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「うわ部屋ぬっく」
「あ、磨おかえり!」
「おー緩名、おかえり」
「ただいま〜」

 共有スペースの中は、暑いくらいに暖房が効いていた。荷物をソファの脇に置いて、三奈と上鳴くんが並んでいる微妙な隙間におしりをねじ込む。ギリ人一人分くらいあったからさ。傾いた三奈がそのまま抱き着いてくるので、好きにさせておく。向かいのソファには切島くんと瀬呂くん、一人がけのスツールに轟くんが座っていた。テーブルに広げられているのは、休み前に出された冬課題みたいだ。終わらせてなかったんかい。だから騒がしかったのか。ヤケクソの笑い声だったみたい、って先生に報告しとこ。

「もう体調大丈夫なのか」
「うん、もう平気〜」
「そうか。……?」

 薄く微笑んだ轟くんは、それから少しだけ不思議そうに首を傾げた。

「具合悪かったのか?」
「うーん、まあ、食べ過ぎかな」
「あっは、ダッサ」
「だっせ……ッデ! なんで俺だけぇ……!?」

 切島くんに答えると、両脇から嘲笑が聞こえてきたので上鳴くんだけ蹴っておいた。そんなこと言うやつには課題手伝ってあげないからな! とはいえ、ある程度はもう埋まってるらしい。

「轟くん教えてあげてたの?」
「ああ。瀬呂に捕まった」
「捕まえました〜」

 瀬呂くんがぶいっ、とピースサインを掲げた。この二人結構仲良いんだよね。膝の上に上半身を投げ出してくる三奈の頭を撫で倒す。相変わらずふわふわだ。グリグリと顔をお腹に押し付けてくるので、寂しかったんだろう。愛いやつめ。

「爆豪くんたちは?」
「爆豪は風呂、緑谷は走りに行った」
「ははあん、なるほど」
「で、飯田とヤオモモは麗日連れて明日の鍋の買い出し行ってるぜ」
「あらま、こんな遅くに」

 ミッナイ先生が車を出してくれているらしい。いいな〜。明日の授業終わりは、新年会的な鍋パの予定なのだ。学生っぽい〜。

「なに鍋すんの?」
「なんか適当に買ってくるっつってた」
「あ〜、ま、お茶子ちゃんいるなら大丈夫か」

 飯田くんも百だけならちょっと不安があったけれど、お茶子ちゃんいるなら変なことにはならないだろう。おもちが多くなるかもしれないけど。……餅巾着食べたくなってきた。胃もたれも喉元すぎてったな、これ。

「おでん食べたい」
「鍋だっつってんのに」
「広義には鍋じゃん」
「これさあ……」
「広義すぎん?」
「餅巾着食べたい……三奈どした?」

 これ、と言いながら、三奈が私のものになったフリースをくいと引っ張った。どしたん、と尋ねると、皆の視線も私、正しくは私の着ている物に向く。

「ああ、それ俺も気になってた」
「俺もだ」
「緩名っぽくねーもんな」
「そう?」

 そうかも。たしかに私っぽくはない。それこそ制服のカーディガンとか、メンズを着ることはままあるけど、それでもユニセックスな方だ。これは色味的にも、サイズ的にも完全にTheメンズだからかな。

「それもだし、なんか、匂いが」
「におい? ……ああ、轟くんの匂いするよね」
「えっ」
「エ!?」
「……ああ、それやっぱり俺のか」
「うん」
「え〜!?」

 匂い、というワードにすんすんと襟元を引っ張って匂いを嗅ぐ。轟家にいる時から着てるので鼻が慣れてきていたけど、うん、轟くんの匂いだ。なるほど、と納得した様子の轟くんと、マジかよ、みたいな顔をするメンズ三人、それから途端に少し眠そうにしていた目をキラキラ輝かせる三奈。忙しいな。

「なんで! なんで!?」
「なんで? いや、もらった」
「誰に?」
「冬美さん」
「エッ誰」
「ああ、姉さんだ」
「あ、姉ちゃんね」

 そう、姉ちゃん。ご紹介に与ったことだし、三奈の頭を下ろして立ち上がって見せる。長めの裾は、私の短いスカートをギリギリ覆い隠すくらいだ。かわいい。

「かわいくない?」
「オー、かわいいかわいい」
「メンズ着てる女子ってなーんでこんなかわいいンかなァ……」
「それね、私だからだよ」
「厚かまし」
「ひどくない!?」

 かわいいだろが! あとめちゃくちゃぬくい。コートいらないくらいぬくいし、でかいから中にいっぱい着れていい。くるん、と回ると生暖かい目と生暖かい拍手を迎えてくれた。生暖かい感じやめろ。

「明日これで登校しよっかな」
「校則違反〜」
「こいつが校則守られねェのなんか今更だろォが」

 そう言って背後からコツンと頭を小突かれた。それ、絶対おま言うだからな。

「爆豪くん」
「かっちゃんお帰りーぃ」

 肩からタオルをかけた爆豪くんが隣に並んだ。お風呂上がりだからかめっちゃぬくい。ホカホカしてる。湯気。そういえば、爆豪くんたち襲われたって言ってたけど全然普通だな。轟くんもいつも通りだ。

「大丈夫だったん?」
「あ? ……おー」
「聞いてたのか」
「うん、軽くだけ」

 半身を捻りぶんぶん腕を降って、とりゃー、と少し余る袖を爆豪くんにぶつける。ぽすん、と当たった袖もガン無視だったけれど、数度繰り返すと鬱陶しそうに腕を掴まれた。それから、訝しげに眉間に皺が寄った。

「お」

 ぐい、と引っかかった指に襟元を引かれて轟くんみたいな声が出た。轟くんの服着たら轟くんになるみたいだ。轟化現象。近付いた爆豪くんが、スン、と服の匂いを嗅いで、険しい顔をする。すごいな、野生動物みたい。鼻が良い。

「てめェこれ」
「あ、うん。これねえ、焦凍の着ないやつ〜ってもらった」
「お」
「あ゙?」

 襟元に鼻を近付け屈んでいるせいで、少し低い位置にある赤い目に睨み付けられる。なんでメンチ切られてんの? こわ。睨まないでよ、と爆豪くんの目を裾で覆うと、チッ、と舌打ちが届いた。なんでやねん。

「今の、いいな」
「なにがぁ?」
「いやわかる、俺はわかるよ轟! おまえばっかズリィけど! わかるぜ!」
「なんなん?」

 なにがいいんだ。今のってどれだ?

「名前で呼ばれんの、新鮮だ」
「……あーね? でもヒーローネームほぼ名前じゃん」
「そうだが、ちょっと違ぇだろ」
「そんなもん?」

 そんなもんなのかなあ。まあ名前呼びがいいのはわかる。へ〜え、と納得の声を上げたら、なにかが気に入らなかったらしい爆豪くんが、私の余った袖同士をギュッと縛り上げてきた。

「チッ」
「あ゙ー」
「縛られてやんの」
「気ぃ付けろよ緩名ー」

 完全に結ばれてしまった袖を上下に振る。あ、ダメだわ外れんわ。完全に拘束されてしまった。そのままフンッ、と爆豪くんは踵を返して男子棟へと向かっていく。寝るのかな。おやすみー、と後ろ姿に声をかけると、中指が立てられて返ってきた。おこじゃん。

「ねーこれ外して」
「いいじゃん、中国っぽくて」
「いやどこがだよ」
「あいやー」

  がっちり結ばれた袖をぶんぶん振りながら、轟くんの隣のスツールに腰掛ける。どんだけ固く結ばれてんの? 轟くんに腕を向けると、待ってろ、と解きにかかっているけれど、苦戦しているようだ。固すぎて。引きちぎられたらどうしよ〜。

「外れねぇな、これ」
「瀬呂くんたすけてー」
「俺ぇ? ……ちょっと待ってなー」

 切島くん、たぶん無理。上鳴くん、同上。三奈、さっきからなんか目線が怖い。却下。瀬呂くん、器用。以上の方程式から自動的に瀬呂くんが選出されました。個性柄結んだり解いたりも得意だろうし。持っていたシャーペンを置いた瀬呂くんが、私のスツールの横にしゃがんで、結び目に手をかけた。

「うわ、ガッチガチに結んでんなー」
「ね、やばいよね」
「っと……うん、多分……はい、解けた」
「お、すげぇな」
「瀬呂くん天才〜!」

 シワシワになった袖を労りながら、ありがと〜! と声を上げると、どういたしまして、と瀬呂くんが袖を伸ばしてくれる。シワシワだ。伸ばされている皺をぼーっと見つめていると、瀬呂くんと視線が合う。なんかわからんけどとりあえず笑うと、瀬呂くんも苦笑いのようなものをして、それから少しだけ出た私の指先を撫でていった。ん、んん……?

「……さて、俺らもそろそろ部屋帰るかね」
「おっ、俺もちょうど終わったぜ」
「ウェ!? 待って俺まだあともうちょい」
「おっそ」
「三奈は終わってんの?」
「……あとちょっと!」
「あら」

 終わってないんかい。瀬呂くんは元の位置に戻って、広げていた課題や文房具を直していっている。私もお風呂入らなきゃ。明日から学校だ。部屋に戻るらしい瀬呂くんたちを、待って待って、と上鳴くんが慌てて追いかける。おやすみー、と声をかけるとおやすみ! と重なった声が返ってきた。元気〜。

「じゃあ、私もお風呂入ろ」
「んー、じゃ、アタシここで待ってる」
「おけ」
「……なあ、緩名」
「んー?」

 お風呂セット取りに一回部屋に帰らなきゃ、と立ち上がったら、なにやら思案顔の轟くんに名前を呼ばれた。

「もう一回名前、呼んでくれねぇか」
「……え?」
「なんか、よかったから」
「え、え〜……」

 なんかよかったらしい。全然いいけど。私から呼ぶのはいいけど、こう、改まってお願いされるとちょっとだけ照れる。

「……焦凍?」
「ああ。……もう一回、いいか」
「えー……焦凍くん」
「うん。もう少し」
「……焦凍」
「ああ。あといっか、」
「アタシなに見せられてんの!?」
「お」
「ふっふふ」

 何回めかのお願いで、三奈が爆発した。きゅんは摂取したいけど目の前でイチャつくのはやだ〜!! と叫んで机に伏せている。恋人いない人間の心からの叫びだ。おもろ。

「わりぃ、ありがとう」
「うん、いいよ」
「ああ。……おやすみ」
「はーい、おやすみい」

 轟くんはもうお風呂済らしく、そのまま部屋へ上がって行った。満足してもらえたんかな。

「……磨」
「ん?」
「轟と爆豪とさあ、なんかあった?」
「え、……いや……べつに……」

 あったかと言われたら、全くの無ではないり特に轟くんとか、デコチューかましてくれてるし。あったな。うん、あったわ。

「今日磨のとこ泊まるから」
「いいけど、」
「詳しく聞かせてね」
「……はあい」

 この後、珍しく三奈の迫力に圧されて額へのちゅーまでは漏らしてしまうんだけど、寝落ちしたおかげでなんとか、ギリギリ、事なきを得た。……得てるかな?



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