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「えー、それでは、会議を始めます」
「なに急に」
「ハイ、芦戸係長ー!」
「係長なんだ」
訓練終わり。共有スペースでオイラにもパンツを見せてくれ! と土下座している峰田くんを踏みつけるある意味ご褒美を与えながら歓談していると、三奈が何やら寸劇を始めた。透もノってくるし、なんなん。
「緩名くん! 級友を踏み付けるのはどうなんだ!? 峰田くんは婦女に対していい加減言動を改めろ!」
「あ、いいところに。ちょっと貸してコレ」
「ム、芦戸くん! 見えないぞ!?」
注意しに駆け込んで来た飯田くんから眼鏡を奪った三奈が、スチャッと着用してクイッ、と眼鏡を上げた。真顔でクラクラする、やっぱ返す。と返している。インテリ感を出したかったんだろうと同類の思考をしてるから理解出来るけど、むちゃくちゃするなあ。
「えー、静粛に!」
「騒いでんの三奈だけだよ」
「芦戸ちゃん段々磨ちゃんに寄っていってへん?」
「ケロ、仲が良いのね」
へへ、それほどでも。三奈がイーッ、と牙を向いて静粛にお願いします! と声を上げながら、私が足蹴にしていた峰田くんを放り投げる。隣のテーブルを囲っていた障子くんがナイスキャッチして、瀬呂くんがテープでぐるぐる巻きにしていた。仕方ないのでまた妙な茶番に付き合ってあげるかあ、とソファに腰を下ろす。気付けば、A組女子が勢揃いしていた。女子卓だ。
「それでは、MC耳郎、よろしく」
「ウチMCなの?」
MCて。係長とMCがいる会議ってなによ。響香がなにやらメモを渡されて、渋々とその内容を読み上げた。
「うわ、アホらし……。ハイ、分かったってば! あー、本日の議題……磨の恋模様が荒れ狂っている件について」
「棒読みでウケる」
隣の三奈に肘でつつかれた響香があまりにも棒読みだった。恋模様て。まあ、要はいつもの恋バナだ。多分。普通に隣のテーブルには男の子たちがいるんだけど、そこまで気にするものでもないんだろう。
「荒れ狂ってるかあ?」
「荒れ狂ってるって! なに今日の心操の!? 流石のアタシも介入出来なかったんだけど!?」
「なにそれ詳しく!」
「ウチも知らないそれ」
「えー、普通だよ」
「普通なワケがあるか! 一人だけ青春してー!」
三奈が憤りなのか興奮なのか分からないけれど盛り上がりながら、今日あったことを透たちに話していった。うーん、うん、まあ……流石にちょっと照れたけれども。百の淹れてくれた紅茶を飲みながら、昼前の心操くんの様子を思い浮かべた。……心操くん、私のことどう思ってるんだろうなあ。こう、憎からず思ってくれてるのはわかるんだけど、それの内情がどうなのかまではまだハッキリと分かる段階には至っていない。三奈が若干の脚色を加えながら、恋ドラのあらすじか? といった内容を語っていた。きゃー! と一頻り盛り上がる声で男子たちをビビらせた後、百分の一ほどに落としたボリュームでヒソヒソ話を始めた。急に落ち着くな。
「心操ってさあ、磨のこと好、」
「こ〜ら」
流石にそれは口に出してはダメだろう。なんせセンシティブだ。当事者以外が感情を推測する、まではいいとして、口に出して噂を立てるものでもない。するなら一応本人に当たる私のいないとこでしてほしい。気まずいから。
「センシティブですよー」
「ケロ、私もいけないと思うわ」
「えーーだってさあ!」
「こういう時磨って常識人だよね」
「褒めてる? それ」
「まあまあ」
まあまあかあ……。あんまり褒められてる気はしない。でも! と透が勢いよく挙手して、三奈がハイ葉隠! と指名した。挙手制なんだ。
「磨ちゃん、いろんな男子と仲良いんだもん」
「んっ、それはちょっと響きまずくない? フレンドリーピーポーなだけですぅ」
「にしても距離近いよね」
「確かに磨さんは、性別に拘らずパーソナルスペースが狭い傾向にはあると思われますが……生まれついての性格ではないでしょうか?」
「そうそう、生まれつき生まれつき」
生まれつき、とはちょっと違うかもしれないけど。前世でも最初からここまで距離近いわけではなかったし。中高生って、一番男女を強く意識する年頃だからか、距離を取る子は多いし、だからこそ際立つのもあるだろう。大丈夫、大学生とか社会人を経ると幼稚園児並に距離近くなっていくから。
「轟とマジで付き合ってないの? って思う時ある」
「ああーわかるかも」
「そっかあ?」
「見てるこっちが恥ずかしいくらいベタベタしてんじゃん」
「そおかあ?」
轟くんとの距離は、お互いのパーソナルスペースが激狭だから作用しあってもはや境界線なくしてるだけだと思う。話題に上げられたことで、轟くんがお、と向こうで声を上げていた。ってか男の子たちめちゃくちゃ静かだな。聞き耳軍団め。
「ってかさァ……爆豪と手繋いでさあ……」
「あー、ね」
「この前瀬呂と二人で……」
「あったあった」
「あはは、疑われてら」
「そういえばクリスマスの時先生と……」
「意味深に笑い合ってましたわ」
再びヒソヒソ話モードになって、ある事ないこと……いやあったことばっかだけど、エピソードを上げられる。爆豪くんと手を繋ぐ……というか指先を軽く絡めた帰り道は、ジーニストの件があってお互いちょっとセンチメンタルな感じだっただけだし、瀬呂くんと二人で抜け出したのは、あれはホークスが悪いし。恋愛に繋がるかはねえ、まだ不確定だよね。あと先生も笑うくらいするよ。みんななんだと思ってるんだ先生を。
「も〜、私がひどい男好きみたいじゃん」
「いや、本気で磨は磨だから好きだけど、ちょっと違ったら普通に友達してないよ」
「まって笑った」
「磨だから好きだけどね! 磨だから!」
「わかってるってえ、ありがと」
三奈に念を押されるけれど、私も私みたいに男と距離近い顔がかわいい女と絶対仲良くなれないからわかってしまう。やっぱね、モテる女は苦労がつきもんだから。自分で言うなの巻。私に友達が多いのは、ヒーロー科のみんなが性格が良すぎるからなのだ。恵まれている自覚はあるから神に感謝ってかんじ〜。
磨のことは好きだから! とじゃれついて来る三奈と、私も好きー! と響香と百を巻き添えに飛び込んでくる透を受け止めていたら、思考がどこかへ飛んでいっていたようで静かだったお茶子ちゃんが、ポツリと零した。
「磨ちゃんって、好きな人おるん……?」
「はわ」
好きな人。めちゃくちゃ初心に戻ったクエスチョンである。そういうお茶子ちゃんの表情は、少しだけ眉を下げたものから、ハッ、と我に返ったようにキリッとしたものに変わった。おお、お茶子百面相だ。彼女の中でも、なにかしら気になることでもあったんだろう。
「ん〜……好きな人なあ」
「……え、いる? いる!?」
「いや、覚えがないから今探してる」
「いないんじゃん! ……本気で?」
「ふふ、そう言う三奈はどうなん」
「やアタシはないない」
「でしょ?」
恋とか愛とかいろいろ、ティーンの好きな話題ではあるけれど、ヒーロー科においてはどうしても机上の空論に近い感じになってしまいがちだし。金田一の犯人並みにやる事が多いから、仕方ない。
「そうなんや」
「うん。お茶子ちゃんは?」
「エッ!? わ、私はそんなんそんなんそんなん……!」
「あっごめんごめん」
聞き返すと目に見えて動揺されてしまった。あ、いるんだ。はーん、なるほど。へえ。……誰だ? 女子高生の恋愛事情なんてお見通しって思うじゃん? 変に転生して前世の経験と記憶があるせいで、同年代の感情、イマイチ追えない所もあるせいか、なんとなく鈍くなっちゃってるみたいなんだよね。思わぬ弊害。慌てるお茶子ちゃんにか、梅雨ちゃんが軽く話題を逸らしてくれた。
「磨ちゃんはお付き合いをしていたことがあるのよね?」
「ん、まあねえ」
「嫌じゃなければどんな人なのか、気になるわ」
「ほほん」
どんな人……どんな、どんなかあ。特に特筆すべき箇所もない、普通のイケメンだ。
「うーん、ヒーローとは全く関わりない年上のイケメン……かな」
「年上が好きなの?」
「あー、まあそのきらいはある」
「じゃあさじゃあさ! 好みのタイプは?」
好みのタイプって、めちゃくちゃアバウトな質問だよね。
「魅力のある人」
「すんごいザックリしてる……!」
「磨さんにとっての魅力とは、どのような方なのでしょうか……?」
「んふふ、そりゃあ決まってるよ」
百がドキドキしたように片手を口元に当てて、頬を染めて尋ねてくる。かわいい。魅力なんて、まあ答えはだいたいこれだよね。
「ざ い り ょ く」
「ウワ」
「ウワ」
「ッチ……!」
「なんか舌打ち聞こえてきたんだけどぉ! 聞き耳マシーンたちめ!」
財力、大事でしょ。どれだけ綺麗事を言ったって生きていく上で欠かせないものだ。爆豪くんと峰田くんの舌打ちが重なって聞こえてきた。
「生々しすぎ」
「そうですわね……少し、その、思っていたものと違ったと言うか……」
「あとは顔かな」
「もうやめて磨ちゃん! 夢とロマンはどこにいったの!?」
「次回、城之内死す」
「なにそれ?」
「エッ」
デュエルスタンバイ出来なかったわ。
「おまえら、なんつー会話してんだ」
「あ、せんせー」
軽くジェネギャ? にショックを受けていたところで、呆れた顔の先生が寮へ入ってくる。どうしたんだろ。
「緩名、ちょっと」
「んあい?」
怒られるようなことはなんもしてない、はず。ソファから立ち上がって近付くとくいっと着ているカーディガンの襟元を先生に引かれて仰け反ると、屈んだ先生の吐息が耳を撫でた。
「婆さんが熱出した。大したことはないだろうが、年末で病院も閉まってるし念の為来てくれ」
「あら。りょうかい」
ひそひそと囁かれるのは、私以外の生徒に内容を伝えないためだろう。別に知られて問題があるわけではないけれど、雄英ヒーロー科がここまで日々少々無茶をした訓練をできるのは、リカバリーガールという屋台骨とも言える存在のおかげだ。精神的支柱にもなり得る存在の不調を徒に広めても、無駄に不安を煽るだけだ。
「今いいか」
「ん、マフラー取ってくる〜」
「ああ。そこで待ってる」
「はあい」
部屋へとトトト、と階段を駆け上がる。さっきの話題のせいか、見えなくなるまで後頭部にヒシヒシと視線を感じて、先生が密かに首を傾げているのがわかった。
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