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 ミルコとのツーショで意図せずバズってしまって、朝から電話で先生にネットリテラシーについて軽く説教された。雄英高校ヒーロー科生徒は、基本的にSNS上での発信が認められてないからだ。ヒーローデビューした後だったり、ほぼ事務所が内定した三年次に所属する事務所の以降で公認アカウントを作ることはあれど、学生の内はなにがヒーロー活動の枷になるかもわからないので、下手なことはやめとこうねってことだ。アカウントの所持までを咎められるわけではないので、卵アイコンのとか、見るようで一切発信しないアカウントは持ってる子も多い。なんせ若者なので。
 まあ、そういうわけなので、私がバズっちゃったのは微妙な感じなのだ。そこまで危険視される内容じゃなかったからまだましだし、学生の内から人の目に触れ、認知度を高めることもいいことなんだけどね。ネットってなにがあるかわかんないしね〜。

「おっ」
「緩名さん! おはよう。あの、大丈夫……?」
「緑谷くんおはぴ〜」

 コスチュームに着替えて、本日の業務に向かうために与えられた部屋を出たら、同じく準備万端の緑谷くんとかち合った。そのまま一緒に事務所へと向かう。ヒーローナードで情報通な緑谷くんのことだ。既に私の大バズりを知っていたらしい。朝起きてからSNS開いたらまだトレンドに名残がいたから、結構尾を引いてる。……今日のパトロール、声かけられる率上がりそうだなあ。まあそれはいい。

「へっへっへ、バズっちまったぜ」
「か、軽いなあ……」

 ピースをして緑谷くんに軽くぶつかると、ううんと苦々しい表情を作る。もうね、受け入れるしかないし。そいそいそい、と何度も故意に肩をぶつけても、緑谷くんの苦々しい顔は変わらない。昔ならこれくらいの接触でも赤くなってたのに、めっちゃ慣れたよね。慣れるな私に。いつまでも初々しい反応でいてほしい。

「ま、悪いことじゃないしね。人気商売な面もあるし。ほら、私って顔がかわいいからさあ、遅かれ早かれバズってたはず」
「すっ、すごい自信だ……!」
「ふふん」

 かわいい女はバズっちまう運命なんだよね。ハッシュタグ美男美女と繋がりたいだ。腕を組んで居丈高に胸を張ると、緑谷くんが困ったように笑った。

「ふふんじゃねェわタコ」
「んわっ、なにい? おはよう」
「呑気に挨拶してんじゃねェ!」
「も〜、朝から血圧高いなあ」

 ガシッ! と後ろから頭を鷲掴みにされて、まあこんなことする人一人しかいないけど確認のため振り向くと、不機嫌を隠さない爆豪くんが。おはよう。爆豪くんは朝から気に入らないことがあるようで、めっちゃおかんむりである。前髪がマスクで押し上げられているせいで、金の眉がいつも以上に吊り上がって見えた。

「なんッッじゃてめェあの顔はァ……!」

 あの顔? ……まあ、多分、ミルコとのトロ顔ツーショのことだろう。いやたしかに、自分でも少々危なっかしい表情になってたなって思いはする。あんなん見たら人間全員惚れちゃうもん。もはや個性魅了。メロメロの実。メロメロメロー級に美少女だったもんね。わかるわかる。

「かわいかったでしょ?」
「ンなこと言ってんじゃねェわ!」
「え〜、かわいかったよねえ?」
「イヤッ、僕はそのっ、あんまり、見て、いないので……」
「は? 親の顔より見ろ」

 あんまり見られるのも恥ずかしいけど、見られないのもそれはそれで腹立つな。おらおら、と目を線にする緑谷くんにミルコのSNSの画面を押し付けると、ガキか、と爆豪くんに掴まれたままの頭を引かれた。褒めろし。ブーブー、とブーイングを口に出しながら爆豪くんを見上げると、細かい傷が顔や首元に残っていた。緑谷くんも同じくだ。轟くん揃ったら治癒しよ。

「……」
「ンだよ」
「やあ、前髪あげてる爆豪くんいいよね」
「……ハァ?」

 褒めたのには? って言われた。ひどい。でも前髪あげてる爆豪くんいいよね。デコ丸じゃん。お茶子ちゃんに丸顔って言っときながら、爆豪くんも輪郭とか意外と結構幼いよね。ウムウム、と一人で納得していると、キッショ、と照れ隠しのように暴言を吐かれた。ひどくない?

「おはようございま〜す」
「おはようございます!」
「ザス」

 事務所のドアを潜って、サイドキックの人達へ挨拶をする。所属人数の少ないところならまだしも、こういった大手のヒーロー事務所は24時間365日営業なので常に人がいっぱいだ。

「おはよーどーだい進捗はぁ!!」
「朝からでけー声だすなぁ!」
「爆豪くんもでかいよお」
「おはようございますバーニン!」
「バーニンさんおはよ〜」

 進捗どうだい! とバーニンさんが煽り散らしてくる。元気だ。有名ヒーローとか名の知れたサイドキックは、基本だいたい勝気らしい。緑谷くん情報。向上心が強いとまあそうなるよねえ。漏れ出そうになった欠伸を噛み殺しながら煽られている二人を見ていると、おはようございます、バーニン、と平坦な声が響いた。私たちより少し遅れて現れたのは轟くんだ。

「昨日は惜しかった。二人とも昨日の感覚大事にして行こう」
「あ、轟くんおはよお」
「ん、おはよう緩名。……今日こそエンデヴァー追い越すぞ」

 しれっと私が人数に含まれていなかったけれど、そもそもの私の課題は別だ。し、索敵能力も高められる私は、大事件を解決! ってほどではないけど、ちょっとした手助けくらいならエンデヴァーさんよりも早い事がある。ので、省かれたんだろう。コーチみたいな轟くんの言葉に、爆豪くんが食ってかかる。マジ轟コーチじゃん。緑谷くんも加わった会話を尻目に、私はちょこちょことバーニンさんに寄った。

「なーにバズってんの!」
「ね、なんかバズった〜」
「軽いな!」

 なんかお咎めあるかなあ、と思ったんだけど、特にないらしい。エンデヴァーさん立ち会いの元だったし、雄英生がインターンに出ていることも特に隠してはいない。背景も特定されるようなものもなかったし、写真に写ってたのは私とミルコの二人だけ。瞳の反射でバレそうな感じもなかった。

「バーニンさんも後でツーショ撮ろ〜」
「いーけどそのポーズはしない!」
「え〜、バーニンなのに」

 手をうさぎにして小首を傾げると、あざとい! とズバッと言われた。これぞあざとくてなにが悪いのだ。バーニンさんに断られちゃったから、あとでエンデヴァーさんとやったろ、と思った。



 今日のエンデヴァーさん、なんかいつにも増して絶好調というか、やる気に満ち溢れている。普段からヒーロー活動に熱心だけど、今日は更に、って感じだ。現場作業員の人たちの乗ったゴンドラを救い、横転し道を塞ぐトラックをぶち抜き、銀行強盗を押し入り直前に防ぎ。ヒーローとしてインターンに行くと思うけれど、特にこの“個性”社会、日常の中に潜む危険が多すぎる。

「ひゃっ」

 エンデヴァーさんの防いだ自転車と車の接触事故。怪我人も、破損さえなにもなかったのに、唯一急ブレーキをかけた自転車、のカゴ、に入ったカバン、から飛び出た、剥き出しの裁ちハサミ。裁ちハサミを剥き出しで入れるな!? が、まあまあの勢いで近くにいた小さい子に向かう。周りの人も、その子本人も全く気付いていない。
 咄嗟に。多分、普通に飛び出しても間に合ったけれど、訓練の賜物と言うべきか。咄嗟に、個性を発動していた。スピードのデバフに、劣化のデバフ。飛ぶ勢いを衰えさせたハサミが、ボロボロと崩れていく。あ。

「ハサミ壊しちゃった」

 誰にもぶつかることなく、ゴミになってしまった裁ちハサミ。え、ごめん。エンデヴァーさんを見上げると、なんとも言えない顔をしていた。同時発動、一応成功したんだけど。……一応。

「……まあ、いいんじゃないか」
「え、えー……」

 ぬるっと、劇的なこともなくなんか出来てた。なんか、新技習得! ってもうちょっとドラマチックなものじゃないの? 夢見すぎ? なんとなくコツは掴めたけど、疲労感がちょっと増す、気がする。咄嗟だったからかな。

「今の感覚を忘れないよう繰り返し行っていけ」
「うーん、……うん」

 なんとなく腑に落ちないけど、うん。まあ、こんなもんなんだろう。同時発動。バフをかけるのって、基本的に突入前とか、わりと時間に余裕のある時が多いし、デバフの重ねがけメイン、になるはずだ。多分。しかも私は、轟くんたちと違って前線に出る機会がおそらく少ない私は使う機会はほぼないと思うけれど、まあ、出来ることが増えるのはいいことだ。あとこれ続けてたら多分キャパ伸びる。

「咄嗟にしては威力の調整もよく出来ていた」
「やった〜」
「その調子で励め」
「はい!」

 地味な感じの活用ではあったけれど、褒められたので一先ず良しとしよう。やったね。



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