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 こぽぽぽ、と急須に作ったお茶を、四人分注いでいく。オールマイトと緑谷くんは自分がやるよ! と主張してくれたけど、かわいい私の淹れるお茶が一番美味しいじゃん? の一言で微妙な笑いを浮かべて引き下がった。爆豪くんだけは舌を出してきたけど。なんだこいつ。
 爆豪くんと緑谷くんの間に腰を下ろして、向かいのオールマイトを見る。何度目かの仮眠室会合だ。私は毎回出席ってわけでもないから、たまのゲストメンバーだけど。

「結局全てはわからなかった」

 だが進まねばならない、とオールマイトがスっと出したのは、ひとつのノートだった。そういうとこ、師弟で似るんだ……。

「ワン・フォー・オール。歴代継承者の詳細を可能な限り纏めておいた」

 ズズ、とお茶を啜る。外演習で冷えた身体にあったかいお茶がうめえ。二代目、三代目の詳細は、探しきれなかったらしい。何十年前……下手したら百を超える前の時代は、今では人々の多くが当たり前に持っている“個性”、当時は“超常”とされた異能が発現して、まだ間もない頃。黎明期はかなりごちゃついてたと聞くし、想像に容易いからまあ仕方ないだろう。

「どーでもいーから話ィ進めろ。俺の貴重な時間をあんたらに割きたかねーんだよ」

 私は結構面白いけどな〜。この会議に参加するのがたまにだからかもしれない。いつもよりちょっとマイルドにお口の悪い隣の爆豪くんの方へ少しだけ身体を傾けて、体重をかけた。

「黒鞭ですが、まだ一秒くらいしか持続できないので瀬呂くんや相澤先生のようには扱えませんが、補助能力として既に強力な“個性”だと思います」

 サポートアイテムに頼らず縛れるのって強いよね。飛び道具は大事。いや、そもそも、“個性”って一つでも便利なのに複数使えるとなったらもはやチートだ。チートり谷くん。爆豪くんが顎をしゃくってきたので、腕を伸ばしてノートを取り渡した。顎で使われている。パラ、と捲るその中を、爆豪くんの肩に頭を乗せて一緒に覗き込んだ。
 数ページ、分厚い指が捲って、止まる。第五代継承者、ヒーロー名ラリアット。今回緑谷くんが発現した個性の元の持ち主だ。他の継承者の“個性”は、危機感知に浮遊、煙。どれも特に強い“個性”ってわけでもねぇんだな、っていう爆豪くんの言に私も頷く。私も取り分けてめちゃ強むちゃウマではないかなあ、とは思う。“個性”だけで言うとね。

「え……めちゃくちゃ凄い“個性”だらけじゃない……!?」
「てめーは“個性”なら何でも凄ェんだろうが雑魚価値観が!」
「あはは、ひどー」
「それ色んな方面にひどいよ……」

 スネちゃま、お口が悪うござんしてよ。まあ、緑谷くんがどんな“個性”も賞賛するのはまじなので、まじだ。爆豪くんの持つノートのページを、ペラペラと指先で捲って、ぼんやりと詳細を眺めた。ヒーローに詳しい方では全くないけど、うん、全然聞いたことない人ばっかだ。

「AFOはワン・フォー・オールに固執していた」

 今では考えられない程に悪が力を持っていた時代。AFOは強い者を徹底的に潰していったらしい。歯止めの利かない悪意と支配の地獄の中、歴代継承者はOFAに未来を託して紡いできた。

「彼らは“選ばれし者”じゃない。繰り返される戦いの中で、ただ“託された者”であり、“託した者”だった」

 オールマイトの言葉に、ゾワゾワとおしりの浮く感覚がする。不意に、対峙したAFOの、呼吸すら出来ないほどの威圧を思い出した。ひたすら純粋な悪意が、侵食してくる心地がする。ゴクリ、と緑谷くんの息を飲む音が、いやに大きく聞こえた。爆豪くんが放ったノートが、パサッ、と机に着地する。

「どーりで。どいつも早死だ」
「え……」
「あ、たしかに。……」

 たしかに、爆豪くんの言う通り、歴代継承者の没年齢は平均寿命からだいぶ若い。ヒーローなんて死の危険が付きまとう職業ではあるけれど、それにしたって、だ。早死な継承者、の中では、オールマイトはかなり長生きの方なんだろう。緑谷くんを見ると、驚きなのか不安なのか、眉を下げてノートを見つめていた。私だったら、この“個性”持ってる人みんな早く死ぬみたいなこと言われたら普通にビビるし恐いしかない。そう……だね、と呟くオールマイトの心中が、測れなかった。オールマイトは、そのことを、知っていたんだろうか。知っていて継承したんなら、それは……。

「ぁいたあ!?」
「で!? 次はクソナードに何習得さすんだ」
「円滑……」
「てめーらがすぐ横道逸れンだろ!」

 釣られるように、私まで眉が下がっていったのを、爆豪くんに抓られてもたれていた身体を飛び起こす。眉毛のとこ抓られた。絶対数本抜けたんですけど!? 許せん。さすさすと擦っていると、カーディガンのポケットに入れたスマホがブブ、と振動した。

「次に習得を目指すのは、浮遊。お師匠の“個性”だ」

 浮遊かあ。浮けるのって楽しそうだし便利そうだけど、バランスが難しそうだ。スマホを見ると、新たにラインが一件。ねじれちゃん先輩からだ。夜にメッセ……というか絵しりとりを送りあってはいるけれど、文章のメッセージは久しぶりかもしれない。なんだろう、と通知アイコンをタップするのと同時に、爆豪くんの「勝ったァ!!」とクソデカ笑いが響いた。うるさ。

「なぁにが勝ったんよ〜」
「俺ァ爆破で浮ける!! てめーは俺が既に可能なことに時間を費やす! その間インターンで俺ァ更に磨きをかける!」

 なるほど。謎理論……ではないようだけど、爆豪理論で勝ちらしい。ねじれちゃんパイセンからのメッセージをタップすると、エリちゃんに異変が、と着ていた。角が成長して、怯えている様子らしい。あら。先生が合流して、少し落ち着いたようだけど、エリちゃんが懐いてくれている自負がそれなりにあるのでちょっと顔を出そう。
 QED! と証明を完了している爆豪くん、高校生らしくていい。QEDで証明完了するの、中三〜高校生か硲道夫しかいないからな。

「いいな〜飛べるの。私は全然先いかれてるじゃん」

 追い付く追い越す、爆発して死ぬ! の微笑ましい言い争いをしている二人の真ん中で、唇を突き出してそう呟くと、爆豪くんの手が後頭部にぶつかった。叩くとも撫でるとも取れない微妙な力加減だ。

「てめェの土俵はソコじゃねーんだろ」

 それはそう。移動スピードはあった方がいいし、今は前線に出て動き方を学んではいるけれど、一番のメインはサポートだ。最悪移動は他の人に頼ればいい。けど、爆豪くんに励まされるとなんかくすぐったい感あるな。うん、と頷くと、爆豪くんが鼻から息を抜いた。……でもそれはそれとして、浮いて移動出来るの楽しそうだから今度緑谷くんに運んでもらお。ねじれちゃん先輩に向かいます、のスタンプを送って、立ち上がった。

「どうしたの?」
「ん、これこれこう、カクカクシカジカでちょっと私抜けるね」
「楽すンなや」
「えっ、エリちゃん?」

 カクカクシカジカで伝わった、ように見せて、普通にメッセージを見せただけだ。オールマイトも頷いてくれたので、教員寮へ向かおう。

「私いなくても泣かないでね?」
「はよ行け」
「はは、気を付けていっておいで。エリ少女をよろしくね」
「後でエリちゃんの様子、教えてください……!」
「まっかせ〜」

 誰も別れを惜しんでくれなかった。まあ、この会合に私実際必要ないしな。ほぼ情報共有のためにいるだけだ。少し小走りで、夕暮れに染まる校舎を駆けた。
 にしても、早死かあ……。一人になると、爪先から染みるように不安に似たものが湧いてくる。本当にパラパラとしか見れていないけれど、死因までを詳しく見た訳じゃないが、全員が戦死ではなかったはずだ。緑谷くんの呆然とした横顔が、いやに頭に残っている。あの様子から、オールマイトは緑谷くんに伝えていなかったようだし……緑谷くんの思考も感情も別人の私には理解できないけど、少なくとも私なら早く言って!? になっちゃうから、微妙な気持ちになるよねぇ……。率直に言うと、不信や憤怒に近いかな。緑谷くんの友達として、それから、“前世”のそれなりに年齢を重ねた人間の思考として、なんにも告げていないオールマイトに、ふつふつとそういうマイナスの感情が湧き上がるのは仕方なくない? ……いや、でも、なんの考えもなしにオールマイトがするもんなのかなあ。それだけ必死だったとか? 平和の象徴が……ああ、だめだわこんがらがる。このまま一人で考え込んでも、良くない方向にしか進まない気がする。思考を追いやるように頭を振って、教員寮のチャイムを鳴らした。



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