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「いたいたいたいたいたい」

 アルコール除菌シートで、爆豪くんが私のデコをめちゃくちゃに擦る。まじでいたい。皮剥けてない? これ。轟くんは不機嫌そうなまま虚空を見つめているし、エンデヴァーさんは何かを考えるように黙り込んでいた。

「いたいって! 肌荒れる! ばか!」
「隙だらけなのどうにかしろや……!」
「私わるくなくない!?」

 音を立てた唇は、いつかの雄英の屋上と同じように額に触れていて。ホークスが離れたかと思えば、爆豪くんに肩を掴まれ、育ちの良い爆豪くんが持ち歩いている除菌シートで必死にデコを擦られてる、ってワケ。まじで痛い。顔に使う用じゃないから若干目も染みてる気がする。いたい! と叫ぶと、ヂィッ、と舌がちぎれそうな舌打ちをした爆豪くんがやっと解放してくれた。

「ねえ赤くなってない? 変じゃない? ……うわ」
「ヘェッ!? え、あ、うん、アハハ! へへへ変じゃないよ!」
「いや緑谷くんの方が変だよ」

 緑谷くんの方が赤くなってるし変になっていた。半径5m以内に異性がいるだけで意識してしまう緑谷くんには、額とは言え生キスシーンは少々威力が強かったらしい。目すら合わせてくれなくなった。

「緩名は」
「んへ」
「ホークスと仲が良いんだな」
「……んへぇ」

 仲、良いか? ヘイサム! 久しぶりねチュッ! ヘイアマンダ! 元気そうだねチュッみたいな、外国人ノリの双方からのキスなら仲良いのかな〜とは思うけれど、一方的デコチューはどうなんだろう。一方的だし。

「いや、普通」
「……そうなのか」
「うん、普通」
「普通か……」

 そう言ってまた、虚無キャットになってしまった。何を考えてるのかわからないけれど、雰囲気は初期ロキくんに近い気がする。ひえ〜、どしたん。お冠じゃん。嫉妬してるんだろうって言うのはわかるんだけども。心なしか膨れているような気がする頬をツン、と人差し指でつつくと、その手を取られて、指に指が絡ませられた。そのまま少し引き寄せられる。恋人繋ぎだ。……多分こっちの方が普通じゃない気がする。いや、わからん、どうなの?

「おててを繋ぎたいんですかあ〜?」
「ああ」
「あっ、ああなんだ」

 普通にサラッと肯定されてしまった。離してくれそうな気配はまるでない。助けを求めて緑谷くんの方を向くと、ウッ、と声に出してあからさまに目を逸らされる。あわよくば押し付けてやろうと思ったんだけど、悟られてしまったみたいだ。チッ。

「ワッ、若いのに、見えてるものが全然違うんだなあ……」

 微妙になった空気を振り払うように、まだ22だよ、と言う緑谷くんに、ホークスってそういえばまだそんなピチピチなんだよなあ、と不思議な感じがする。この前、雄英から空中ランデブーに連れ出された時は22歳の青年、って感じだったけれど、今はなんというか……奥が見えない、含みのあるヒーローって感じだ。ざっくり〜。私自身の場合は前世のいろいろがあるから、年齢のわりに大人びた印象を与えているんだろうな〜って薄々感じてはいるんだけど、ホークスもなんとなく似た雰囲気があるのはなんでなんだろう。シンパシーを感じるよね。ホークスも転生してたりするのかなあ。私という実例があるんだから、他に転生者がいても不思議ではないよねえ。
 ムカつくな……、と零した爆豪くんに、手渡された本のページを捲くながらエンデヴァーさんが同意した。



 轟くんに手を繋がれたままたどり着いたエンデヴァー事務所。そんなでもないけど久しぶりだ〜。インターンでいくつかの事務所にお邪魔したけれど、やっぱり流石現NO.1、規模が凄い。施設の充実度とか、ジーニストのとこも凄かったけどサイドキックの数もエンデヴァーさんのとこの方が多いんだよね。ジーニストのとこはなんかシュッとしててエンデヴァーさんのとこはなんかゴリッとしてる感じ。

「萌たゃ久しぶり〜」
「来たなおてんば娘! ゆあてゃ気取りか!」
「えんぴしか勝たん、だよ〜」

 三人は初のエンデヴァー事務所だけど、私は二度目なのでサイドキックの人たちとはそれなりに面識がある。エンデヴァーさんが事務所に着くなり、自身は早々へ執務室へ引っ込んで、事務所の玄関に投げ出された私たちはサイドキックの人たちの歓迎を受けていた。轟くんの手をていっ、と振り払ってバーニンさんに近付くと、がっしりと肩を組まれる。姉御肌だよね、バーニンたゃ。髪が若干熱い。

「今日から早速我々と同じように働いてもらうわけだけど! 見ての通り、ここ大手! サイドキックは30人以上!!」

 三人に向かって、プロのお株を奪って活躍して見せろ、と煽っていくバーニンさんに、爆豪くんの瞳がギラッと輝く。お膳立てされる活躍じゃなくて、実力で勝ち取れ、って方式、爆豪くんとか特に好きそうだ。パシっ、と手のひらに拳を打ち付けて意気込んでいる。まあエンデヴァーさんの指示が出るまで待機なので、早速手持ち無沙汰になっちゃったんだけど。

「爆豪くんヤル気満々だわ」
「雄英破天荒がすぎない?」
「あ、キドウさ〜ん! さっきぶり」
「ハイドーモ」

 キドウさんやオニマーさんたちにも近寄って挨拶をする。キドウさん、かっこいいんだよね。渋くて。

「ビアンカちゃん元気そうでよかった!」
「その節はご心配おかけしました……」
「いや! いや! 無事ならいいさ」

 エンデヴァーさんと共に向かった福岡での事件。サイドキックの人たちはおらず、エンデヴァーさん単独での行動だったけれど、所長が関わった事件だから、その情報もしっかりサイドキックの人たちまで行き届いているんだろう。そもそも全国報道されているから、よっぽどニュースを見ない人以外は私の惨状を見られてしまっているんだけど。そう思うとなんか、めちゃくちゃ惨め晒した恥ずかしさがあるな。

「傷が残らなくてよかったよ」
「傷物になったらキドウさんに貰ってもらおっかな〜」
「いやいや、こんなおじさん辞めときなさいよ」
「やあ、オジサマ好きなんだよね」
「照れるねェ」
「ふふ」

 あの時受けた火傷は、個性のおかげで綺麗さっぱり癒えているし、燃やされた髪もばっちし伸び直している。ほんと、個性様々だ。年上且つ冗談の通じる相手だから出来る、キドウさんとのうす〜いやり取りに笑っていると、くい、と後ろから肘を引かれた。

「なに?」
「……どうも」
「おお、焦凍くんも勢い十分だなァ」
「無視かい」

 振り向くと轟くんだ。睨み付けんばかりの勢いでキドウさんを見ている。無視したくせにグイグイ掴まれた肘を引かれるので、私の後頭部はゴツンと硬い筋肉にぶち当たった。なんでやねん。

「最近扱い雑じゃなあい?」
「緩名」
「はいなあに」

 仰け反って見上げると、轟くんが顎をそっと掴んできた。ぷにゅ、と頬を挟まれる。待って、首。首持ってかれるから。これ前世の私の身体だったらスマホ首で死んでたやつ。ぐえ、と潰れた蛙みたいな声を上げる私を前に、轟くんは真剣な眼差しで私を見下ろす。ほらも〜、エンデヴァー事務所のSKの皆さんが何事だ! って観戦モードだよ。お祭り騒ぎ好きそうな人たちが多いんだからさあ。仕事はしっかりしてるあたりプロを感じる。

「傷物にならなくても、俺が貰う」

 一瞬の沈黙の後、ギャラリーがオーッ! と沸き立った。




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