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「俺がおまえたちを育ててやる」
腕を組み、そう言ったエンデヴァーさんの貫禄は、まさにNO.1ヒーロー、といったものだった。詳細を把握している轟くんや私はおいておいて、まずは緑谷くんや爆豪くんの個性の確認からだ。
「今貴様らが抱えている“課題”。出来るようになりたいことを言え」
課題、かあ。課題……出来るようになりたいこと……。常に意識してることとしては、個性の上限アップと、体育祭でオールマイトから言われた、地力を鍛えることだろう。ただまあそれは常々考えてることなので、また方向性が違う。さっきちょっと手間取っちゃったから移動時の正確性も上げたいし、強化の幅も増やせたらいいな〜と思っている。どうしても他人への強化は一番苦手だ。その人の地力を見極めて、どれくらい底上げしたいのか。まあ適当にかけちゃうことが多いんだけども、個性の使用にはキャパがあるんだから、最適化したいよね。今の私の使い方だと、100円持ってて30円のりんご買うのに50円渡して釣りは要らねえ! ってしてるようなもん。うわ、私の例え……下手すぎ……? あとはやっぱり、福岡のことを反省すると、一人にならない、がんばってにげる、いのちだいじに! みたいな方向で逃走力を鍛えたい。目指すは逃げ上手の私君だ。
なんというか、前世が普通の人間だったのもあって、戦闘方面にどうしても意識が切り替わりにくい。この個性社会は、前世の日本よりも犯罪率が高いし、ヒーローなんて職業は、一般人には馴染みのない“戦う”ことがお仕事だ。前世が自衛官や戦闘員だったらまだしも、ある程度の年月を平凡に、戦うことを知らずに生きてきた人間が、急にその価値観をひっくり返せるか、っていうとそうではない。戯れや、体術の練習としてある程度手加減した状態でなら訓練として受け入れられるけれど、人に対して危害を加えることに、ヒーローの見習いとしては情けないながらまだまだ慣れそうになかった。……ここも、自分で自覚する課題だ。人の骨とか無理無理折れん! って気持ち。甘っちょろいことを言っている自覚はある。ピョロ、と黒鞭のぴょろぴょろを実際に出してエンデヴァーさんに説明している緑谷くんを見ながら、ぼんやりと自身の課題についてまとめていく。と思ったら、黒鞭の育成方針について、緑谷くんがエンデヴァーさんにツラツラ語り始めた。出た。
「わあ」
「長くて何言ってんのかわかんない!」
「自分の分析か」
「ああああウゼー!」
「緑谷くんらしい」
すごいな、エンデヴァーさんの瞳から若干色が消えてる気がする。レアだ。レアデヴァー。
「つまり……活動中常に綱渡りの調整が出来るようになりたいと」
「わかったんかい! NO.1は伊達じゃない!」
「NO.1のキャバ嬢より聞き上手じゃん」
要約する能力、すげー。エンデヴァーさんも雄英出身だって言うし、ゴリゴリの脳筋パワータイプの面持ちをしてても地頭めちゃくちゃいいんだろうな。ここらへんの地頭の良さ、授業受けてりゃテストなんとかなる轟くんも引き継いでる気がする。
「難儀な“個性”を抱えたな。君も……こちら側の人間だったか……」
こちら側ってどちら側? 緑谷くんを見るエンデヴァーさんの瞳が、一度暗く澄んだ気がした。それから、爆豪くんに次、貴様は? と尋ねる。
「逆に何が出来ねーのか俺は知りに来た」
「あっはっは!」
「ナマ言ってらー!!」
「うるせーなさっきからてめー何でいンだよ! おまえも笑うな!」
「イタッ!」
ぽこすん、と後頭部をどつかれてしまう。いや、NO.1ヒーロー相手にそこまで言い切れるのもう笑うでしょ。爆豪くんらしい自信は、裏に実力があるからよけいに面白い。まあ殴られたけど。超加減されてるとはいえ、すぐ暴力に訴えるんだからもう。今度噛み付いたろ。少しヒリヒリする後頭部を擦りながら、バーニンさんと相性の良さそうな爆豪くんを見上げる。「爆破」は、と爆豪くんか切り出した。
「やりてェと思ったこと何でも出来る! 一つしか持ってなくても一番強くなれる」
ただ強いだけじゃ、強い奴にはなれないことを知った。私は、雄英に入学以前の爆豪くんを知っているわけじゃない。それでも、最初の態度を見れば、爆豪くんの「強さ」への認識が変わったことがよくわかった。
爆豪くんは、自分の「個性」をどこまでも信用していて、信頼してるんだなあ……と眩しくなる。「爆破」の個性は、かなり強烈で、強い。けど、もし私がその個性を持っていたとしても、なんでもできる、と言い張れるようにはならなかっただろう。目眩しや、飛ぶことだって、爆豪くんが自分の個性を信じて、積み重ねたからだ。
うん、やっぱり、爆豪くんって眩しい。きゅう、と目を細めて見上げると、ほんの一瞬だけ、赤い瞳と視線がかち合った。
「緩名」
「わ、ん、はぁい」
爆豪くんに対して納得したように頷いたエンデヴァーさんの視線がこっちに向く。びっくりした。私の番か。
「……傷は」
「うん?」
「残らんのか」
「う、ん、うん。大丈夫。もうきれいさっぱり」
「そうか」
福岡での事件以降、エンデヴァーさんに会うのは今日が初めてだ。一応身体の具合とか、あの場にいたトップがエンデヴァーさんだし書類上での報告は言っているはずだけど、こうやって確認してくれるあたり優しいよね。優デヴァー。
「前回は、調整とサポートだったな」
「はい」
期間も短かったから、前線に出ることはほとんどなかった。危険性の低いおこぼれを拾わせて貰うくらいはあったけれど、敵と直接対峙したのは本当に数える程もない。
「自分で捕物はせんのか」
「ん〜……まあ、個性柄サポートに回る予定だからなあ。必要があれば、ってくらいで、メインは」
前回と同じく。今回はエンデヴァーさんが俺が見る、と言ってくれてるから、またちょっと変わるんだろうけど、それでも前に出るつもりはそこまでなかった。でも。
「そうだな。だがお前の個性上、前線に近い位置で支援することも多くなるだろう」
「うん」
「その時、動けなくなったり、人質として取られでもしたら支障が出る」
「……はい」
荼毘と向かい合った時のことが、脳裏を掠める。あの時、周りにヒーローが複数いたにも関わらず、孤立してしまった。市民の避難を優先したのは間違いではなかったと思うけれど、ある程度遠ざけられたら、他のヒーローからなるべく距離を離さず、お母さん……と対峙するのが正解だったんだろう。あの時の私に、出来たかどうかは、不明だけど。荼毘の言葉に気を取られて、隙を見せてしまったのも原因のひとつだ。つくづく、自分には敵と対峙するという覚悟が足りていないな、と思う。無意識に、固く握りしめていた手のひらが痛かった。
「丁度いい。俺がカバーするから着いてこい」
「はい!」
なるほど。つまり、エンデヴァーさんのいる最前線での動き方を見て、触れて、自分の身の安全を確保出来る考え方を学べ、それから単純に強くなれ、ってことだろう。……多分。もう少し、サポートを万全にこなせるようになってから、そういう動き方の練習もするのかなと思っていたけれど、実際めちゃくちゃ狙われる個性だし、福岡でのこともあって事情も変わっている。エンデヴァーさんに着いていくのだけでもめちゃくちゃ大変だけど、その分絶対身にはなるだろう。ああ、頑張ろう。
「では早速……」
「俺も」
エンデヴァーさんか踵を返した瞬間、轟くんが声を上げた。
「いいか」
ショートは赫灼の習得だろう! とエンデヴァーさんががなるけれど、轟くんは凪いだ表情のまま、繋いだ。
実態を知っているわけではない。けれど、轟くんは小さい頃から、エンデヴァーさんに虐待とも取れるような訓練を受けていたと聞いている。だからこそ、右側の個性だけで超えようとしていた。いろいろと思うところも、そりゃああるよなあ。まあ、そのいろいろを体育祭で緑谷くんが、半ば強引にぶち破っていたけれど。緑谷くんって、他人の心に土足で駆け抜けていくような、わりと不躾なところ、あるよね。どうしても自制が効いてしまうから私にはとても出来ないけれど、それが彼のヒーロー性なんだろうし、それくらい無神経な方が、助けられる人も確かにいる。実際、轟くんには効果覿面だったし。
「雄英に入って。こいつらと……皆と過ごして競う中で……目が覚めた」
静かに、噛み締めるように紡ぐ轟くんが、手のひらに灯した炎へ視線を落とした。轟くんの言うみんな、に、私も入っているんだろうな、と自惚れじゃなく思う。
「俺はヒーローのヒヨっ子として、ヒーローに足る人間になる為に、俺の意志でここに来た」
俺がおまえを利用しに来た、と、独白から続いたのは、決意表明にも、宣戦布告のようにも聞こえる台詞だ。エンデヴァーさんの表情が、少しだけ引き締まった物に変わった。
長年の確執が、そう簡単になくなるわけではないけれど、轟くんは、エンデヴァーさんを自分の目で見て、受け止めようとし始めている。轟くんは変わって、エンデヴァーさんもまた、変わっていっているから。やり直せるか、わからないけれど、その一歩を確実に踏み出しているんだな、と思うと、轟くんが少しだけ、羨ましかった。
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