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「お」

 それなりに高いビルの屋上から、今日も辺りを見渡してパトロール。片耳には支給されたマイク付きイヤホン。初日に型を抜かれて、翌々日には出来上がっていた。型抜くのまじでゾワゾワしたよね。GPSが内蔵されているので、基本単独行動の許されていない私も、ちょっとは余裕が出来た。強化した視力で、少し先、なんともバランスの悪い配達員を見付ける。チャリの兄ちゃん、多分もうすぐ転ぶなあれは。ヒーローの仕事か? と言われたら微妙なところだけど、転んでパァになったら配達員は配達完了させないとお給料が出ないし、食べ物を粗末にするのも、注文者も可哀想だ。

「ちょっとそれま〜す」
「了解」

 一応一声かけて、ぴょんと飛び立つ。実践訓練でなんとなくそれなりには上達してきたワイヤー使い。ターザンのようにビル郡を伝って、スライディング着地の滑り込みでバランスを崩した自転車ごと支えた。

「あっぶな、ギリだギリ」
「オワッ! え……? あ」
「やったね〜、セーフ」
「あ、え? ……あ! ありがとうございます!」
「いえいえ〜」

 ドーン! と少し向こうの区画で派手な音が聞こえる。エンデヴァーさんと三人組たち、やってるなあ〜。正直エンデヴァーさん一人で手に負えてしまうレベルのものだから、食らいついてはいるものの出る幕がないことが多い。

「中身無事かなあ?」
「多分いけるっす! あざっす!」
「いえいえ、気を付けてね」
「はい! ……あ、これ良ければどうぞ! じゃ!」
「おっ」

 どうぞ! とお兄さんに差し出されたのは、ラーメン屋さんのクーポン券。半チャン餃子定食無料三人前分だ。地味に多いな。儲かっちゃった。ありがと〜、爆チャリする背中に声をかけて、派手なドンパチが鳴り止んだ方へ進んでいく。ついでに、転びかけてる妊婦さんに手を貸し、おばあちゃんの荷物を背負い、事故を起こしそうになった軽自動車をワイヤーで引っかけて引き留める。事故未満だけはサイドキックの方へ報告して、後はおまかせだ。

「ただいまで〜す」
「ご苦労」
「はあい」

 事後処理の指導をしているエンデヴァーさんの隣に降り立つと、ガラスの破片をジャリ、と踏んだ。すんごいガラスガラスしている。一応、とエンデヴァーさんにさっきの戦利品を渡しておく。

「これ戦利品もろたです」
「ん、なんだこれは」
「ラーメンのやつ」
「集ったンか」
「人聞きの悪いこというじゃん!」

 爆豪くんがウワ……みたいな顔をする。人を集りみたいに。無礼な。

「……昼時か」
「ああ、まあ結構すぎてますけど……え、行くの?」

 エンデヴァーさんが空を見上げた。朝から動き回っていたけれど、今はだいたいおやつの時間を回ったくらいだろう。お腹は空いたっちゃ空いたけれど、ヒーロー活動中って意外にちょくちょく摘んでいることが多いので、空腹でしぬ! みたいな程ではない。エネルギー切れで動けない、なんて合ってはならないから、プロテインバーとかもはや相澤先生といえば、レベルのゼリーとかで結構補っている。体力使うしねえ。

「人の好意は無駄にするものではないぞ」
「うん、まあそれはその通りだけど……いいの?」
「ヒーロー一人抜けたところで回らないような鍛え方はしとらん」

 フンッ、と鼻を鳴らして笑うエンデヴァーさん。……なんとなく、オールマイトを取り巻く自分たちの環境への自虐、というか皮肉のようにも聞こえるなあ。まあ、でも、たしかに。エンデヴァー事務所には優秀で向上心の強いサイドキックがたくさんいる。エンデヴァーさん一人がいなくて回らないようでは、NO.1の事務所としてやっていけない、ってことだろう。事務所は基本的に管轄地区が決められてるけど、もちろん出張だったり、通りがかりでもある。地域に根ざすヒーローもいれば、オールマイトとか、ミルコとかのように全国どこへでも神出鬼没なヒーローもいる。ミルコの場合は事務所を持たない新しいヒーロースタイル、らしいから、ちょっと特殊だけど。

「自分の救ける相手との関わりは増やした方がいい」
「……エンデヴァーさんの持論?」
「いや……そうだな。最近、そう思うようになった」

 覗き込むと、ポン、と頭の上に大きくてあったかい手が乗せられた。珍しい! すぐに離れたその手は、不器用だけど、エンデヴァーさんも人の親なんだなあ……と実感する。ま、当の息子からは「なに緩名の頭撫でてんだ……ッ」と威嚇されているけれど。オロオロしてた。かわいー。



「あ、さっきの……!」
「こんにちは〜。配達大丈夫でした?」
「はい! あざでした!」
「よかった! お疲れさまです」
「……ざす!」

 エンデヴァーさんと三人とラーメン屋さんに入ると、さっきのお兄さんが。事情を聞いていたらしく、店主の腕組みして味自慢VS系のテレビに出てそうなThe! ラーメン屋大将って感じの店長さんにも感謝された。やっぴー。
 八人がけの座敷に、エンデヴァーさんの隣に腰を下ろす。向かいには緑谷くん、爆豪くん、轟くんだ。

「なんで親父の隣座んだ。こっち空いてるぞ」
「めちゃくちゃ言うじゃん」
「ケッ」

 いくら八人がけだからってめちゃくちゃを言いよる。そんな座り方したらおもろくなっちゃうでしょ〜が。

「半チャンと餃子はむり」
「好きな物を頼めばいい」
「わあい、ありがとうございまぁす」

 せっかく貰ったけど、さすがに量が多いと食べきれない。ので、無料券はインターンの三人組に渡して、私はエンデヴァーさんに奢ってもらうことになった。

「あ、爆豪くん辛いのあるよ」
「おー」
「キムチ餃子どんだけ辛いかなぁ……」
「知れてンだろ」
「エンデヴァーさんも辛いのとか食べる?」
「それなりだな」

 発火系の個性持ちは、辛みを感じにくいとかあるんだろうか、と思ったけどそうでもないらしい。爆豪くんの辛い物好きが、個性由来だと知ったエンデヴァーさんが爆豪くんにちょこちょこと質問して、緑谷くんがそれを書き留めていた。

「轟くんは辛いのあんま食べないもんね」
「わさびは食えるようになったぞ」
「かわいい」

 ちょっとドヤってる。かわいい。それから注文を済まして、すぐに料理が運ばれてきた。私はシンプルにラーメンオンリーだけど、緑谷くんたちは無料分にプラスして餃子だったりからあげだったりを追加で頼んでいた。いつも思うんだけど、男子高校生の食べる量、えげつない。

「エンデヴァーが……! ラーメン……!」
「キメェ」
「うん、ちょっと気持ち悪さはある」
「……食事時は文房具をしまいなさい」
「ハッハイ! すみません!」
「おこられてやんの〜」
「緩名も煽らない」
「はあい」

 私も怒られた。はい、おとうさん。爆豪くんの辛い餃子をハイエナしたり、男子高校生に負けずエンデヴァーさんまで替え玉してたり、眺めるだけでお腹が膨れる光景と共にラーメンを完食した。エンデヴァーさんの隣だからか、若干暑い。身体にはいいけどね。

「えっ、エンデヴァー! サイン頂いてもいいですか……!」
「む」
「わお」

 エンデヴァーさんがお会計に移ると、はは〜、なるほど、ファンサービス。以前までは断っていたようだけど、最近のエンデヴァーさんはこういうの、受けているらしい。え〜、いいじゃん。未だにエンデヴァーさんのサインレアだから、希少価値じゃん。ポーチからマウスウォッシュを取り出して、口の中に数プッシュした。爆豪くんが隣で屈んで、目線を合わせてくる。

「あ」
「飴じゃないんだぞこれ」
「うめェ」

 スースーするミント系の物だからか、スッキリするらしくて爆豪くんもお気に入りのようで、最近人のマウスウォッシュ泥棒をしてくる。餃子の恨みか? 別にいいけど。シュッシュッと口の中に吹き込むと、爆豪くんは満足気に鼻を鳴らした。

「緩名」
「ん?」
「俺もしてくれ」
「ほいほい、あーん」
「あ」

 目の前で、ちょっと近すぎる距離で屈んだ轟くんの口の中に、同じようにマウスウォッシュを吹き込む。一瞬眉間にシワがよったから、多分からかったんだとおもう。おもろ。緑谷くんもする? と視線を向けたら、両手と首を激しく振って拒否された。そこまで拒否られると逆に、ってしたくなるな。今度しちゃお。

「おいしい?」
「ン……スースーすんな」
「ふふ、でしょ。……あ、おかえりパパ〜」

 サインと会計を終え、出てきたエンデヴァーさんに手を振る。

「緩名さん……!」
「え〜? だめ?」
「いかがわしくなンだよ……!」
「そう? やだ?」

 さすがに息子の同級生からのパパ呼びは微妙か……? パパ活的なアレに見えちゃう可能性はなきにしもあらずだしな。と思ってエンデヴァーさんを見上げてみた。

「ヒーロー活動中じゃなければ別に構わん」
「ええ!?」
「ほら!」

 エンデヴァーさんの発言に、正気かこのオッサン、みたいな顔をうちのツートップがしている。まあ、言っても私聞かないしね、基本。

「焦凍と交際しているのだろう?」
「……はぇ?」
「ア゙?」
「は?」
「そのぐらいは俺でもわかる」

 ちょっと待って、それは大きな誤解がある。全然わかってないよ、エンデヴァーさん。



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