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 大晦日だと言うのに、相変わらず雪が振り積もっている。雄英の立地的なのもあるといえ、今年はよく降るな〜。早朝、というよりほぼ深夜に目が覚めてしまったけれど、二度寝する気も起きない。ここのところなんとなく夢見が悪い。福岡の事件を、そんなつもりはなくともどことなく引きずっているのか、よく今世の両親の夢を見てしまう。前まで、そんなことなかったのに。嫌なことからは逃げてもいい、がモットーなので、少々申し訳ないが今世の両親の記憶は、重箱に蓋をして丁寧にラッピングして、心の奥にしっかり閉まっていたつもりだったのになあ。どうしてもモヤモヤしてしまうので、こういう時は変に抱え込まず、なにかにストレス発散をぶつけるに限る。というわけで、おしるこを作り始めた。まじで意味わからん。今日みんな帰省するのに。

「む、おはよう緩名くん!」
「飯田くんおはよ〜」
「早いな」
「うん、目が覚めちゃった。おしるこ食べる?」
「甘い匂いの元はそれか! 朝から糖分を摂取するのは良いことだからな。貰っていいのならありがたくいただきたい」
「いいよ〜」

 第一村人の飯田くん。天然なところがあるから、私の突拍子もない行動を基本的に疑問視しないところがある。

「まだねえ、鏡開きしてないから白玉いっぱい作ったの」
「すごいな、白玉まで自作なのか」
「へへへ、天才だからね! すごいでしょ〜」

 というか、ストレス発散に白玉作っちゃったからお汁粉なとこある。白玉粉、使い切りだからとんでもない量できんだよね。しかも二袋。飯田くんは大晦日にも関わらず朝から走りに行くらしい。帰省に寮を出るのは、私達近場の人間はだいたい昼過ぎなのに、元気なこっちゃ。……おしるこいけるかな? まあ明日には帰寮するし。いけるいける。ちらほら雪の降る外で出かける気にはならないので、私は寮に籠って緑茶を啜った。大掃除も、帰省の準備も、その後、インターンの準備も終えている。
 ウェアに着替えて寮を出る飯田くんを見送り、ずずっ、と熱いお茶を啜って、ほっと一息吐いた。

「書き初めしたい」
「……まだ年明けてねェわ」
「わあっ」

 独り言のつもりで呟いた言葉に反応があって、驚いて少しだけ飛び上がる。寝起き特有の掠れた声。寝起きの爆豪くんが、いつもより開きの悪い目を擦りながら近付いてきた。

「おはよ」
「……はよ」

 わあ、眠いからかめっちゃ素直だ。まだ寝惚けてるのかな。今朝は一層冷え込んでるし、流石の爆豪くんも寒い日は眠いみたいだ。トン、と軽くぶつかってきて、暖を取るように真後ろにぴたっとくっついてくる。轟くんならここで腕が回ってくるけれど、そうじゃないあたりが爆豪くんだ。焦げ付かないようにぐるぐるお玉を回している鍋を覗き込む。

「……ンで、こんなもんつくっとんだ」
「ん〜? 起きちゃったから。食べる?」
「ん」

 食べるらしい。ここまでポヤポヤなの珍しいな。昨日、大掃除後みんなで漫画を読み返す会をしてたから、結構な人数が夜更かししていたらしいし、その影響かな? 私は最中にソファで寝落ちしたから、ハッと起きて部屋に帰ったから、何時まで起きてたのかは知らない。だとすると、みんなギリギリまで寝てるかもなあ。……ガチで消費できるだろうか。一抹の不安が過ぎったところで、頬に爆豪くんの指が触れた。振り向くと、肩に顎を乗せてきた爆豪くんの顔が、思ったよりも近くにあって少し驚く。あ、まつ毛まで金色だ。

「ん?」
「寝れてねぇんか」

 常より舌足らずな声は、甘さすら含んでいるように聞こえる。目の下を、指の腹が薄くなぞった。くすぐったくて、少しだけ身をよじる。

「8時間寝ました」

 お昼寝も含めて、だけど。そこは隠して、でもそれなりの睡眠量を伝えると、くわァ、と爆豪くんは大きく欠伸をした。

「フ、寝すぎだわ」
「ええ〜? 全然、全然足りないけど」
「牛になんぞ」
「モー」
「アホだろ」

 目が覚めてきたようで、受け答えがハッキリしてきた。おはよう。もう一度大きな欠伸をして、赤い目の淵に涙を滲ませた。私もそろそろお腹が空いてきたので、自分の分と爆豪くんの分をよそおうと火を止めると、お玉を持つ手を覆うように手が重なった。ジッ……と猫のように爆豪くんが爆豪くんがその手を見つめている。

「なあに」
「手ェ冷たすぎンだわてめェ」
「ううん、冬だからかなあ」
「にしてもだろ」

 モミモミと何度か揉まれて、くすぐったさに小さく笑いを零す。なんというか、心配されてるなあって思うと余計にくすぐったい。最初あんなに尖ってたのに。轟くんとは別方向で爆豪くんも成長したなあ、とまるで親戚にでもなった気分だ。取られたままの手を持ち上げて、自分の頬に押し当てる。爆豪くんの手は、熱いぐらい温度を持っていた。太い首筋に伸びた私の髪が擦れて、こそばゆそうに赤い瞳が細まった。……あれ、なんか、近い。気付けば吐息の触れ合いそうな距離になっていた。
 その時、ちんっ、と軽快な音が鳴った。エレベーターから降りてきた百が、私達の姿を見てカチン、と動きを止める。そのまま、開きっぱなしのエレベーターへ逆戻りしていった。え、なんで。

「えっえ、どしたの百〜!」
「あの! わ、私……何も見てません!」
「ちょいちょいちょい待って待って待って」

 顔を赤くした百が、言いふらしませんので! とプリプリしだした。やっぱり爆豪さんと、や、学内で口付けなど……! なんて零している百をエレベーターの中から引っ張り出す。いや、まあ、たしかに距離は近かったけど。なんか、成り行きとかそういうもので、他意はない、はずだ。角度的に、キスしてるように見えたのかもしれないけれど、誤解だと弁明しておく。爆豪くんは、どこ吹く風って感じに一人おしることコーヒーを啜っていた。
 百の誤解を解くのと、はっちゃけおしるこの消費は、結局お昼頃までかかった。



 遠方のクラスメイトを送り出して、数時間。ようやく元通い組、近場の民の番である。緑谷くん、轟くんの後ろに、響香と並んで座る。私の後ろには爆豪くんと常闇くんだ。うちのクラスは近郊出身多いよね。

「飴食べる?」
「ちょーだい」
「何色がい〜?」
「どれでもいいよ」

 響香の手の上に、紫色のキャンディを落として、後ろからニュッと生えてきた手にも赤と緑の飴を落とした。前の席にも、手を伸ばしてモサモサ頭の上に二つ乗っける。すごい、鳥の巣みたい。クラスメイトとバス乗ること、たまにあるけど、やっぱり未だにワクワクしちゃうよね。なんて思っていたけれど、普通にスコンと寝落ちていた。気付けば常闇くんがいなくて、響香が降りるところで起きた。枕にしていた肩がなくなったから目が覚めた、が正しい。

「よいおとしを……」
「ふは、寝てんじゃん。良いお年を」
「ん〜……」

 バイバイ、としょぼしょぼする目のままに窓の外に手を振っていると、めちゃくちゃ美人な眼鏡のママと、なんかロックなおじさんまで手を振り返してくれた。響香のパパママ、なんとなくなるほどね、って感じ。うん。それから隣いないの寂しい。雄英から比較的家は近いけれど、静岡をぐるっと一周する送りルートの出だしが真反対だったので多分かなり最後の方なんだと思う。

「ばくご〜くん、隣きて……」
「ンでだよ」
「さびしい」
「……チッ」

 舌打ちをしながらも、爆豪くんは隣の席に移ってきてくれた。優しい。最初はそれなりに多かったバス内の人数も、もうかなり減って来ている。

「バスってさあ、なんか楽しいよね」
「寝てただろが」
「まあ寝るじゃん? いや、なんかほらあ、車の中で寝るの、気持ちいいじゃん」
「あ、でも僕、ちょっと分かるなあ」
「ね!」

 緑谷くんが同意してくれた。夜行バスとかさあ、なんか乗りたくなるよね。

「爆豪くん免許取ったら運転上手そう」
「確かにかっちゃんは運動神経も要領もいいし、乱暴に見えて意外と繊細な作業も得意だし丁寧だから運転のような本人の器用さを問われる技術だと上手そうだよね……!」
「ブツブツすんな!」
「ウワァごめん!」
「うるさいよ〜」

 流石に騒がしくしちゃったからか、ギンッ、と送りの先生に睨み付けられた。ちなみに送りの担当は我らが担任、相澤先生である。忙しそうだ。
 暫くして、バスが停車するのに合わせて、爆豪くんが荷物を持って立ち上がった。

「え〜、もう降りちゃうの?」
「アホか」

 先生が先に降りて、爆豪くんもそれに従う。良いお年を、と声をかけると、おー、と返事だけきた。まあよしとしよう。

「うわ、爆豪くんのお母さん?」
「あっ、うん、そうだよ」
「すげェ似てんな」
「ね! 遺伝子強すぎ」
「アハハ……」

 外を見ると、先生と話している爆豪くんのご両親らしき姿。お母さん似すぎだしめっちゃ若々しいな。お父さんは、なんか、めちゃくちゃ穏やかそうだ。バスの中から爆豪くんにブンブン手を振ると、ビシッと中指を立てられたので、代わりに両手の人差し指を立てて角のように頭に当てた。特に意味はない牛の真似だ。
 少しだけ会話した後、先生がバスの中に戻ってくる。その時、爆豪くんのご両親と目が合ったのでぺこっと頭を下げた。それから、爆豪くんに向かってハートを書いてふーっ、と吹く真似をする。私からのファンサを有難く受け留めろ〜。何故かめちゃくちゃ笑顔の爆豪くん母に何かを言われた爆豪くんが、恐らく吠えて、バシッとしばかれて、お母さんが手を振ってくれた。なるほど。

「今のかわいいな」
「え、やったあ。轟くんにもしてあげるね」
「そうか。動画撮る」
「ふふ、ガチオタじゃん」

 あ、爆豪くんからメッセ着た。『余計なことすんな』だって。ウケる。お母さんからめちゃくちゃ弄られたんかな? おもろ。キスのスタンプを返してあげた。
 爆豪家から発車したバスが、すぐにまた停車する。今度は緑谷くんなようだ。鬼近。さすがの幼なじみ。

「あ、じゃあまた来年、よろしくお願いします!」
「うん、良いお年を〜」
「良いお年を」
「あっ、あ、良いお年を!」

 ただの暮れの元気なご挨拶に、緑谷くんは何故か頬を染めた。なんで? と思ったけれど、そう言えば彼は友達がいなかった、らしい。はは〜ん。緑谷くんにも爆豪くんへのファンサと同じようにハートを飛ばすと、隣にいた小柄な女性、多分緑谷くんのお母さんが、顔を赤くして興奮していた。かわいいな。手を振ると、ぺこぺこと頭を下げられる。ふふ、親子って似るんだなあ。

「緑谷のとこも似てんな」
「ね、私もそう思ってた」

 いつの間にか轟くんが隣に移動してきている。バスの発車に合わせて、轟くんがこてん、と頭を倒してきた。私の頭に、轟くんの頭が乗る。

「もう今年も終わるな」
「あと半日もないねえ」
「帰ってからなにすんだ?」
「ん〜……多分ダラダラゴロゴロするか、ちょっとお節作るかも」
「いいな」
「んふふ。轟くんはなにするの?」
「俺も……ゴロゴロするかな」
「一緒だ」
「ああ、一緒だ」

 轟くんが、嬉しそうに喉を鳴らすのが、すぐ傍にいるからよく聞こえた。少しだけ首を擡げて見上げると、ここのところよく見かけるようになった、穏やかな顔をしている。思えば。まだ入学してから一年も経っていないけれど、轟くんとの関係も、かなり変わったんじゃないだろうか。最初は絡みにくいピーポだったのに、こんなに喋ってくれるようになって。って思うと、結構感慨深い。

「最後でよかった」
「最後?」
「送る順」
「ああ〜ね。なんで?」

 まあバス乗るの楽しいし、皆の家族見れるのも楽しいけど。最後だと、実家にいる時間はどうしても短くなる。エンデヴァーさんと確執があるとはいえ、数人いるご兄弟との仲は悪くはない、と聞いているから、実家がめちゃくちゃ嫌! なわけでもないだろうし。轟くんの手が伸びてきて、窓の結露で少し濡れた私の指をきゅっと覆った。暖かい。

「今年の最後、緩名といられるからな」

 本当に嬉しそうな声で言われたら、もう、なんにも言えなくなる。うう、と唸り声を上げて、それから、私も、とだけ返した。クソ、気を抜くとトドロキメモリアルの波動がやってくるみたい。
 来年も、どうか平穏無事でありますように、と密かに心の中で願った。



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