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「あ、緩名帰ってきた」
「ん、ただいま」
「磨〜! おっかえり。どうだった? 大丈夫そう?」
「うん、落ち着いたよ」

 急いで寮に戻ると、着々と具材の準備が終わりつつあった。遅くなる事情はざっくりラインしてたから、お咎めはなしだ。

「ニラ切った奴誰だ!」
「俺だ」
「あ、お誕生日回のやつじゃん」
「姉ちゃん泣くぞ!!」

 爆豪くんがボウルからつまみ上げたニラは、逆に難しくひとつなぎの大秘宝になっていた。ワンピースじゃん。すごみ方やばくてうける。クソが! なんて言いながらトトトト、と手際よく切っていき、うまいな、なんてホケーとしたコメント付きだ。呑気〜。

「轟くんも慣れたら出来るようになるよ」
「ああ、今度教えてくれ。姉ちゃん泣かせるのはまずい」
「んふ、おっけ〜」
「てめーは手伝えや!」
「もうすることないも〜ん」

 あるにはあるけど、まあいいっしょ。任せた、と肩ポンしたら後ろ足で脛を蹴られた。キックバックすな。ハッピーで埋め尽くすぞ。

「っていうか着替えてくるわ」
「ああ」
「磨オレンジとウーロンどっち!?」
「カルピスー」

 ねえわ! ないよ! と一斉に突っ込まれた。雑なボケすんなー、と瀬呂くんからは手厳しいコメントが。雑にボケてもいいじゃんね〜。パタパタとスリッパの音を立てて部屋へ向かおうとすると、緩名さん! と緑谷くんに呼び止められた。なんじゃらほい。

「およ。はい?」
「あっ、呼び止めてごめん! エリちゃんの様子、どうだったかな、と……思いまして……」
「ああ〜、ね! うん、ちょっと不安そうではあったけど、大丈夫だよ」
「そっか、よかった……」
「まあ、明日またエリちゃんとこ行くつもりだから、一緒に行こ」
「うん、ぜひ!」

 いいお返事だ。ほっとした顔を見せるから、緑谷くんも心配だったんだろう。とんとん、と拳で肩のあたりを叩いてあげると、ふにゃりと笑った。



 鍋のラインナップは水炊きとゴマ豆乳だ。食べ盛りの高校生らしく、Lサイズのピザが我こそが主役とばかりにくっつけたテーブルのど真ん中に鎮座していた。着替えて戻ってきた時には、もうだいたいみんな好きなところに座っていたので、スペース的によさげな口田くんと轟くんの間におしりを捩じ込んだ。とはいえ暫くしたら飲み会さながら、わりとみんな移動してるんだけどね。

「では! 『インターン意見交換会』兼『始業一発気合入魂鍋パだぜ!!』会を」

 命名上鳴くんかそのあたりでしょ。絶対。

「始めようー!!!」

 飯田くんの音頭に合わせて、ウーロン茶の入った紙コップを掲げた。ガヤに合わせて、私もわー、と緩〜く声出しをしておく。さて、なにから食べようかなあ、と視線を巡らせたところ、飯田くんと目が合った。……あ、ここ飯田くんの席だったんだ。全然見てなかったわ。

「ちょっとずれて」
「お」

 轟くんの奥、峰田くん側は余裕があるので、ちょっと詰めてもらう。ぴたっとくっついた形になるけど、ま、轟くんだしいいでしょ。ぽんぽん、と座面を軽く叩いて飯田くんを呼び寄せた。

「隣おいでよ〜」
「ム、すまないな! ありがとう、失礼する」

 すまないもなにも席取ったのは私だ。まあ感謝は受け取っとこ。ついでに、適当に取って、と飯田くんに自分のお皿を渡した。

「白菜いっぱいがい〜」
「野菜を摂るのはいいことだが、緩名くんは肉も食べた方がいいぞ!」
「ぼちぼちでいいよ、ぼちぼちで」
「こっちも取るか?」
「やったあ。じゃあおねが〜い」

 一人に二つ、取り皿が渡されているので、片方は轟くんが違う種類を取ってくれた。飯田くんはバランスよく、轟くんはちょっと野菜多めだ。うーん、楽。向こうでは透が尾白くんにイタズラをしてるし、瀬呂くんや上鳴くんがこっちを見て姫プだ姫プ、とヒソヒソしている。誰が姫プだ、と思うものの、このガヤガヤした雰囲気、やっぱいいなあ。あったかい鍋、おいしい。

「暖かくなったらウチらもう2年生だね」
「あっという間ね」
「怒涛だった」

 たしかに、この一年……はまだ経っていないけど、本当に怒涛だった。って何度も思ってる。入学早々敵襲撃から始まり、心落ち着く暇もなかったように思う。二回目の高校生活は、前世のものとは比べ物にならないくらいに慌ただしい。

「後輩できちゃうねえ」
「ヒーロー科部活ムリだからあんま絡みないんじゃね」

 後輩かあ。あんまり興味はないし、まあ絡むこともそんなないだろうと思う。保健室か告白くらいでしか他の学年と喋ることないし。あ、マロニーうま。一生マロニーだけでいい。一生は嘘だわ。

「君たち! まだ約三ヶ月残ってるぞ!! 期末が控えてる事も忘れずに!!」
「やめろ飯田! 鍋が不味くなる!」
「? 味は変わんねェぞ」

 そうだ、テストだ。憂鬱だよねえ。轟くんのすっとぼけ皮肉に峰田くんが煽られているけれど、峰田くんの気持ちはわかる。

「ああ〜テストやだなあ〜」
「緩名は勉強出来るだろ」
「まあできるんですけども」
「ウワ、今緩名のこと憎くなった」
「アタシも」

 できるできないの問題じゃなく、テストはなんか嫌なんだよねえ。言語系や数学、理科は微妙に発展はあれど前世とそこまで大差がない。けれど、ヒーローに纏わる学科や、“個性”が発現してからの歴史とか社会問題が結構めんどくさいのだ。首相の名前とかめちゃくちゃ違うんだもん。ヒーロー科は法律も社会のテスト範囲にあるし、めちゃくちゃめんどくさい。はあ〜、とため息を吐いて轟くんの肩に頭をぐりぐり押し付けた。なにより。

「テスト期間もっと青春したい」
「わっかる!」

 どぴゅん、と同意に三奈が跳ねて梅雨ちゃんに窘められている。そう、雄英基本真面目ちゃんばっかだから、青春要素が微妙に足りないのだ! せっかく高校生やり直せてるんだから、ヒーロー科で遊ぶ暇がないとはいえ青春はしたい!

「期末期間の放課後にカラオケとかゲーセン行きたい」
「わかるわかる」
「塾の帰り道ちょっと気になる子とコンビニ寄って肉まん半分こしたい」
「ああーね。ロマンあるなあ……」
「塾通ってる奴いねェけどなー」
「海辺をチャリでニケツしてドキドキしたい」
「青春やねぇ」
「ねぇ、なんなのこれ妄想劇場?」
「緩名くん! 自転車の二人乗りは違法だぞ!」
「じゃあ『ただし私有地とする』で」
「ふむ……ならば安全に配慮した上でいいだろう」
「いいのかよ」
「話ズレてねぇ?」

 ずれてる。飯田くんが話の線路ぶん曲げてくるんだもん。とにかく、私は青春がしたいんだ。青春に飢えてる。少女漫画になりたい。

「なんか……こう……青春! って感じの……キラキラしたトキメキを感じたい……」
「キラメキといえば僕だよね」
「あ、はい」
「塩だな〜……」

 はあ〜、とまたため息を吐いて、轟くんのジャージに顔を埋めた。あ、お餅食べたい。入れちゃおっかな。立ち上がろうとしたところで、でもさぁ、と響香が切り出した。

「磨ウチらん中で一番青春してんじゃん」

 ウワ、キラーパスだ。墓穴掘ったかもしれない。

「それね」
「告られラッシュの緩名さん」

 からかい上手の高木さんみたいに言うな。まあ、年末あたりから告られラッシュなのは間違いないけども。クリスマスとか卒業が近付くと高校生が浮つくのなんて当たり前ではある。……轟くんとの間にあったデコチュー、あれも一種の青春なのかな? のことも、三奈にしか話してないし。一応確認のために三奈を見ると、ブンブンと首を振って言ってないアピールをされたので大丈夫だと思う。流石に昨日の今日だしね。

「言うてもモテるのは今更だしな〜」
「ハイ今緩名俺のこと敵に回した〜!」
「全国のモテねェ男の気持ちを思い知れおまえー!」

 オイラがどんだけ……どんだけ……! と峰田くんに泣かれるけど、そっちの事情は知らん。ていうか上鳴くんは全くモテないわけじゃないくせに。ススス、と三奈がにじり寄ってきて、中腰だった私の膝を抱いた。動けん。

「ぶっちゃけ磨、A組で付き合うなら誰?」
「えっ」
「え、気になる」
「……」

 そんな大学生の飲み会みたいな質問、ある? 気まずくなるやつじゃん! 三奈はニヤニヤしながら、一瞬轟くんに視線を送った。悪子め〜!
 なんだかんだみんな気になるのか、騒がしかったはずが微妙に静かになる。そんな気になる!? とはいえ、欲しい答えはあげてあげないけども。

「正直さあ」
「うん」
「同じクラスで付き合うと、こじれた時面倒だから……」
「うわっ」
「うわ」
「ワ、ワァ……」
「いまちいかわいた?」

 真理を答えたのに、微妙〜に引かれた気がするんだけど!? 解せん。でも真理じゃん、と膨れると、いや、うん、とふっかけてきた三奈に目を逸らされた。なんでよ!

「なんか、思ってたより、ねぇ?」
「大人の答えだァ……と思いまして……」
「いや、まァ確かにそうだけどな?」

 ね……うん……となんとも言えない空気が出来てしまった。遠い目するな〜! ケッ、と爆豪くんは悪態を吐いてるし、轟くんはなにかを考えるように小首を傾げている。どしたどした、首痛いのか?

「でもそーね、一理あるわ」
「中学ン時も結構揉めてるカップルいたしなー」
「はへ〜、恋愛って大変だあ……」

 そう言いながら、期待した答えじゃなかった三奈は膨らませた頬を私の膝に乗せてきた。ツンツンつつくとぱくっと噛まれる。野生動物か?

「そういう三奈はA組なら誰と付き合うの」
「えー……アタシィ?」
「アタシですとも」
「そうだなー……」

 意趣返しに同じ質問を投げかけて見ると、三奈は身体を反転して、私にもたれかかったままぐるっと視線を巡らせた。私とは違って明確な答えを出しそうな三奈の様子に、男子諸君がちょっとそわつく。思春期でかわいい。

「……磨かも」
「緩名?」
「え、私ぃ?」
「うん。いや、だってよく考えてよ!」
「え、うん」

 思わぬ答えに、おろろ、と剣心になる。私かあ。

「磨、顔良し、スタイル良し、“個性”もすごいし、性格も……良くはないけどいい性格してるじゃん!」
「たしかに」
「いや性格いいから!」

 確かにって言ったの誰だ。あとでシバく。まあ、前半の褒め部分はありがたく受け止めるが。

「しかも、一緒にいて楽しい」
「無視かーい。……ああ、うん、まあ、ありがとね。ごめんなさい」
「フラれた!?」
「秒速だ」
「RTA新記録だ」

 なんでよ〜! と私にフラれた三奈がやんわりと飛びかかってくる。倒れ込むように受け止めると、芦戸くん! と飯田くんに窘められていた。怒られてやんの、やーい。アタシの愛を受け止めろ〜! と抱き締めてくる。あはは、くすぐったい。キャッキャとじゃれついていると、隣で静かに思案していた轟くんが、ポツリと零した。

「拗れなきゃいいのか」

 ……静かだと思ったけど、ずっとそれ考えてたのかな。そういう問題ではないんだけど、聞きようによっては私と付き合おうとしてるみたいな発言に、三奈が目を光らせた。やめなさいて。



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