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 大きな誤解を解くのはまた後でにして、ひとまず真剣にインターンをこなした。事務所に帰ってからはいつも通り鍛練し、なう。もはや古語。今はエンデヴァーさんの執務室で、ひたすらバフの塊を生み出し続けている。

「謎の誤解なんだけど〜」
「……違ったのか」
「ちがいますねえ」

 ぽこ、ぽこ、とひよこ大のバフ玉を床に並べていく。効果は「個性強化」のバフだ。なんでこんなことをしているのかと言うと、まあ、簡単に言ってしまうと個性制御訓練の一種だ。今更個性制御? と思われそうだが、制御の応用というか、そんなかんじだ。バフをかける際の無駄や過不足なくするように、というオーダーをいただいてしまったけれど、進捗がどうもうーん、という感じだったので、今は先ず可視化して、同量のバフをかける特訓をしている。今は十段階のレベル三を量産しているけれど、たまに大きかったり小さくなったりするとエンデヴァーさんから注意が飛ぶ。私と会話しながら、書類を捌いていき、バフの様子を見る。これが並列思考ってやつなのかな。

「轟くんとは仲良いけど、恋愛っぽく見える?」

 たしかに私たちの距離は、男女の友情にしてはちょっと近すぎる気もしないでもない。けど、そこにある感情が双方友愛なのも、見て取れるんじゃないかなあ、と思っているんだけど……親の目から見ても付き合っているように見えるようなら、距離の近さも見つめ直した方がいいのかもしれない。

「……焦凍の様子が、」
「うん?」

 様子が? サインをしていた手を止めて、エンデヴァーさんは考えるように顎を触った。それから少しして、いや、と首を振る。

「俺の思い違いのようだ。悪い」
「んふふ、いーよお〜」

 エンデヴァーさんもエンデヴァーさんで、結構天然なところがあるし、なにより轟くんのことになるとちょっと暴走しがちだし。今回もそういうことなんだろうなあ。緩名、と名前を呼ばれて、またちょっと効果強くしすぎたかな、と喋りながら量産していたバフ玉を見返す。……いや、わりと均一だと思う。慣れてきたし。と思えば、どうやら違うみたいだ。エンデヴァーさんの緑がかった青い瞳が、静かに私を見据えていた。

「これからも焦凍を頼む」
「え、うん。あへへ、もちろん」

 改めて息子を頼まれてしまった。ちょっとびっくり。おまえみたいな軽薄な女は焦凍にふさわしくない! とか言われるかなって思ったりもしたけど、全然杞憂なようだ。よかった〜。
 それから、最近の近況報告とか、学校での轟くんの様子とか、人の金で高くて美味い鮨が食べたい話とかをして。

「そういえば、クリスマスプレゼントなにあげたの?」

 寮でのクリパの話の流れでそう振ったら、エンデヴァーさんの眉間の皺が深くなった。……もしかして。

「なんもあげてない?」
「……ああ」
「あー、まあ、高校生だしねえ」

 ご家庭にも寄るだろうけど、早いところだと小学生までで打ち切りとかもあるもんね。クリプレ。私は大晦日帰省したときに、おばあちゃんからヘアケア用のブラシのセットを貰った。高いやつ。ラッキー。

「……あげたことがない」
「……え!? プレゼント!?」
「ああ」
「あれだ、仏教徒だ」
「そういうことではないが」
「あー」

 そういえばこの家庭、めちゃくちゃ複雑なんだよなあ……。話を聞くと、私が会ったことはないけれど、噂に聞く轟くんのお母さん、があげてたりしたことはあったらしいが、自分は関与していない、らしい。エンデヴァーさんってThe厳格〜って感じだし、もちろんそこらへんはご家庭によると思う。が。そわそわしているエンデヴァーさんの様子を見るに、迷ってはいるのだろう。

「プレゼントなんてなんぼ貰っても嬉しいよ」

 少なくとも私は。とはいえ、轟くんがエンデヴァーさんからプレゼント貰って喜ぶかはちょっとわからんけど。まあね、でも、ないよりはあったほうがいいんじゃないかなあ、と思う。これは完全なる自論だ。ましてや、エンデヴァーさんは息子と、仲直り、とまではいかなくとも、少しは距離を詰めたいんだろうな、と見て取れるし。……たぶん。内情をちょっと知ってしまった身としては、ちょっとくらいのアドバイスとか、なんかそういうの、する気にもなっちゃうよね。

「今更、ではないか」
「やあ、そりゃ今更だし物で釣ってるような感じにはなるけどさあ」
「む」

 むぅ、じゃないんだよ。それは悟史くんか萌えキャラかにしか許されないんだよ、エンデヴァーさん。むしろ萌えキャラに舵を切ってもいいけど。炎司、おまえは……萌えキャラの柱になれ! なんの話?

「なにを贈る物なんだ」
「え〜……相手の欲しいものとか」
「焦凍の欲しいもの」

 エンデヴァーさんの視線が、書類から上がって私を向く。え〜。轟くんの欲しいもの……なんだろ。蕎麦? いやでも、食べ物……轟親子の距離感ならむしろちょうどいいくらいなのかな。轟くんってあんま物欲ないんだよね。

「まあほら、高校生ならもうちょっといいご飯〜とか、そんくらいでもあるじゃん」
「そういうものか」
「うんうん」

 さすがに現金は生々しいのと、なんかちょっと余計に溝が深まりそうだから提案しないでおいた。ら。



「焦凍、食え」
「……なんのつもりだ」
「なんのつもりでしょうねえ……」

 現在、夜。場所は食堂ではなく、エンデヴァーさんの執務室。in、私たちインターン生と、仕事終わり私服で報告書を上げに来たバーニンさん。目の前の応接用のテーブルに広がるのは、寿司だ。それもめちゃくちゃいいやつ。うわあい、お寿司お寿司! って気持ちと、隣の轟くんから放たれるオーラがなんか怖くてはしゃげない気持ちでせめぎ合っている。目の前の寿司たちも怯えてる気がする。おーよしよし。

「寿司だ」
「見りゃわかる。なんのつもりだって聞いてんだ」
「む……」

 だからむう、じゃないんだよ〜! エンデヴァーさんが助けを求めるように私を見る。そんな顔をするんじゃない! 萌えキャラヒーロー選手権に応募するぞ!

「ほら、前クリスマスだったじゃん」
「ああ」
「それで、ね? お寿司食べたいけど、私とエンデヴァーさんだけだと、パパ活みたいになっちゃうじゃん?」
「パパ活?」
「あー……」

 パパ活、に轟くんがキョトンとしている。呆れていたバーニンさんと爆豪くんは、容赦なく口元に笑みを作って、緑谷くんは眉毛をへんにょり垂れさせていた。

「あー……まあ、だから、おいしいもの食べて、英気を養って、これからもガンガンやろっていう、クリスマスのプレゼント兼ねた、なんかそういうやつです」
「そうか」
「そうだ」
「おまえには聞いてねえ」

 私のしどろもどろの適当な説明に、多分あんまり伝わってないけどわりと私全肯定マシーンみたいなところのある轟くんは納得してくれた。よかった。そうだよ(便乗)したエンデヴァーさんはすげなく却下されているけど、まあ、とりあえず、寿司を食べようの会だ! もう流されてほしい。しかもめっちゃいいお寿司。高いやつ。わりと出来たて握りたて。最高。

「でも、僕たちもいただいていいのかな」
「いいのいいの」
「なんでてめェが答えンだよ」
「あはは……」

 ていうか多分、轟くんそんなに高い食に興味ないから、私たちがいなかったら普通に食べなさそうだし。エンデヴァーさんも遠慮するな、と肯定してるし、まあいいんじゃないだろうか。流石に食堂で食べるのはちょっと差し障りがあるから、わざわざ人の出入りの少ないエンデヴァーさんの執務室なわけだし。
 さすがNO.1ヒーローの頼むお寿司だけあって、容器からプラスチック製の丸いヤツではなく、四角い木の器だ。いかにも高そう。それが複数、目の前の広い机に並べられていた。蓋を開けると、綺麗に並べられたネタ。即写真。あまりにも美味しそうすぎて、履歴の一番上にいた相澤先生にもメッセージで写真を送りつける。直前のメッセージは普通に業務連絡だ。

「食べていい?」
「ああ」
「やったあ! いただきます」
「……いただきます」

 まだ執務机に向き合って、どうやら一緒に食べないらしいエンデヴァーさんにお伺いを立てて、許可が出たので早速さらって行く。私が手を出すと、ほかの4人も手を合わせて食べ始めた。なんか仕切っちゃってる。まあいいか。

「……うまぁ」

 のどぐろの炙りを口に放り込む。うますぎる。やば。うま。

「うわ、お寿司食べたい」
「……食ってんだろーが」
「なんか、ひとつ食べたら食欲に拍車かからん?」
「あー、わかる!」
「ね、だよね」

 なんかよく分からんけど美味しい玉子から、滅多にお目にかかれない高級ネタまで揃っていて、幸せになってしまった。うまい。

「轟くんお寿司なにが好き?」
「ん? ……そうだな、コハダとか、アジとか好きだと思う」
「わあ、光り物だ。渋い」
「そうか?」

 でもなんとなくわかる。あと寿司屋さんにある漢字いっぱい書いた湯のみ、なんか轟くんに似合いそう。

「緑谷くん絶対サーモン好き」
「えっ、すごい! なんでわかったの!?」
「顔がサーモン好きって言ってる」
「顔が……?」

 なんかサーモンの顔してるよね。かわいい。爆豪くんも同じくサーモン好きらしく、チッ、と舌打ちをしていた。やめなさいて。でも爆豪くん、最初に食べてるのは白身ばっかだ。サーモンも白身だけど、それとは違うやつ。

「ああ? 味がぼけんだろうが」
「ウワ、通みたいなこと言ってる」
「言ってろ」

 お育ちが出る〜……。バーニンさんも目を丸くしてる。わかる、爆豪くんって意外となんか、意外なんだよね。あ、ヒラメうま。ていうかこの醤油がまず美味しい。シャリもおいしい。もう全部おいしい。口の中の幸せを味わっていると、爆豪くんがフ、と片眉を上げた。

「……てめェ最近寿司食いてェっつってたもんなァ」
「ぎくっ」
「あのオッサンチョロいって?」
「ぎくっ」

 対面に座るのは、爆豪くんとバーニンさん。いやいやいや、そんなつもりはない。言うても二人とも、私のうっかり寿司誘導のおかげでお寿司食べれてるんだから、意地悪をしないでほしいものである。べつにねだったわけじゃないし? 太ももの横に置いていたスマホが震えて、通知を開くと相澤先生から返信だ。「たかるな」という一言と一緒に、エリちゃんと13号先生が並んで煮物を食べている写真が添付されていた。みんなして私をなんだと思ってるの?
 結局、男子高校生三人とバーニンさんの体育会系たちの好きな寿司ネタ一位は、「炙りチーズサーモン」で決定した。うーんこの。



「じゃ、ご馳走様でした〜」
「ああ」

 そう言ってエンデヴァーさんに向かって一礼。私の思い出作り、を名目に、食事中にエンデヴァーさんに写真を頼んだ。新規の息子の写真に、内心喜んでいるのかもしれない。エンデヴァーさんはまだまだこれから、再びパトロールに繰り出すらしい。ヒーローってまじいつ寝てんの?

「気を付けてね」

 閉まりかけた扉からひょこっと顔を覗かせてそう言うと、エンデヴァーさんが片眉を上げる。

「言われずとも」

 そういう顔は、さっきまでの不器用なお父さん、の顔ではなく、やっぱりNO.1ヒーローだった。かっこいい。パタン、と扉を閉めて、待っていてくれている三人の元へととっと走り寄った。合流して、事務所に併設された宿泊施設へと向かう。あとはお風呂入って寝るだけ、明日もインターンだ。

「……緩名は、親父と仲良いよな」
「え、そう?」
「うん、僕から見てもそう思うよ」
「うーん、私ってわりと誰とでも仲良いしなあ」

 轟くんからしたら複雑ではあるんだろう。ちょろっと盗み聞きした過去の事情や、轟くんの話から、エンデヴァーさんの昔を、知ってはいる。けれど、それはそれ、これはこれ……というか。轟くんの友達としては冷たい言い方になるけれど、実際の所業を目の当たりにしているわけではないし、私が憤るのもなんか違うし、少なくとも私の見えている範囲の、“今の”エンデヴァーさんを私は嫌いじゃない。だからかもしれない。いや、轟くんや家族へしてきたことは、控えめに言ってもクソクズだなって思うし引くけど。ヒーローとして、嫌いではないっていうやつだ。
 話しながら、エレベーターへ乗り込む。上の階に着いたら、もう寝室のあるフロアだ。

「ま、コミュ力の問題だね」
「コミュ力?」
「コミュニケーション能力のことだよ、轟くん! うう、僕もそこは課題、というか……どうしても緩名さんのように積極的になるのは難しくて……」
「たしかに緩名はすげぇな」
「へへ、褒められた」

 言うても緑谷くんも、ヒーローの“デク”として立ってる時はそんなにコミュニケーションに難があるわけじゃないし、いいと思うけど。轟くんと緑谷くんが私のコミュ力談義に移って、褒め言葉がちょこちょこ聞こえてくる。よせやい。照れるじゃん。

「んじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ!」

 エレベーターから降りて、部屋へ向かう。最初に着いた私の部屋の前で、三人に手を振った。ちょうど眠気きてる。でもお風呂浸かりたい気分だ。

「ん、爆豪くんどしたの」
「おまえ」
「ん?」

 先を行く緑谷くんと轟くんをよそに、爆豪くんが歩みを止める。軽く手首を掴まれて見上げると、眉間に皺を寄せた顔が。どしたん。

「あんま他所の事情に首突っ込むな」
「うえ」

 お説教された。今日のことだろう。見透かされている。

「……おまえが背負うことじゃねぇだろ」

 そう言って、爆豪くんが私の前髪を掻きあげた。ぶあつい手のひら、活動中の名残で、まだ甘い残り香がする。数日前、立て続けに額に触れた熱を思い出して、反射的にびくりと身を引いた。

「、ッ〜〜!」

 ガンッ、と肘が自室の扉に当たる。いった。骨いった。ファニーボーンだ。痛い。私の過剰反応に、爆豪くんが訝しげに眉間の皺を深くした。それから、涙目になってるだろう私に向かって、口元を緩める。

「……どんくせ」
「っ、うるさいぃ」

 肘を擦りながら睨み付けると、ハ、と爆豪くんから笑みが漏れる。そんな素笑いせんでも。人の鈍臭いさを笑うな。

「さっさと寝ろ」
「あたっ」

 ピシッと顕になった額を弾かれて、反射的に声が出た。いや、痛くはないんだけど痛いんよ。私の反応も見ることなく、爆豪くんは背を向けて、自分の部屋へとスタスタ去っていく。暴力的だ。オコである。
 おやすみ、とその背中に投げかけると、おー、と小さく返ってきた。



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