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 2月。吹き付ける風は冷たいけれど、暑いくらいの暖房で茹だった身体を冷やしてくれる。揺れる木の葉をぼーっと見ていると、ぴしゃん、と目の前の窓が閉められた。なんで。

「ヴ〜……」
「風邪ひくぞ」

 非難がましく窓を閉めた轟くんを見つめると、事もなげに言われた。まあそうだけども。

「はよ行かなチャイム鳴っちゃうよ!」
「ああ。行こう、緩名」
「あ、うん」

 お茶子ちゃんに手を引かれて、轟くんには軽く背中を押されて、輸送される気分だ。たしかに、チャイムが鳴るギリギリではあるんだろう。ただでさえ雄英は広くて、第二理科室までは遠いのに、移動教室のめんどいところだよねえ……。
 ところで。ここ最近、なんかみんなが、あれだ。



 ある休み時間。

「トイレ?」
「いんにゃ、これ出してくる〜」

 インターンの進捗報告をひらっと三奈に見せれば、ふーん、と興味なさげな返事とはうらはらに、するりと片腕に巻き付いてきた。着いてくるんかい。いいけど。

「あ、じゃあウチもこれ出しに行くわ」
「俺も行こう」
「おや」

 響香と障子くんまで立ち上がって、机から私と同じようにレポートを取り出した。二人ともインターン先同じだもんねえ。

「ギャングオルカのとこだよね? いいなあ〜」
「面識があったか」
「うん、なんか仮免の補講着いてった時に」
「あー、なんか言ってた気がする」

 シャチってそんな滅多に触れ合えるものじゃないし、海の生き物かわいいからちょっと羨ましい。いつかインターンでお邪魔する機会もあればいいな〜と思いつつ、索敵が出来なくはないけど本業ではないから微妙なところだ。

「エンデヴァーのとこヤバそう」
「磨と轟と爆豪と緑谷だもんね! 絶対なんか起これ」
「なにが!?」

 三奈の恋愛脳極まれりな視線をぺいっと受け流す。なんか起これって最早希望形になってるのウケるな。なんも起こらないでくれ頼むから。

「しつれいしまあーす」
「失礼します」

 コンコンコン、とノックして職員室の扉を引く。お目当ての人は……あれ、いない。

「相澤先生いなくない?」
「ね。どっか授業だったのかな」
「おーるまいと〜! 相澤先生しらない〜?」
「相澤くん? ああ、相澤くんなら……ふふ」
「?」

 近くにいたオールマイトに声をかけると、なぜかニッコリ笑われた。え? なに? 首を傾げても、なぜか職員室にいる先生たちも笑みを深めるばかりだ。まじでなに?

「緩名、相澤先生なら」
「ん?」
「ずっといるぞ」
「うわっ」
「ぎゃ〜!」

 障子くんの声に振り向こうとしたら、後ろ、ほぼ頭上から探し人の声が聞こえて、三奈と響香と合わせて悲鳴を上げた。び、びびったあ……!

「うるせェ」
「いやっ、いやいや、……言ってよ!?」
「いつから先生いたンすか!?」

 眉を顰められたけれど、耳の良い響香まで気付いてなかったくらい隠密してたみたいだ。まじで腰抜かすかと思った。なにお茶目な一面出してんの!? 合理性は!? っていうか、だからオールマイトたち笑ってたのか。

「途中から合流していたぞ」
「おまえら、気配くらい読めるようになっとけよ」
「うっ……」

 私と響香の手からレポートを受け取って、先生は呆れたように言った。まじで全然気付かなかったし、索敵強化中の響香がダメージを受けている。……ダジャレじゃないよ!

「用事はこれだけか? ならさっさと戻れ」
「はあ〜い……」

 なんか、狐に摘まれたような気分だ。その後暫く、響香の日常生活での警戒度が上がっていた。ウケる。



 またあるお昼休みでは。
 水はあるけれど、なんとなく味付きの物が飲みたくなって、フラッと席を立った。ら。

「おー、散歩?」
「や、ジュース買い行こうとして」
「購買にしよ」
「いいけど〜」

 教室を出ようとした私の手首を、窓のそばにいた瀬呂くんが軽く掴まえてきた。購買まで行く気はなかったんだけど、まあいいか。ついでになんかお菓子買お。

「なんか買うの?」
「そーね、食い足りなかったわ」
「瀬呂くん意外と食べるもんねえ」
「意外とって、お」
「待って待って〜!」
「おっ」

 廊下を歩いていたら、とんっと腕に軽い衝撃と一緒に、かわいい高めの声が私たちを呼び止めた。透だ。きゅう、とかわいらしく腕を絡ませてくる。

「私も行くー!」
「いるものあるなら買ってくるよ〜?」
「新商品みたいー!」
「な〜る」

 どうにも地域限定の商品、プチ物産展? みたいなのがやっているらしい。購買で。購買の規模じゃないけど、マンモス校かつ、少々下品な話お金持ちの生徒が結構多いからっていうのもあるんだろう。

「ジンギスカンキャラメル買いたくてね!」
「え、やめときなよ」
「普通のにしとけ普通のに」
「フッフッフ、分かってないなあ二人とも! 意外性と想像力が大事だよ!」
「食にそれは求めてないのよ」

 ジンギスカンキャラメル、味が良くないで有名なやつだ。どうせ透のことだから何も知らない尾白くんとかにでも食べさせて「じゃーん! びっくりした?」ってキャッキャするんだろう。かわいい。爆豪くんに食べさせたろ。

「私サイコロのキャラメル好きだったなあ」
「え、なにそれ?」
「えっ?」
「私は知ってるー! 北海道の限定のやつだよね!」
「えっあれ北海道限定なの!?」

 知らなかった……。いやでも道外で食べた記憶あるよなあ、って調べたら、全国展開が打ち切りになってるらしかった。へええ。豆知識〜。
 結局透(と私)のジンギスカンキャラメルテロは、相澤先生の「別に美味いが」の一言でなんとも言えない驚きの結末に終わった。



 ある夕方。
 砂藤くん力作のオヤツを食べたおかげで、お腹が微妙に満たされすぎてしまった。お散歩でもして晩ご飯に備えるかあ、共有スペースから出ようとしたら。

「え、どこ行くん」

 上鳴くんに呼び止められた。どことは特に決めてないけど、適当に敷地内フラフラ彷徨うつもりだ。

「さんぽ〜」
「待って待って、俺も行く」
「え、別にいいよ」
「俺も行くんだって!」
「え〜……」

 どことなく必死感が漂う上鳴くん。そこまでして着いて来ようとするのなんて珍しい。コンビニとかならわかるんだけどさあ。あからさま〜な態度に、響香とか瀬呂くんがしらーっとした目を向けていた。まあいいや。待ってー! と叫びながらドタバタ準備してる上鳴くんは置いて行こう。ぽとぽと歩くだけだし追い付いてくるでしょ。
 今度こそ寮を出ようとしたところで、後ろからぼすんっとなにかを被せられた。背中を覆う裏起毛、頭にはフードまで乗っている。肩から垂れ下がる袖を見れば、黒のパーカーみたいだ。

「上なんか着ろ」

 トントン、と隣で爆豪くんがスニーカーを履いていた。なんか着ろ、ねえ。……寒いかな?

「んー……寒いかなあ」
「さっき人を風避けにしてたンは誰だよ」
「え〜? 上鳴くん?」
「アッなんか罪擦り付けられてる気がする!待って置いてかないで!」

 下校途中、向かい風が冷たすぎて爆豪くんを縦にしていたのだ。爆豪くんと切島くん並べると、筋肉のおかげで発熱してあったかい感じあるもん。お得だ。体脂肪率A組ワーストの寒がり瀬呂くんは更に私を盾にしてた。許さん。
 外に出ると、ヒヤっとした空気が肌を刺した。……やっぱ寒いわ。はー、と息を吐くと白く濁っている。肩にかけているだけだったパーカーに袖を通すと、指先まで隠れてしまった。前のジッパーを閉めようするけど、寒いのと袖が余っているのもあり難航中だ。

「貸せ」
「ん」

 カチャカチャカチャカチャいじくり回している私を見兼ねたのか、爆豪くんがジッパーを摘みシャッ! っと一気に引き上げた。ありがてえ。

「爆豪くん寒くないの?」
「鍛え方が違ェんだよ」
「うわ、ムキムキマウントだ」
「やーいゴリラ、っイデぇ!?」
「っふふ」

 慌てて追いついて来た上鳴くんが、いらんこと言ってヘッドロックをかけられている。馬鹿すぎて笑ってしまうと、こっちを見た爆豪くんがかすかに目を細めた。



「うーん……」

 ぐでん、と上半身をベッドに投げ出す。公欠中の課題を進めていたせいで、少々疲れちゃった。
 それにしても。みんなが過保護だ。過保護……っていうか、見守られてる? それも結構あからさまに。元々校内では一人行動が少なめだったとはいえ、ここ数日自室以外ひとりになっていない。っていうか、自室でも一人の時間が減っている。

「磨さん、お疲れですか?」
「少し休憩しよう!」

 覗き込んできた百の影が顔を覆って、ふと視界に影が指す。ナウオン、飯田くんと百とお勉強会withスリーピング轟くんって感じだ。っていうか、インターンの公休がそれぞれ日が違うから、休んでいた時のノートなどをまとめているついでに、かしこ人たちがいるから詰まった所を教えてもらおうの会だ。最初は百に休んでた時のノート見せてもらおうとしたんだけど、百も居なかった授業分を飯田くんが、共有スペースでは今日は金ローを観ているので、じゃあいっそ私の部屋で勉強会にしようか、ってなって、俺も行く、と眠そうに着いてきたのが轟くんである。現在私のマカロンクッションを抱えて、ラグの上でスヤスヤとおやすみ中だ。

「む……」
「こらこら緩名くん、人をシャープペンでつつくのはよくないぞ」
「腹だから大丈夫だも〜ん」

 つんつん、轟くんのまだ少し幼さの残る頬をつついていると、飯田くんに注意された。ので、指に変える。つんつん、つんつんしていると、轟くんの眉間に皺が寄って、つついていた手を捕まえられた。

「あ、おはよ轟くん」

 ゆっくりと数度瞬きをして、轟くんがぼんやり見つめてくる。手首を掴む腕の力は、寝起きながらめちゃくちゃに強くてちょっと痛い。

「……なんかすげえ緩名の匂いすんなって思ったんだ」
「ん? うん」
「緩名がいた」
「え、はい、っていうか私の部屋なんだけど」
「そうか」
「そうかて」

 寝ぼけてるんか? いつもよりもっとぽやっとしてる。轟くんって微妙に不思議ちゃんなところあるよね。穏やかに笑いながら、百が紅茶を私の前に置いた。少し甘い、薔薇と林檎の香りがする。

「お菓子食べる? いっぱいあるよ」
「この時間に間食はあまり良くないんじゃないだろうか」
「え〜、たまにはいいじゃん。若いし!」
「む……そういうものか」

 そういうもんそういうもん。気付いたんだけど今この部屋、私意外なんかセレブリティなんだよね。いや、私も母親有名ヒーローだったしその一員のはずなんだけど、醸し出すオーラが違う。育ちの良さっていうんだろうか。まあいいや。

「轟く〜ん、手離すかあのカゴとって〜」
「ん」
「あ、手は離さないんだ」

 のっそりと起き上がった轟くんが、食料備蓄の入ったカゴを引き寄せてくれる。手は掴まれたまま、なんならのっそりとまた寝転んで、今度は私の膝に頭を乗せてきた。甘えたい年頃なのかもしれない。

「福岡銘菓……? 以前東京銘菓となっているのを見たが」
「あー、まあそこらへんはなんか多分、利権があるんでしょ。知らないけど」
「そういうのもあるんですのね」

 ヒヨコ饅頭片手に、秀才委員長たちが奥が深い……みたいな顔をしている。そこまで深い理由はないんじゃないかなあ……。この福岡土産は、ホークスが未だに度々送ってくるのだ。福岡のいろんな食べ物を。罪悪感とか、そういうの感じてるのかな〜と思いつつまあ若きNo.2なんだからこれくらいの出費で負担になるようなこともないだろうと思ってラッキー程度に受け止めている。

「うめえ」
「ね」
「口ん中パサパサする」
「ふふ、ね」

 轟くんの前に差し出したヒヨコを、寝ぼけまなこのまま貪っていたけれど、口の中のパサパサには耐えられなかったらしい。緩慢な動作で身体を起こした轟くんが、紅茶で喉を潤していた。それから、私の肩にのしかかってきた。この健康優良児、普段の寝る時間が早いからもうめちゃくちゃ眠そ〜。

「眠たいならお部屋帰っておやすみしたらいいのに」
「ん……でも、緩名といてえ」
「んぐ、」

 百が珍しくヒヨコを詰まらせている。こほっ、こほっ、と控えめな咳をして、少し冷めた紅茶を喉に流し込んでいた。わかるわかる。轟くんのこの、素で乙女ゲームみたいな発言、正面から受け止めたらそうなるよね。わかるよ。でも。

「んー……そっか」
「そうだ」
「そっかそっか」
「……?」

 この、めちゃくちゃな美青年に、こうも素直に甘えられると悪い気はしない。っていうか率直に、嬉しい。紅白の髪をクシャクシャとかき混ぜながら、多分今の私気持ち悪いほど笑顔なんじゃないかなあ、と思う。……まあ、いろいろ心配かけたし? 暫くはかわいい青少年少女の緩〜い束縛を受け入れてあげてもいいかなあ、なんて気持ちになった。



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