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「好きです。結婚してください」
「……いいぞ!」

 プロポーズした。受け入れられた。完。この度私、緩名磨は、お嫁さんになります! 今までのご愛顧ありがとうございました! 先生の次回作にご期待ください。



 っていう、夢ではないんだけど、感情が昂るあまりついポロッとプロポーズが溢れてしまった。ほぼ初対面の人相手に。あるある〜。
 今日も今日とて底冷えする気温の中インターン活動中。日もすっかり暮れて、私たち学生未成年はそろそろ引っ込まなければいけない時間帯だ。本日の外での業務は終了、そのため、武闘派三人組がサイドキックの人たちから事後処理の手続きを学んでいる中、既に前回のインターンで学んでいた私も復習がてら聞きながら、周囲へ一応の警戒を振りまいていた。ら、なにかに気付いたようなエンデヴァーさんからちょいちょいと手招き……指招き? されて寄ってみると、シュタッ、と、それはもう俊敏に、私とエンデヴァーさんのすぐ側へ降り立ったなにか。人だ。

「よォ、エンデヴァー」
「何か用か」

 褐色の肌、鍛えられたプロポーションを惜しげもなく晒す露出過多なレオタード。銀色の長く真っ直ぐな髪と、兎のように紅い勝気な瞳。なにより特徴的なのは、真っ白な兎のミミだ。エンデヴァーさんと言葉を交わすその人は、ミルコだった。……ミルコだ! え、ミルコだ。ちょっと待って。
 彼女と私に、深い関係はない。それどころか、話したことすらない。私の存在を認識してるのかも微妙だ。それでも、私たちは初対面ではなかったし、私は彼女に大恩がある。
 一ヶ月と少し前の、まだ思い出すにはめちゃくちゃ苦い福岡での事件。荼毘に焼かれ、意識朦朧とした私を救いあげたのが、彼女だったのだ。あのままだったら、ワンチャンまた連れ去られていた可能性もあるし、そうなったらもしかしたら今頃死んでたか、……“お母さん”のように、弄り回されてた可能性もなきにしもあらずだ。なんか、荼毘が攫わないとかなんか言ってたような気もするけど、ここらへんはマジで意識ギリギリだったし、あの時荼毘の言ってた内容、ほっとんど忘れてるから私の幻聴の可能性もある。思い出すと、完治したはずの首がまたジリジリと痛む気がして、ブンブンと追い払うように頭を振った。やめよやめよ。人間そんな簡単に、痛みの傷は消えん。

「緩名」
「……ぅえっ、はい!」
「? どうした」
「え、あ、や、なんでも……」

 まあつまり、端的に言うと「推し」であるミルコが急に目の前に現れて、今世紀でもなかなかないくらい動揺しているらしい。私は。無駄な倒置法をうったり、無意識のうちにエンデヴァーさんの肘に擦り寄る程度には少なくとも動揺している。うわ、エンデヴァーさんが炎収めてくれてなかったら燃えてたな。あっぶな。そんな私の様子に、エンデヴァーさんが不思議そうな顔をしたけれど、まあいい、と正面のミルコへと向き直った。

「紹介しておこう。知っているだろうがミルコだ」
「へェ、エンデヴァーんとこでインターンしてんのか」
「ぁ、う……」

 インターンの目的は複数あるけれど、特に私の場合、「ヒーロー間で顔を広げる」がひとつある。個性の性質上もあるし、狙われやすい個性柄、その場のヒーローに頼れるよう顔を広げておけ、っていう戦略だ。それに、私はミルコに一度助けられている。それも命の危機をだ。だから、エンデヴァーさんが私に紹介することは、なんもおかしくない。おかしくないんだけど、「推し」との急な接近イベは、まじで心臓に悪い!
 ミルコが一歩近づいて、私の顔を覗き込む。品定めするようなつり上がった瞳。顔の近さに、頭が、目がぐるぐる回っている心地がした。ウワ、目の前で見ると、やっぱりすごくきれい。
 目が合った瞬間、冒頭のやりとりである。



「……いいぞ!」

 大きな瞳が、さらに大きく一度見開かれ、ほんの僅かな間。直後に、めちゃくちゃ軽く肯定されてしまった。あああ、ちがう、ちがうんです。ちゃうんや工藤。どないしよ工藤。いやちがうくはないんだけど、好きだし。推しなんだよな〜! 結婚とはまた違うって言うか……いやでもアリでは? プロヒーローで、美人で、強くて、守ってくれて。現世では、まだ数的には少ないとはいえ同性婚も合法化されているし、なんも柵もなくない?

「ひゃっ」
「ってことでエンデヴァー、私の嫁だ!」
「……わけがわからん」

 ニヤッと笑ったミルコに抱き寄せられて、そう宣言された。うん、嫁でいいかも。ミルコfam。女絡み男絡みいらん卍。

「嫁です」
「おまえもどうした」

 そっとミルコの、鍛えられた腹筋の辺りに手を添えて、肩に頭を預けてみる。特に抵抗なく受け入れられて、それどころか強めに肩を抱き返してくれる。惚れた。
 まあ半分冗談はさておき、ミルコってやっぱりノリがすごくいい。テレビで見る印象から素直で豪快な人だな、とは思っていたけど、やっぱりその通りだ。全然嫌な感じがしないし、初対面のホークスのように胡散臭さもない。つまりめっちゃ好き。調子に乗ってミルコの首元のふわふわにスリスリすると、エンデヴァーさんが呆れの溜め息を零す。だって好きなんだもん。さすがに距離感バグの自覚のある私の行動にもミルコは気にすることも無く、首を覆う私の髪を持ち上げた。それから、しげしげと私の首を眺める。

「傷は治ったんだな」
「ひゃあっ」

 ツ、と冷たいグローブの指先がそこを撫でて、思わず声が上がった。つめたい。
 治った、っていうのは、荼毘に付けられた火傷のことだろう。あ、ミルコ私のこと覚えてくれてるんだ。もうさらに好きだ。変な声を上げてしまった私を見て、細い眉を釣り上げる。うわ、めっちゃ勝気な表情。好き。

「……おまえ、本気で私のこと好きじゃん」
「ふああ……」

 少し顔を近づけてきたミルコが、そう言って、ミルコがクッと口角を上げた。面白い、とまざまざ語るその表情がかっこよくて、また情けない声が口から漏れる。ファンサが過ぎるんよ。
 もう無理、供給過多。赤くなっているだろう顔を手で覆うと、豪快な笑い声が聞こえてくる。力抜けそう。遠慮なくミルコにもたれかからせて貰うと、ミルコは笑いながらエンデヴァーさんとの会話を続けた。特に目的もなく、たまたま立ち寄ったところにエンデヴァーさんがいたからちょっかいをかけに来たらしい。なるほど。偶然の邂逅、ってわけか。

「ま、長居する気はねェけど良い拾いもんしたわ」

 そう言って、ポン、とミルコは私の肩を叩いた。拾いもんされちゃった。

「っつーわけでエンデヴァー、連れて帰っていいか?」
「えっ」
「いいわけないだろう」
「アァ? なんだよ、ちょっとくらいイイだろ。ビシバシ扱いてやんぞ?」
「そもそもおまえ、インターン受け入れてないだろうが」

 すごく軽いノリでお持ち帰りされそうになったけれど、さすがにエンデヴァーさんに止められた。まあそりゃね。あと正直、全国跳び回るミルコに着いて行ける気はあんまりしない。そこまで肉体派じゃないんだもの。阿呆め、と呆れるエンデヴァーさんにミルコがンだよ〜、と言って脛を蹴ろうとしていた。バイオレンスだ。

「ふーん。……ま、今回は諦めてやるか」
「当たり前だ」
「じゃ、磨、顔上げろ」
「へ?」

 名前を呼ばれて、反射的に顔を上げると、ピコン、と機械音が。目の前にはスマホ、インカメで構えられている。……うそ! ノーマルカメラ自撮りツーショ!? しかも、機械の中の私は、突然のナチュラルな名前呼びにか、先程の名残も引きずってすんごいトロ顔をしていた。うわあ、これは世に出せない顔。

「おまえ、私のファンだよな?」
「ファンです!」

 即答した。推しからの問いは即レスが基本。

「SNS載せるぞ」
「あっ、はい!」
「ヨシ! じゃーな磨!」
「えっ、えっ、はい……? はわ……」

 混乱してる私をよそに、じゃーな、と言って、私の髪をくしゃくしゃに掻き混ぜて、ミルコは再び跳んでいった。うわ、脚力すご。……え、ていうか、SNSに載せるって言った? あの、世に出すにはちょっと恥ずかしいトロ顔を!? いや、いつも通り顔面は激盛れして申し訳あそばせってくらいだったけど、あのトロ顔を!?!? 反射的に許可してしまったけれど、さすがにやばい。……とりあえず、相澤先生にはちょっぱやで「ごめんなさい」とスタンプを送っておいた。ごめんごめん。

「緩名はミルコのファンなのか」
「ん、まあ、そうだす」

 エンデヴァーさんから問いかけられて、なんか変な言葉喋っちゃった。エンデヴァーさんが若干微妙そうな顔をしている。なんかごめんて。
 うわあ〜、でも、ミルコと喋っちゃったし求婚成功しちゃった! そう思うとやっと実感が湧いてきて、心がルンルンしてくる。わ、踊りそう。やばい。エンデヴァーさんが、そろそろ移動するから戻っておけ、と言うのにはぁい! と上機嫌で答えて、サイドキックの人たちと一緒にいたみんなの元へ戻った。

「……」
「……」
「……」
「……なに!? 視線が痛い!」

 特に爆豪くんと轟くんの視線が痛い。まじで刺さる。ジトっとした二人の視線は、爆豪くんならわからんでもないけど轟くんまでとは思わなかった。醜態を晒した自覚は若干あるけれど、そんな、ねえ? サイドキックのおじさまたちのように、「かわいいところあるな〜」って和んでくれてもよくない?

「……緩名さんって、ミルコの結構ガチオタだったんだね!」
「いやちがうし?」
「アレッ、違った……?」

 空気を変えようと口を開いた緑谷くんには否定をさせてもらった。私はあくまでも、あくまでもミルコの「ファン」であり、「オタク」ではないのだ。まあ、百歩譲って「オタク」までは若干踏み込んでるかもしれないけど、「ガチオタ」ではない。軽めのリアコって感じ。降って湧いた接近接触無銭イベにはそりゃね、湧くじゃん。緑谷くんみたいな熱心なオールマイトフォロワーと同次元に語られるものではない。これはまじ。

「緩名は」
「んぁい」
「ああいう人が好きなのか」
「ああいう人っていうか……うん、ミルコ好きだよ」
「そうか」

 轟くんが少しだけ私に近付いて、質問してくる。ああいう人、の指すものが抽象的すぎてわからないけど、ミルコは好きだ。見た目もそうだし、快活な性格もそうだし、なにより私の場合は「助けられた」っていうのもあるし。人間の関係性なんて、合う合わないはあれど結局時と場所とタイミングにもよるから、一概にああいう人が好き! とはね、なかなか言いきれないよね。

「かっこいいよね」
「そうか」
「うん」

 そう言うと、轟くんは自分の腕を見つめた。しっかり鍛えられているけれど、発展途上の少年と青年の間にいるその腕は、ミルコとそこまで太さが変わらない、と思う。……別に、筋骨隆々が好きとかそういうわけでもないんだけど。

「ケッ、色ボケしてんじゃねェよ」
「え〜、してないもん」
「しとるわ」

 爆豪くんからは悪態を吐かれた。まあこれはいつも。でも言いがかりじゃない? しょうがなくない? だってミルコ、かっこいいし。かわいいし。かわいくない? 両手を頭に当てて、うさぎのポーズをすると、お気に召さなかったようで爆豪くんに手首を取られた。そのまま軽く引かれて、傾く身体。おわわ。爆豪くんの肩に頭が軽くぶつかると、スン、と頭頂部のあたりで爆豪くんが鼻を鳴らす音が聞こえた。

「うさぎクセェ」
「絶対うそだあ」

 いくらうさぎの個性とはいえ、うさぎの匂いしなかったもん。と思っていると、後ろから肩を引かれて、またぽすん。今度は背中から轟くんに着地した。この子たち、人を引っ張っちゃダメって教わんなかったのか?

「……ああ、緩名じゃねぇ匂いがするな」
「うそっ、轟くんまで〜?」

 そんな匂い移るような長時間の接触してないはずなんだけど。え〜、とすんすん匂いを嗅ぐけれど、自分じゃわからない。……ま、ミルコの匂いならいっか。もだもだしていると、サイドキックの人たちも散らばるようだ。サッサッと追い払うように手を振られる。

「ほら、ジャレついてないで帰った帰った」
「は〜い! お疲れさまでーす」
「お疲れさまです」
「……ッス」
「お疲れさまです!」

 挨拶をして、四人で撤退。今日はエンデヴァーさんもまだ活動していくらしい。むしろ、犯罪率が高い時間帯って夜だから、ヒーローの活動時間帯のメインはわりと夜だ。ちょろっとシフト例を見せてもらったけど、夜勤はやっぱり多かった。トップのヒーローや、名の知れたサイドキックとかになるとブラックどころじゃない労働時間。ひえーってなったよね。ホークスへ、ヒーローが暇な世の中、待ってます。575。



『磨! なんかやばいことなってない!?』
「はへ、なにがあ?」

 シャコシャコと歯を磨きながら、三奈と通話を繋ぐ。と、繋がって第一声がそれだった。やばいこと? もう眠たい頭では、あんまり思い当たることがない。なんだ? そういえば、お風呂入ってる間にめっちゃ通知きてたな。内容見る前に三奈からの通話を受けちゃったからまだ見てないんだよね。今ドお風呂上がりだし。パンツははいてる。

『ミルコ!』
「みるこ? かっこよかった〜」
『じゃなくて! バズってるから!』
「え〜……?」

 URL送るから見て! と三奈から送られてきたURLを開くと、ミルコのSNSが。 「私のファンらしい」と一言のメッセージと、添付された画像があれだった。さっきの、ミルコとのツーショットだ。投稿されてから、まだ一時間も立っていないそれは、恐ろしい程のRTとイイネを叩き出していた。ひえ……。

「やっべ〜……」
『なんでこんなかわいい顔してんの!? 磨のバカー! 浮気者!』
「まじでやっばい……」
『バカバカ! 次学校行った時問い詰めるからね!?』

 三奈にバカバカ怒られてしまった。いや、でも、うん。この表情はやばい。さっきは、写真撮った直後の一瞬だったからよく見ていなかったけど、あの時点でなんだこのトロ顔、って思うくらいの顔だったんだから、そりゃそうなるよなあ……。なんたって、今をときめく超人気ヒーローのミルコと、顔面偏差値ハーバードの私だ。まじで自過剰発言だけど、マジなんだもん。前世の記憶がある分、客観視して今の自分の容貌を見れてる自信はある。私、クソかわいい。
 しかも、今気づいたけどさっきの投稿に、ミルコがリプで追記している。「嫁だ!」って端的な一言。そう、さっきの悪ノリではそうなったんだけど、そうなんだけどさ〜!? トレンドワードは、「ミルコ」や「ビアンカ」、「雄英生」、果ては「ミルビア」まで。カプ名タグをトレンド入りさせるんじゃない! ちょっとトレンドワード覗いてみたら地獄の様相をしていた。心がぴょんぴょんしてキマシしてる人たちがたくさんである。地獄? いやまあ、若干こうなる気配は感じてた。だから先んじて先生に謝罪メッセ送ってたのだ。たぶん許されないけど。
 ぷんぷん憤る三奈の珍しいお説教を聞きながら、文面だけで怒りのオーラを放つ先生に、なんて言い訳しようかと考えたまま寝落ちした。



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