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「ん〜……じゃ私こっちー」

 食卓にお皿を並べていって、席に着く。選択肢は三つあったけれど、爆豪くんの向かいでエンデヴァーさんのお隣? に座ると、轟くんがムッとした表情を浮かべた。

「なんで親父の横座るんだ。こっち来い」
「えーやだ」
「なんでだ」
「そこお誕生日席じゃん! 一人寂しいじゃん、ねえ?」
「え、ああ、うん……?」
「困らすなや」

 轟くんがこっち、と指したのは、エンデヴァーさんの向かいで轟くんのお隣のお誕生日席だ。やだ、寂しいし。冬美さん越しのお隣に座った推定轟兄に話を振ると、ビクッとしてから頷いた。爆豪くんがさっきから注意botになっている気がする。

「改めて紹介するわね。 私は焦凍の姉の冬美です。小学校で先生をしています! 焦凍の兄の夏雄、大学生!」
「どうも」

 夏雄兄ちゃん、めっちゃ控えめな感じだ。それから、轟くんが私たちの名前を紹介して、いただきますだ。轟家の間、空気わっる〜い。やっぱりエンデヴァーさん、微妙な感じなんだな〜。

「食べられないものあったら無理しないでね!」
「はあい。いただきま〜す」

 餃子に竜田揚げ、麻婆に焼売。めっちゃ中華だ。やっぱり男の人、それも体格のいい人が多いとご飯の量多くなるよねえ。雄英の寮えげつないもん。みんな食べるから。エンゲル係数高そう。あ〜、やっぱり竜田揚げおいしい。沁みる〜。緑谷くんが食レポを捲し立てるのを聞きながら、お味噌汁も味わう。家庭の味だ。おいしい。ていうか緑谷くん、ノート取るの趣味なのは知ってたけど食事まで分析するんかい。

「ねええんでばさん餃子取って〜」
「……いくつだ」
「に!」

 私の位置からはちょっと遠い場所にあるので、取り皿を渡して取ってもらう。轟くんと、夏雄兄の顔がちょっと険しくなった。あ、つい。やっちゃった? 向かいの爆豪くんと目が合うと、アホ、と口が小さく動いた。アホじゃないで〜す。

「麻婆辛い?」
「フツー」
「ちょっともらお」
「磨ちゃん辛いの大丈夫だった?」
「ん〜……何事も挑戦!」

 辛い、のレベルによるよねえ。爆豪くんのフツーはあんま信用してない。一口食べると、ピリッと痺れる感覚。

「からっ。あ、でもおいしい。……からっ」
「辛かったかな」
「辛いけどおいしい! ご飯進む」
「よかった」
「こいつが雑魚」
「ええ〜、んなことないし。ねえ夏兄」
「ダチか」
「焦凍この子凄ぇな」

 めっちゃ汗出てきた。鼻に。辛いもの食べると鼻めっちゃ汗でない? でもおいしい。にしてもこの面子、バーニンさんたちサイドキックいないと爆豪くんにツッコミの比率が偏りすぎている。夏兄の戸惑いは置いといて、次に餃子をひとつ。肉汁の溢れるタイプのあれだ。

「……あ、餃子食べたくなってきた」
「今食ってンのなんだよてめェ」
「え?餃子だけど」
「……おまえ自分がなに喋ってっかわかってンのか?」
「かっちゃん今日めっちゃツッコムじゃ〜ん」
「だァれのせいだよ……!」

 私のせい? そんなそんな……。でも餃子食べたら寮で餃子パーティしたいなって思うじゃん。ね? 鍋パは決定してるから、その次のパは餃子推しとこ。

「お手伝いさんが腰やっちゃって、引退してからずっと姉ちゃんが料理作ってたんだから」
「へ〜」
「なる程……!」
「夏も作ってたじゃん! かわりばんこで」

 夏兄の作るご飯、めっちゃ男料理そう。ド偏見。会って十分だからそりゃそう。

「……え、じゃあ俺も食べてた?」
「あーどうだろ」

 轟くん、家族相手だとちょっと喋り方幼くなるんだなあ。新発見だ。かわいい。なんて和んでいたら、元々あんまり良くなかった空気が一気にピリッと張り詰めた。

「俺のは味濃かったから……エンデヴァーが止めてたかもな。こんなもん食うなってさ」

 おお、麻婆といい勝負のピリッと加減だ。気まず〜。全然笑い事じゃないし、笑っちゃダメなことなんだけど、まーこうなるわなあ、って空気は感じてたからちょっとふふっ、と零しそうになってしまった。倫理観の欠乏〜。

「……気付きもしなかった」

 そもそもエンデヴァーさんってお家でご飯食べるんかな? あんま食べなさそう。まあヒーローって不規則な生活してるしなあ。ふ〜ん、と気まずい空気を見渡していると緑谷くんと目が合った。今にも喉つまらせそうな顔してる。おもろ〜と思っていると、必死な目が懇願するように私を見てくる。多分私の持ち前の明るさで空気変えてくれってことなんだろうけど、気付かないフリしてニコッと笑っといた。あんま首突っ込みすぎんなって爆豪くんに言われたもの。

「しょっ、焦凍は学校でどんなの食べてるの?」
「……学食で、」
「今度、夏雄の料理を、……ムッ」
「んぐっ」

 タイミングが悪い。絶妙に。人ってこういう、手に負えない時ほど笑いたくなるもんじゃん。いやでも流石に夏兄と冬美さんが可哀想なので抑える。エンデヴァーさんまじ、ヒーローとしての勘も間もいいのに、人間としての間一生悪いな。そうこうしてる内に、夏兄が「……ごちそうさま」と席を立った。

「席には着いたよ。もういいだろ」
「夏!」

 やっぱ無理だ、と冬美さんに一言謝って、部屋を出ていった。あらら。んま〜、そうなるよね。アイスバーグさんみたいになっちゃった。うーん、ドセンシティブ〜。沈黙が重い。チラ、と隣を見ると、冬美さんのグレーがかった瞳が揺れていた。
 もぐ、と口の中に入っていた二つ目の餃子を咀嚼して、飲み込んだ。

「あのTシャツ、どこで買ったんだろ」
「んぐッ」

 表にFRONT、裏にBACKって書いてた。初見だとちょっとウケるよね。あえて空気を読まずにぽけっと発言すると、今度こそ幼なじみコンビが噎せていた。汚。



「ゼリーたーべたいっ」
「あったかなあ」
「他人の家でまで集ンな!」

 重たい空気のまま進んだ晩ご飯の片付けをする。私いなかったら多分もっとどんよりしてたはずだから、清涼剤的役割をした私をもっと褒めて欲しいんだけど。あ、杏仁豆腐も食べたい。いやお腹はいっぱい、むしろ食べすぎた感もあるくらいではあるが。冬美さんがうーん、と口元に手を当てて冷蔵庫の中を思い浮かべているけれど、大丈夫。おもたい空気の原因にたかるから。
 集めた食器を抱えて、エンデヴァーさんが洗い物をしているキッチンまで緑谷くんと爆豪くんを案内だ。

「寮帰ったら杏仁豆腐作ろ〜」
「勝手に作っとけ」
「けちけちけっちゃん」
「緩名さん、マイペースだなあ……」
「それ褒めてる?」
「う、うーん、どうだろう」
「ハ? 褒めろ」

 流水音と、食器の触れる音だけが響くキッチンを覗くと、エンデヴァーさんが寡黙に洗い物をしていた。そりゃ私とかマイク先生ならまだしも、エンデヴァーさんが一人で歌ったり踊りながら洗い物してたら逆に怖いけども、なんだか背中に哀愁が漂っている。ま、家族の事情とかそこらへんは盗み聞きした程度のことしか知らないし、私がなんか言うことでもないので放置だ。ていうかなんの関係もない他人が口を挟むものでもない。ね。

「あ、あの、食器を」

 緑谷くんがそういうと、無言でクイ、とエンデヴァーさんが指で示した。喋ることすらしないんだ。いいけど。
 食器を置いて、流石に人の家の冷蔵庫を漁ることは躊躇われたので、二人と一緒に退却だ。まだ洗い物あるしね。

「ていうか、かっちゃんも知ってたんだ。緩名さんは轟くんとあの、アレだから、分かるけど」
「は? 俺のいるところでてめーらが話してたんだよ」
「私も盗み聞きそのにー」
「聞いてたの!?」

 なんとなくいたたまれなさと言うか、なんか胸のモヤつく感じがして、ポケットに手を突っ込む爆豪くんの片手を取り、トン、と緑谷くんの傷の多い右手にぶつかりに行く。あんなとこであんなクソ重センシティブ話をしてるんだもん。私は積極的盗み聞きではないけど、まあね。聞いちゃったよね。

「わ、緩名さんどうしたの?」
「別になんでもなーい」
「ハン、甘えたか」
「でーす」

 緑谷くんの腕も取ると、ちょっとだけ慌てて見下ろされた。……なんか、緑谷くんも背伸びた気すんな。生意気だ。モヤモヤしたのを払拭したい気持ちのまま、冬美さんや轟くんが後片付けをしてる居間の前へと戻ってきた。ら、センシティブ会話が絶賛継続中だった。うーん、なんかなあ。

「焦凍はお父さんの事どう思ってるの?」

 轟くんの気持ち。エンデヴァーさんへの。入学当初からはまだ前進したとはいえ、好転したか、というとそんなわけもない。……なんか、私自身としては、そこまでエンデヴァーさんに悪印象を抱いてないから、変な感じがする。二人の腕を勝手に握った手に、ぎゅ、と小さく力が籠る。

「この火傷は、親父から受けたものだと思ってる」

 ぼうっとした、独白にも近い、ぽっかり空虚な轟くんの声色。なんかさあ、家族間でのこういう掛け違い、ちょっと身につまされるものがあって、なんか、うん。なんか。あれなんだよね。上手く言えないけど。別に私と轟くんでは、環境も関係もなにもかも違う。だから、共感とか、そういうのとはまた違うんだけど。いろんな事情があって、「親」に対して、許せるとか許せないとか、今、人の言葉を聞きたくないのかもしれない。暗くなる目元を隠すように、目の前にある緑谷くんのシャツに顔を寄せた。

「緩名さ、」
「聞かんでいい」
「、爆豪くん」

 勝手に繋いでいた腕を引かれて、爆豪くんの鎖骨に後頭部がぶつかった。見上げると、爆豪くんも背、伸びたなあ。緑谷くんの腕を取っていた手が強制的に引き剥がされて、両耳を分厚いてのひらがやんわりと覆う。完全に隔離されたわけじゃないけれど、少しだけ音の遠くなった聴覚は、途端に詰まった息がしやすくなった。耳あっためるとさあ、な〜んか落ち着くよね。ほっとするっていうか。ツボ的なやつ? うん、なんか、急にちょっと情緒不安定になってたみたいだ。気圧かな。寒いからかなあ。なんか、忙しかったし、女子だし、思春期だし、そりゃメンタルジェットコースターにもなるなる。

「んわ、」

 緑谷くんが丸く見開いた目を、穏やかに下げる。ぐしゃぐしゃと、爆豪くんの手によって髪の毛がかき混ぜられた。

「つーかよ〜……」

 お、ギャルの爆豪くん。かと思えば、私を少し後ろに下げて、スパァン! と勢いよく襖が開けられる。

「客招くならセンシティブなとこ見せんなや! まだ洗い物あんだろが」
「おお、見て、めっちゃいい襖だこれ」
「そこ!?」

 だって、なんの取っ掛りもなかった。さっき足で開けた時もそうだったけど、多分この襖もなんか高級なやつだな。うん。

「あ! あの! 僕たち轟くんから事情は伺ってます……!」
「あはは、てんぱり谷くんだ」
「俺ァ聞こえただけだがな!」

 思ったよりも鳥の巣にされた髪の毛を手ぐしで整えながら、焦る緑谷くんを笑う。四川麻婆が台無しだっつの! とめちゃくちゃ素直にズンズン突っ込んでいく爆豪くん、やっぱりシゴデキ男だ。ガチャガチャと手早く食器を纏めて、私にも少量持たせてきた。着いて来いと言うように顎でしゃくられて、爆豪くんなりの気遣いが面白くてちょっと笑った。

「轟くんはきっと、許せるように準備をしてるんじゃないかな」
「え」

 背後から聞こえる、緑谷くんの声。声色が、臨時保健医で喋った時とか、合宿で洸太くんについて相談してる時とかと、同じやつだ。私の、まだちょっと苦手な「ヒーロー」としてのもの。人の内側まで入り込んでくる、諭すようなその内容は、優しいものなんだろうけど。緑谷くんって、勝手だ。八つ当たりのように、そう思ってしまった。
 轟くんたちと違って、手を離したのは私からだ。転生したてのパニック状態だったあの頃に、無理にあの人たちから手を差し伸べられていたら、多分潰れてたんじゃないかなあ、と自身の最悪を予想できる。だから、自分の選択が、「私にとって」間違ってはない、とはちゃんと思える。けど、その選択が、あの人たちを殺したとしたら。許すのは。許されるのは。「置いていった」あの人たちなのか、「手を離した」私なのか。どっちなんだろう。そもそも、許すとか、許さないとか。そういう次元で考えないといけないものなのか。考えたくもないことが、考えても答えの出ないことが、浮かんでは沈んでいく。やめやめ、こんなの意味ない。あーあ。
 私も、やり直せたらなあ。



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