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 くるん、とまだ熱い毛先を指に巻き付けた。細めのアイロンを置いて、顔周りの毛を軽く解すと、まあこんなものだろう。
 窓から覗く空は寒々しい灰色だ。エリちゃんと先生とのお出かけデイなのに残念だけど、移動は車だしどうせショッピングモールに行っちゃえば室内だからいいか。共有スペースに降りると、まったりだらだら休日を満喫してる人影が数人。女子のほとんどとそこに平然と混ざる上鳴くんだ。いつもは私もだいたいこの仲間だ。

「あれ、磨どこ行くの」
「え、デート?」
「ま〜そんなもんかな」
「誰と誰と誰と誰と」
「いや圧こわいわ」

 適当に肯定すれば、ソファに寝転んでいた三奈がすっ飛んできた。怖いて。見て、茶化そうと構えた響香が三奈の勢いに引いてる。怖いよね。

「エリちゃんとね、お買い物。先生同伴で」
「あーね」
「えー、デートじゃないじゃん。お土産ヨロシク」
「先生に言っとくわ。響香たちも今日出かけんじゃないの?」
「ウチはヤオモモ待ち」
「あ〜ね」

 よいしょ、と三奈と響香の間におしりをねじ込む。せま! とキャッキャして笑う二人の声が癒しだ。クリスマス前最後のお休みなので、今日は私と同じように外出届を出している子が多い。三奈はもう買い終わったようだけど、響香と百も今日はお買い物デートらしい。いいな。

「……なんか、磨ちゃんの私服って大人っぽいよねえ」
「わっかる! 俺超ドキドキしちゃう」
「そういう会話普通本人いないとこでしない?」

 ほあ、とお茶子ちゃんが頬に手を当てて感嘆、と言うように呟けば、上鳴くんがそれに乗っかった。まあ、中身が中身なので。服装とか持ち物とか、そこらへんはやっぱり大人だった時に寄っちゃいがちだ。特に今日のお出かけは先生となので、先生が淫行に間違われないよう気を付けた。リブニットのマーメイドワンピに、ショート丈のアウター。……若干お手当てを貰いそうな格好にも見えるけれど、まあエリちゃんいるから許容範囲でしょ。

「やっぱりお化粧とかした方がええんかなあ」
「ん〜、高校生ならほんとに人によると思うけどねえ」
「でも憧れる〜!」

 クラス内でもメイクをするタイプって、私と三奈くらいだし。割合的には少ない方だ。

「磨が大人っぽすぎるだけだって。中身アレだけど」
「ンだと〜! 中身の方が大人だぞ!」
「どの口が」
「このキュートなお口」

 う、の形にして響香に突き出すと、ゆるゆるの力でイヤホンジャックに頬をつつかれた。ふふ。

「すみません、お待たせしました!」
「いや、ウチも今降りてきたとこだし」
「カレカノか」

 パタパタと降りてきた百に、響香が恋人のような返事を返す。二人も出るようだし、私もそろそろかな、と腰を上げると、ちょうどノックの音が響いた。みんな揃って目を向けると、

「エリちゃん!」
「こんにちは」
「今日もかわいいねえ」
「準備出来てるか」
「先生私服も黒いっスね」

 ひょこっと顔を出したエリちゃんと、私服の先生。上鳴くんの言う通り黒い。ヒーロースーツとほぼ変わらない黒さだ。あとちょっと寒そう。

「先生おみやげー!」
「……課題の追加か?」
「ギャー! 嘘です!」

 チャレンジャー三奈がねだると、先生は面倒くさそうな顔をした。三奈のチャレンジ精神はたまに尊敬するよね。



「流石に多いな……」
「まあクリスマス前だしね」

 行き先の近かった百と響香も途中まで相乗りして、たどり着いた大型アウトレット施設。人が鬼のように多い。人混みはまだ慣れないからか、足に抱き着いてきたエリちゃんと、はぐれないようにしっかり手を繋いだ。まず向かうは玩具売り場だ。ひえ〜、家族連れ、多い。お昼前だから、これでもまだマシな方なんだろうな。

「エリちゃん、ほしいのあったらなんでも言ってね」
「うん……」

 エリちゃんの表情は、少し暗い。不安なんだろうなあ。自分が欲しがっていいのか、置かれていた環境が環境だったから、子どもらしい感情を素直に発露するのが難しいんだろう。なんとかしてあげられれば、と思うけれど、こういうのって時間の問題もあるからなあ。これからたくさんの人と関わっていく中で、情緒を育めたらと思っている。キョロキョロと、物珍しそうにあたりを見回す柔らかいエリちゃんの髪を撫でた。不思議そうに私を見上げたエリちゃんに、にこっと笑いかけるとエリちゃんも小さく口角を上げた。うん。かわいい。
 玩具売り場もすっかりクリスマス仕様で、赤と緑とサンタさんが溢れている。スノードームとか、かわいいよね。なかなか買わないけど。

「サンタさんいっぱいだねえ」
「さんたさん?」
「なんか……すごい髭のおじさん」
「すごいひげの……」

 エリちゃんが先生をジッ……と見つめた。確かにすごいし髭のおじさんではあるけれど。

「プレゼントをね、子どもに配るのが趣味な、寒い国のおじさんだよ」
「しゅみ……」
「間違っちゃねェがどうなんだその説明」

 言葉選びが微妙だったようで、若干エリちゃんに引かれてしまった。それでも、アンティーク調のメルヘンチックなスノードームに、エリちゃんは興味を持ったようだ。静かに舞う雪に、ライトの光が細かく反射する様子を観察している。

「スノードーム、かわいいよね」
「お姉ちゃんの」
「うん?」
「……お姉ちゃんの、個性、みたいで……綺麗」
「え?」

 私の個性?

「ああ、確かにな」
「ね」

 先生まで。……綺麗な物に例えられるの、嬉しいけど照れちゃう。多分、ミスコンの時のことを言ってるんだろうな。ありがとう、と笑うと、繋がれた手がぎゅっと握り返された。



「赤い屋根の大きなお家だ」
「あかいやねのおおきなおうち?」

 ルービックキューブやパズルの知育玩具、ミニカーやラジコン、それから女の子のお人形系ゾーンはあまり興味が無いようですんなり抜けて、動物やキャラ物のお人形ゾーンへ。鉄板のシルバニアの街が立ち並んでいる。ショーケースの中、綺麗にディスプレイされている数がもうめちゃくちゃすごいのなんの。

「わあ、私が小さい時よりいっぱいあるな〜」
「あ、先生……」
「ん」
「先生?」

 あのね、あれ、と少し恥ずかしそうにエリちゃんが指を向けるのは、黒猫のファミリーだ。ああ、そういうことか。先生も見覚えがあるようでああ、と頷いている。

「イレイザーキャットね」
「うん」

 お試しで作ったイレイザーキャットは職員室の先生のデスクに置いてあるし、エリちゃんと作ったのはエリちゃんのお部屋に飾ってある。

「え〜いいな、買って帰ろうかな」
「おまえ幾つだ」
「いくつになっても欲しいものは欲しいんです〜」

 お家とかケーキ屋さんとかだけじゃなくて、クソデカデパートまであるんだよ? 普通に欲しい。散らかるから自分の部屋には置きたくないけど。にしてもなかなかいい値段してる。ゲーム機買えるくらいの値段だ。玩具って意外と馬鹿にならんよね……。
 若干後ろ髪を引かれるものがありながらも、とりあえずフロアは一周しよう、とエリちゃんと手を繋いだまま回る。キッズコスメやアクセサリーキッド、知育菓子のなんかめちゃデカめちゃスゴのやつ(クッキングトイ)とか、いろいろある。

「かわいくない? これ」
「か……かわいい」
「エリちゃん、緩名に気を使わなくていい」
「ないた」

 海外産らしいアメリカンな高発色レインボーのユニコーン。胴体を押すと目がビョン、ってするの、ちょっとかわいい。ユニーク。エリちゃんは怯えていた。6歳には怖かったのかも。ごめん。
 
「なんかときめくの、あったかな?」
「ん……」

 その後も、かなり精密なフィギュアに興奮したり(私が)、スーパーカーの熱いレースに熱狂したり(私が)、懐かしの魔法少女変身グッズに沸き立ったり(私が)しながら一周した。玩具売り場楽しすぎる。先生は呆れながらも基本的には私の好きにさせてるし、エリちゃんも私につられてるところはあれど、玩具売り場が新鮮なのか目を輝かせていたからオッケーでしょ。

「あの……あの、ね」
「うん」
「あの……あれ……」
「ん、……トランポリン?」

 おずおずとエリちゃんの小さな指が向かった先は、トランポリン。へええ、トランポリン。わかる、トランポリン楽しいもん。でもちょっと意外ではある。

「あのね、前、テレビで、やっててね」
「うん」
「やってみたくて……っ」
「うん、いいじゃん。ね、先生」
「ああ」

 寮のためご近所さんに騒音で怒られる心配もないし、身体を動かせるのもいい。絵里ちゃんにとっては勇気のいる一言だったようで、ぱちぱちと瞬きをしてから、いいの? と首を傾げた。いいよ。

「エリちゃんがね、自分で選んで、これがいいな、って思ったんでしょ?」
「……うん」
「私も先生もね、デクくんとか、通形先輩も、それが嬉しいんだよ」

 子どもは遠慮せず、近くで棚にしがみついて駄々を捏ねてるキッズくらい元気に育ってほしい。いや、あれは元気すぎだけど、気持ち的にはそれくらいだ。小さく頷いたエリちゃんが、ぎゅう、と腕に抱き着いてくるのを撫でた。

「どうせならおっきいのがよくない? 私も乗れるし」
「おまえも乗るのか」
「普通にトランポリンやりたいよね! 多分通形先輩もやるよ」
「ミリオさん?」
「やりそうだな」

 という訳で、耐荷重がかなり大きいものを選ぶ。私は軽いんだけどね。私は軽いけど、通形先輩は重いし。私は軽いけど。エリちゃんと同じくらいだけど。流れるようにお会計で、ついでに私も自分の欲しいものをポコポコ買っておいた。ちゃんと自腹だ。シルバニアの赤ちゃんたちと、かなり作り込みのしっかりした変身ペンの万年筆。女児人生最高〜。
 トランポリンは組み立てタイプらしく、縦長の大きな段ボールを先生が抱えた。お会計を終えた先生のズボンの裾を、小さな手がくい、と引く。

「先生、ありがとう」
「はい、どういたしまして」

 しゃがんで目線を合わせた先生に、紅潮した頬でエリちゃんがお礼を言った。かわいい。抱き締めたい。



「雑貨屋さんに行きたい」
「いいか? エリちゃん」
「うん」

 プレゼント交換用のプレゼントを買わねばなので、雑貨屋さんを流し見する。だいたい決まってるんだけどね。おもちゃ売り場とは違って、客層は若い女の子がほとんどだ。たまにカップル。先生が心なしか遠い目をして、気のせいくらいに私とエリちゃんに近付いた。流石に相澤先生と言えど、気まずさを覚えるものなんだなあ。かわいい。外で待っててもいいのに、と思ったけれど、護衛のためでもあるから離れられないんだろう。私もエリちゃんも、複雑な立場に複雑な個性だから。仕方ないね。

「ん、これかな〜」
「猫さん」
「そう、猫さんなの。かわいいね」
「うん、かわいい」

 手に取ったのはぶみっとしたもふもふの黒猫柄の、ホットアイマスクだ。繰り返し使えるヤツ。誰に当たるかわからないし、まあ無難でしょ。かわいいし。もう少しふらっと見て回ると、エリちゃんが繋いだ手をくい、と引いた。

「おはな?」
「ん? ……ああ、これは入浴剤だねえ」
「お風呂の?」
「うん。お風呂にこれ浮かべると、ふわーっていい匂いするやつ」

 気になったのは、バスフレグランスと言われるものだ。かわいいよね〜。小さめの正方形の箱に、色とりどりのお花の入浴剤が詰まっている。

「気になるなら一緒に使おっか」
「!」

 学生寮は大浴場だから難しいけれど、教員寮は大浴場もあるけれど、部屋にお風呂が着いている。エリちゃんと一緒に何度か入ったこともあるし、いいでしょ。チラッと先生に視線をやっても、特に異論はないみたいだし。少しだけ困ったように視線をさ迷わせたエリちゃんが、それでも嬉しそうにありがとう、と笑った。かわいい。



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