ七限が終わった後だ。絶賛冬の季節は既に日が落ちて、街頭に頼るところになっている。

「ね〜、なんか食べたいチョコのやつある?」
「チョコ?」

 パッと振り向いて、すぐ後ろを歩いている物間くんと骨抜くんに尋ねると、怪訝そうに眉を顰められた。なんで。

「前向け転ぶぞアホ」
「転びませ〜ん! ……そ、チョコ。バレンタインのやつ」
「バレンタイン……」
「バレンタイン……」
「……え、なに?」

 二人してなんとなくしんみりした様子で顔を合わせていた。B組、バレンタインに嫌な思い出でもあんのかな。

「いや、ウチの女子はチョコ? 勝手に食えって感じだから」
「あー……」

 なんとなく想像がつく。特に一佳とか切奈はそんな感じあるもんね。友チョコの方が強い女子たちだ。

「ま、なんか食べたいのあったら早目に教えて〜。B組にも持ってくし」
「チョコねェ……君が? 作るのかい?」
「そだよ」
「へェェ」

 ちなみにA組では「手作りチョコならなんでもいい」の結論が出た。貰えるだけでありがたい、らしい。普段から主にシュガーマンによって甘味に慣らされているせいで、これといった希望はなかった。チョコはチョコじゃねーの? なんて様子のあほの人もいたし。それはそうだけど。

「なに、 いらない?」
「へえ、物間いらないんだ」
「あ、ならその分俺が食うぜ!」
「俺も有難くいただくよ」
「誰もいらないとは言ってませんけどォ!?」

 逆ギレだ。物間くんそういうとこあるよね〜。



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