203



 駆け込んだ自室で、頭から布団を被ってぐるぐると目を回す。もういいや、と開けたミッナイ先生からの小瓶がよかったのか、ゴトンと落ちるみたいに眠っていて、悪夢に飛び起きた時には真夜中だった。バクバクと破裂しそうな心臓を、上からぎゅうと抑え込む。耳の奥で、父が、母が、「私」を呼ぶ声がする。異形の姿が、首を吊って変形した姿が、脳裏から消えてくれない。
 完全にPTSDだ。今、私は、おかしくなってる。いろいろなことが重なって、精神がとてつもなく不安定になっている。それだけだ、と理解してても、解決の出口が見付からない。……モヤモヤする。そうだ、走ろう。
 おかしくなっている人間の思考回路って不思議だ。寝汗で気持ち悪い身体を引きずって、階段を降りていく。シン、と静まり返った共有スペースを通り過ぎて、寮の玄関を開けた。

「雪……」

 扉を開けると雪国だった。いや、めっちゃ雪降ってる……。雄英はなかなか高い山の方にあるので、まあ、そりゃあ、こんな寒い日には降るよねえ。しかも、私はワンピース一枚。カーディガンもないからキャミワンピのみで……あれ、たぶん洗面所に忘れてきたな。後で……ううん、明日取りに行っとこう。なんか頭が冷えて冷静になってきた気がする。さすがにメンタルがめちゃくちゃ自罰と希死念慮に浸されてるといえ、雄英内で凍死! とかはいろいろな意味で困るし。いろいろ。
 それでも、真っ白な雪が落ちてくるのは綺麗で、ちょっとだけ、とサンダルを突っかけて、雪を踏んだ。キュウ、キュ、と新雪を踏む雪鳴りの細かい音が、荒れ狂う心を落ち着けてくれた。……いいな、雪って。手のひらに乗った雪が、フワ、と溶けて消えていく。散り際まで美しくて、いっそ私も、この雪に混じって溶けていけたら、と目をつぶった。

「!? わ、っ」
「……なにしてンだよ」

 グイッ、と腕を引かれて、玄関へと引きずり込まれる。掴まれた二の腕があったかくて、本当に溶けてしまいそうな錯覚が起こった。

「なにしてンだ」

 今度は、さっきよりも怒気を孕んだ声が、呆ける私に降ってくる。険しい顔、それでも、爆豪くんはいつもみたいに怒鳴らない。寒さで少し赤らんだ鼻の先をぼんやりと見上げていたら、ハァ、と大袈裟にため息を吐かれて、抱えあげられた。……あったかい。

「びっくりしたあ」

 膝の裏に回った手が、完全に私を冷たい地面から引き離す。パタ、パタン! と足から脱げ落ちたサンダルが、けたたましく反響する。

「ンな時間に出歩くな」
「……あ、ちょっと、外の空気、吸おうと思って」
「だとしても、そんな薄着で死ぬ気かてめェ」
「え……あっ、寒い。ほんとだ」
「てめェは……」

 言い訳を口にしてみると、正論返しをされて、一度思い出した寒さを忘却していたことに気付いた。うわ、さむい。今になって寒さを思い出してきた。ブワ、と全身に立った鳥肌に、爆豪くんが心なしかドン引きの顔をする。……そんな、ねえ、引かなくてもいいじゃん。

「ぅひゃあっ」
「……」

 爆豪くんは私を抱えたままドスドスと苛立たしげにソファまで運んで、ソファの上にぶん投げられた。……ら、乱暴では!? 文句を言おうと顔をあげたら、バサッ! と何かを被せられる。……あ、私のカーディガン。君ここにいたんだ。寒いからちょうどよかった。カーディガンに袖を通そうとしたら、思ったより寒さにダメージを受けてたらしく、悴んだ指先が凍ったように動いてくれない。わあ。

「……貸せ」
「え、……え、あつい」
「……」

 カーディガンを着せられて、私が置いていたブランケットまで被せられる。ざっくりした編み目の、チャンキーニットのブランケットは、かわいいし暖かいけどちょっと暑かった。訴えても、フン、と鼻を鳴らして一蹴されてしまう。

「座ってろ」
「……はぁい」

 爆豪くんに命令されて、しおしおと頷いた。逆らわないのが得策って、知ってるもん。……うわ、爪先濡れてんだけど。冷た。今更寒さがやってきて、芯まで凍った自分の身体を抱き締めるように、ぎゅっと膝を抱えた。

「ン」
「……わあい、ありがと」

 爆豪くんが戻ってきて、私にマグカップを渡してくる。……あつい。カーディガンの袖を伸ばして、両手で包むとちょうどいい熱さで、ほうっと息を吐いた。もうひとつのマグカップをテーブルに置いて、爆豪くんは窓へと近寄り、ガチャンと開けた。……ああ。外の空気が吸いたい、は言い訳だったけれど、真剣に受け取ってくれたらしい。
 窓を開けた爆豪くんが、戻ってきてそっと隣に座ってくる。マグカップを持ったまま、拳一つ分空いた距離の爆豪くんを見上げると、顎でしゃくられた。……いただきます。

「あち」

 ふーふーと息を吹きかけてから、マグカップに口を付ける。乳白色の液体は、ホットカルピスみたいだ。とろりとした甘さが増している。はちみつ入ってるやつだ、これ。
 あったかさに、ほっ、と息を吐く。少しだけ、頭の中でグルグルどんどこザワついていた思考が落ち着いてきた。

「珍しいね、こんな時間におきてるの」
「おー」

 生返事だ。少しだけ覗き見た爆豪くんの顔は、なにを考えているのかわからない静かさがあって、抱えた膝に顔をぎゅっと押し付けた。
 爆豪くんはなんにも言わず、ただ隣に座っている。帰らないのかなあ……帰んないんだろうなあ。ちびちびと飲み進めたホットカルピスをテーブルに置くと、自分の指先が震えていることに気付いた。まだ寒いのかな。寮内は一括で暖房が付いているし、なんなら半袖でもまあいけるくらいの温度に設定されているから、もう平気なはずなんだけども。萌え袖から出た指先をイジイジしていると、ふと隣から爆豪くんが手に触れてきた。

「冷てェ」

 眉を顰めた爆豪くんが、不機嫌そうにそう零す。私の両手の指先を、片手でまとめてぎゅう、と握ってきた。体温を移してるみたいな動作に、なんか鳥みたいだな……と思わないでもない。

「身体冷やすな。アホか」
「あほじゃないもん……」

 爆豪くんすぐ悪口言う。むすっとしていると、私の顔を見た爆豪くんが、前髪に手を伸ばしてくる。そのままちょいちょい、と指先で払われた。

「ねぐせ?」
「水滴」
「ついてた?」
「おー」
「……ふふ」

 爆豪くんって、すぐ悪口言う。でも、いつも通り、よりはちょっと優しい爆豪くんの甘さに、思わず笑いが零れた。なんか、こうやって誰かと落ち着くの、久しぶりな気がする。魘されはしても眠れたからかな。ミッナイ先生に感謝だ。

「……」
「なに? ぁいたぁ!?」

 ぐにっ! と笑って上がった頬を、爆豪くんの手が包み込んだ。あったかい、と思った瞬間、強めに摘まれて、思わず悲鳴が上がる。

「いたいんだへど!」
「泣け」
「は!?」
「泣け」
「え、……いたたたたまじで泣く泣くまってまじでほっぺちぎれる!」

 アンパンマンじゃねえんだわこっちはよ! 爆豪くんの意図は全然わかんないけど、普通に痛くて涙でてきた。そりゃそう。人間の頬はもぎれないんだよ、爆豪くん。ちょっとちぎれてない? 大丈夫? これ。

「……ねぇかよ」
「え? なんて?」

 聞き取れなかった。ヒリヒリする開放された頬を手で撫でさすって、危険人物から少し距離を取ろうとした。ら、腕を掴まれて逆に近づかれる。ぐっと引き寄せられて、拳一つ分なんてスペースはすぐになくなった。

「え、な……なに?」

 膝と膝が触れ合う距離。キッキンから漏れ出る明かりだけが頼りの暗い部屋で、爆豪くんの赤い瞳が煌々と輝いていた。真っ直ぐに私を見つめるその色に、茶化そうとした口を閉じる。

「いい加減うざってンだよ」
「っ、なにが。ひどくない?」
「るせェわ。……自分がどんな顔してっかわかってんのか、おまえ」
「どんなって……」

 いつもだったら、かわいい私のご尊顔! とでも言えるのに。爆豪くんの目はずっと真剣に私と向き合おうとしていて、そんな軽口も叩けない。なんにも言えなくて、口を引き結んだまま、ただ静かに、首を振って否定を示した。どんな顔、……どんな表情をしてるか、なんて、自分で見えるわけもない。

「笑えてねェんだよ、おまえ」
「え……」

 告げられた言葉に、ゾっと血の気が引いた。それでも、納得するところもあった。
 ……笑ってる、つもりだった。いつも通り、いつもとおんなじ。仮面を被るのは、多少は得意だと思っていた。震える指を自分の頬に押し当てる。……そっか、それは、そりゃあ、みんな、心配にもなるよなあ。

「おまえの事情を俺はしらねェ」

 滾々と降る雪と同じように、爆豪くんの声は静かだ。それでも。

「だから。……ンな顔するぐらいなら聞かせろ、全部」

 そう言う声も、もう乾いた涙の跡を拭う指も、赤い瞳も、雪を溶かしていく熱を持っていた。抓られて、まだ少し熱の残る頬を、今度は労るみたいに爆豪くんの指が撫でていく。

「……爆豪くんって、そういうの、聞いてこない人だと思ってた」
「アホ、……おまえ以外にはしねェわ」

 震える声で虚勢を張る。これはもう、癖だ。下唇に歯を立てて、滲みそうになる涙を留める。

「興味ねえやつの話なんざどうでもいいだろ」
「……なにそれ、私に興味あるみたいじゃん」
「ある」
「え……?」

 まさかの言葉に顔を上げると、爆豪くんは思っていたよりもずっとずっと真剣で、凪いだ瞳がこっちを見ていた。

「っつったら話すんか」
「う……」

 瞳の真剣さに、ゴチャゴチャした頭はわけもわからず後ろめたくなって、思わず後退りをする。けど腕はまだ、爆豪くんに掴まれたままだった。優しくて、振り払えるくらいの力なのに、それをさせてくれない。……なんで、爆豪くんがそんな苦しそうな顔するんだろう。まるで自分が痛いみたいな、だって、そんな顔されたらさあ。
 身体からヘロヘロと力が抜けて、掴まれている腕を下ろす。弱ってる時に優しくしてくるの、ずるいよ。下についた手に手のひらが重なって、慰めるように指を擦られる。さっき、一度、泣かされてしまったのも、あるのかもしれないけれど。
 そのぬくもりに、瓦解した。

「ぅ、う……っ」

 目の奥が熱く滲んで、凍えたように鼻が痛くなる。ぎゅっと目を閉じれば、熱い雫が頬を濡らした。顔を隠すように覆うと、その手を取られて軽く引かれる。傾いた身体に、爆豪くんの片手が背中に回って、やんわりと抱き寄せられた。

「っひ、っ……、」

 か細い嗚咽が喉を震わせる。宥めるように背を叩く手に、逞しい背中に縋り付いた。

「も、っ、ぜんぶ……っ、いやなの……!」

 いやだ。全部、全てが、嫌だった。



 「お母さん」のことが、いやだった。「私」を諦めたことが、いやだった。あの日、あの時、私を置いて、違う女の子を助けに行ったのは、……まあ、別に良かった。彼女の子どもしては、正直ムカつく気持ちはあったけど、だってそれは正しい行いだったから。……でも、どれだけ正しくて、ヒーローの行動でも、娘である私は、「お母さん」に対して怒る権利はあったのに。
 ……あったから、せめて、文句ぐらいは直接言わせて欲しかった。いくら親子として不完全だったとしても、それでも血の繋がりはあるんだから。それで、ちょっと拗ねて、怒った私に、ごめんねって、ありがとうって、頑張ったねって言ってくれたら、それでよかったのに。……生きて、帰ってきてほしかった。
 結局、私の元へは帰って来ることなく、お母さんは死んでしまった。

 「お父さん」のことが、いやだった。「私」を、省みてもくれなかったことが。お父さんにとって、母がこの世の全てなのは、知っていた。普段からそうだったから。それでも、たしかに私のことも見てくれていたし、その眼差しには愛があった。
 はずなのに。お母さんの訃報から、お父さんはすぐに首を吊ってしまった。きっと、衝動だったんだろう。それくらい、お母さんの存在がお父さんにとって大きかったことは、わかってる。……でも、少しでいいから、私のことも、考えていてほしかった。

 死んじゃったら、もう、なんにもできない。私の怒りも、悲しいも、むかつくも、発散することもできなくて。でも、死者に対してなにかを、嫌な気持ちを持つことが、ダメなことだと思う心もあって。だからモヤモヤして、しまいこんで。……なかったことに、考えないようにしてた。どうしようもないことだから。


 「私」のことが、いやだった。「私」が全ての元凶で、少なくとも、私がいなければ、あのテロもなかったかもしれなくて、そうすれば、怪我をする人も、命を落とす人も、あの日あの場所ではなかったかもしれない。……お母さんが、あんな死者への冒涜を、辱めを、受けることもなかった。そんなことを振り返りもしないで、のうのうと生きてる自分が、吐き気がするほどいやだった。
 守ってくれた母に対して、こんなふうに嫌だと思う、自分もいやだった。
 私が、私が先に彼ら家族を手放した。もし、ちゃんと「家族を」できていたら。母が死んでも、父は私のことを見ていてくれたかもしれない。母は、私を置いていかなかったかもしれない。あの現場に行くことも、きっと、なかったんだろう。
 全部、全てが。なにも出来ない、無力な自分が、いやだった。



 抱き締められたまま、ぽつぽつと整理するように零していく。支離滅裂な、整理されてもいない私の言葉を、爆豪くんはただ黙って聞いて、落ち着かせるように背中を撫でてくれた。
 ……きっと、私、寂しかったんだ。
 置いていかないで欲しかった。一緒に暮らさなくても、たまに会う程度でも、やっぱり私たちは家族だから。側に、いてほしかった。帰ってきてほしかった。
 言葉にすると、次々と願望が、もう叶わない望みが尽きず溢れてくる。強がる心で覆い隠した、根っこの部分が掘り返されていく。

「さびしい……」

 耳に届く自分の声は、涙と嗚咽で、なにを言ってるのかもあやふやだったのに。呟くと、背に回る腕の力が、痛いほどに強くなった。
 私たちの「家族」としての世界は、あの日、全部なくなって。なら、私に残されたのは、数少ない想い出だけで。
 その中では、お父さんも、お母さんも、綺麗に笑って、愛しさを滲ませた声で私を呼んでくれていた。それは確かに事実なのに、亡骸や敵によって改造された姿で、想い出までも塗り替えてほしくなかったんだ。

「こ、こわいの……、っ」
「うん」
「わ、わたしが、わたしのせいで、っ、人が、傷付いて……っ、!」
「うん」

 ならいっそ、自分が潰れてしまう方が楽だった。はっ、はっ、と浅くなる呼吸のせいで、溢れて止まらない涙のせいで、胸が苦しい。
 いつか。爆豪くんが涙を落とした日の気持ちが、いまさら、やっと、理解出来た。

「爆豪くんは、つよいね……」
「……」
「私には、背負えない……!」

 人の命の重さを。背負えるほど、私は強くはなかった。感覚が、麻痺していたんだと思う。両親の想い出を、奥深く、頑丈にしまいこんでいたせいで、今更になって全てが溢れ出てきてしまった。全部、自分の弱さが原因で。……きっと私には、ヒーローも、向いていない。
 もう、やめよう。これから先も、こうやって、積み重なっていく重圧に、耐えれる気がしなかった。そうなると、爆豪くんに、未来のあるヒーローに縋り付いているのが情けなくて、身体を離そうと厚い胸板を押した。

「おまえが」

 押し退ける、よりも先に、ぐっと頭に回った腕に引き寄せられる。

「緩名が一人で背負えねェなら、半分寄越しゃいいだろォが」
「……え、」

 耳元で響いた声に、言葉に、ぴたり、と時が止まった。

「一人で抱え込もうとすんな、アホ」
「っ、でも! ……だって、そんなの、」

 迷惑だ。重荷になる。人に押し付けるのなんて、よくなくて、……。そう言うと、今度は爆豪くんが静止した。

「……おまえ、得意だろ」
「……? なにが……?」

 得意、といわれても、わからない。私に得意なことなんて、あったかな。回らない頭を無理やり回すと、爆豪くんが少しだけ離れて、私の濡れた頬を支えた。く、と顔を持ち上げられて、イタズラげに笑った瞳と目が合った。

「押し付けんの」

 押し付けんの? ……。

「……得意じゃないし」
「嘘吐け。……つーかよ、重荷だとか、迷惑だとか、こっちは既に散ッ々てめェにかけられてんだわ!」
「えっ、……えっ、そんなこと、ない、もん」
「あるだろがよ」

 回らない頭でも、貶されたことはわかる。むすっと膨れると、分厚い指先がその上をなぞった。くすぐったさに目を細めると、爆豪くんの雰囲気がふ、と緩む。

「今更その程度、俺にとっちゃ重荷にすらなんねぇンだよ」

 だから、背負わせろ。爆豪くんの一言に、せっかく止まっていた涙がまた溢れ出した。

「おーおー、よー泣くなてめェはよォ……」
「っふ、ぅ、う、」

 泣きすぎて重たくなってきた目尻を、こぼれる涙を止めるように擦る。ぼやぼやの視界で、呆れたように笑う爆豪くんを見た。今度は自分から、爆豪くんの胸に飛び込んでいく。爆豪くんの身体は、高めの肘置きを支えに少しだけ傾いた。

「……こっから」
「……?」
「ここから、強くなりゃいい」
「……うん」

 私は弱くて、たぶん、それはすぐには変わらない。人一人分の前世の記憶があって、その価値観も、生き方も、簡単には変えられない。それでも、ここ雄英は、そのための場所だ。……耐えきれなくなったら、こうやって、支えてくれる人がいる。
 背中に広がる私の髪を、爆豪くんは手遊びでもするようにゆるゆると梳いていく。その感触がむず痒くて、浮いた鎖骨に額を擦り付けた。

「ね、もうちょっとだけ、このまま」
「……」
「おねがい」

 懇願する私の声が、少しだけ震えていた。……あったかい。このままなら、いやな夢も見ずに、眠れそうな気がする。フン、と鼻の鳴らす音がして、その後、いつの間にか下に落ちていたブランケットが肩にかけられた。ずり落ちないように、ブランケットごと爆豪くんが支えてくれる。

「……なんか、すっきりした」

 夢見心地のまま、鼻を啜ってそう呟けば、頭上からハ、とため息なのか、笑みなのか、わからないものが降ってきた。

「たいがい単純だからな、おまえも」
「……そうなのかも」

 吐き出したら、隠していたものを吐露してしまえば、問題が解決したわけじゃなくとも、心が軽くなった気がする。……やっぱり、相談するって大事だなあ。なんであんな悩んでたんだろ。思考が凝り固まって、なーんにも見えなくなってたんだなあ。自分らしくもない。
 うとうととそんなことを考えていたら、ここのところ寝れていなかったのもあって、爆豪くんの胸筋を枕に、気付けば意識はふわふわと雲の上にいるような心地だ。

「おやすみ」

 耳に届いた声を最後に、ふわりと意識が浮かんでいった。



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