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「やーいいもん見た」
「青春っていいねェ」
「“轟”も安泰だな」
「ちがうんす……ちがうんすよ……」

 首から離れた轟くんの手が、私の肩を抱く。なんでやねん。ペシッ、と振り払って、ワハハと笑いながら冷やかしているおじさん軍団へ弁明しようと声を上げた。が、ニッカリして朗らかに笑われたり、仕事の連絡で遮られてしまう。まあそれはいい。仕事優先だ。

「手ェ繋いで来た時から出来てるとは思ってたけど、まさかそこまで進んでるとはね!」
「いやまじで! 違うんだって、聞いて!」
「まァー仲良きことは美しきだけど、あくまで今インターン中だから! イチャつくのも節度を持ってね!」
「はい、すみません」
「でもそうかァ。磨はショートくんみたいのがタイプかァ」
「あああも〜まじ違うんよ〜! 聞いてよ誰か〜!」

 あげく、バーニンさんに軽く茶化すような説教をされてしまった。ごもっともだけど私の発言権が無さすぎる。確かに、たしかにさっきの発言だけ聞けばプロポーズにも思えるけど! 轟くんだから! 他意はないの! 違うの! 聞いて!
 エンデヴァーさんと轟くんの確執もあってか、サイドキックの人たちはエンデヴァーさんの情報からしか轟くんを知らないので、轟くんがド天然でひえ〜ッてことをやらかすタイプだとまだ知られていないため、がちもんのフォーエバーラブとして受け取られてしまっている。ていうか多分付き合ってると思われてる。それはまずい。別に勘違いなんて勝手にさせとけばいいとは思っているけれど、ここはエンデヴァー事務所。轟くん自身は嫌だろうけど、“轟家”のホームだ。そこでそんな勘違いが続いたらどうなるか……結論、私がやりにくくなる。轟くんは私の、「友達として」一番になりたいだけでそんな意思はないし、私も別に轟くんと付き合ってるつもりもない。いやまあ顔はくそかっけ〜って思うし将来有望だな……とも思ってるけど、それはそれ、だ。轟くんの意味深発言に踊らされて、私のこと好きなのかも……ポッ、みたいな、勘違い女にはなりたくないし。

「……おまえ、舐めプと付き合っとンか」
「だから! ちがうの!」

 後ろからかけられた声に、ぐりんと振り向いてもー! と拳を握りしめた。頭がかっかとして熱い。羞恥と誰も話を聞いてくれない怒りにだ。発言権が! ない! 挙句の果てに、爆豪くんまでがそんなド勘違い発言するものだからたまったもんじゃない。なんとなく、爆豪くんにそうやって勘違いされるのもいやで、これがニコ生だったら必死すぎ乙wwと草を生やされる程度には必死に否定した。うぐぐ、と見上げると、赤い瞳が一瞬見開いて、サッと視線を逸らされる。

「……ッ、……わァっとるわ」
「あっ、なんで見えなくすんの! みえない!」
「アホ面」
「なぜ!?」

 なんだ冗談か、と思えば爆豪くんの手が半ばアイアンクローのように私の顔を掴んだ。見えないんだけど。なんで急に目拘束されてんの? さっき個性を使った名残か、ほの甘い匂いが鼻をくすぐる。そのまま後ろ向きに引きずられた。

「……?」

 指の隙間から目が合った轟くんが、なんとなく、寂しげに笑った気がして。ザワつく胸に首を傾げると、一瞬後にはその表情は消えていて、見間違いだろうかと数度瞬いた。轟くんらしくない表情だったし……いつかのマボロキくん的なのかなあ。

「ンなこといいからさっさと仕事しましょうやァ……」
「ん! それもそうだな。面白いモン見れたし」

 クフ、と笑いを零すバーニンさん、悪魔か? なまじ前世の記憶と経験を引きずっている分、同年代の中では私がからかうポジションだっただけに、からかわれ方を忘れてしまってこういう時弱い自覚はある。心の準備出来てる時だと全然上手くかわせるんだけど、轟くんってマジで唐突に来るから。

「まーしかし、ショートくんだけ所望してたわけだし、たぶん二人は私たちと行動って感じね!」
「NO.1の仕事を直接見れるっつーから来たんだが!」
「うるさ」
「見れるよ落ち着いてかっちゃん!」

 爆豪くんの吠える声がうるさい。なんとか抜け出して緑谷くんと並ぶと、緑谷くんは少しだけキョドって、複雑そうに眉を下げた。なんなん?
 三人はここにインターンに来るのが初だけど、私は前回がある。前の時は、個性の調整やかかり具合、連携の確認がメインだったから、ときどきエンデヴァーさん、6割サイドキックの方々と共に行動していたけれど、多分同じ感じだろう。パトロールにも連れて行ってもらったけれど、個性柄事務所だったり後方で待機していることの方が多くなるし。前線でバシバシ活躍するヒーローを目指してない私はそれでいいんだけど、爆豪くんは納得いってないらしい。爆豪くんらしさだよね、この辺。エンデヴァーさんに掛け合ってみる、という轟くんの後ろで、執務室の扉がウィン、と開いて、エンデヴァーさんが出てきた。

「ショート、デク、バクゴー……ビアンカ」
「はい」

 一人一人を見渡すエンデヴァーさん。最後に目が合うと、少しだけ険しく眉間が寄った。

「4人は俺が見る」

 エンデヴァーさんの発言に、今度は私が眉を寄せる番だった。いくら将来有望とはいえ、インターン生をエンデヴァーさん直々に? 失礼だけどそんなサービス精神のある人だとも、後進育成に積極的な人だとも思ってない。自身の夢と野望を乗せた轟くんとか、まだ個性的に役に立ちまくる私を、ならわかるんだけど、緑谷くんと爆豪くんまで、っていうのはちょっと、なぜ? ってなるよね。普段ならめずらし〜、くらいで流せるとは思う。自分でも邪推だし、少々神経質になっているな、とは思うけれど、さっきのホークスの剣幕からも、根拠のない嫌な予感がずっと胸にざわめいていた。



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