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「プレゼントなァ……」
「あのくらいの年頃ならいっぱい欲しいでしょ〜」

 隣を歩く寝袋姿の先生を見上げると、なかなかに思い悩んでいるようで、ううむ、と唸りながら髭を撫でていた。エリちゃんへのプレゼント選びは、なかなか難航しているようだ。

「先生は子どもの頃なに貰ったの?」
「アー……なんだったか」
「記憶喪失じゃん」
「……ミニ四駆?」
「え、意外〜」

 先生も爆走させる頃があったんだ、なんか意外。だいたいみんな一度は貰う、らしい。

「おまえはどうなんだ」
「私ぃ? 私のはあんまり参考にならないと思うけど、そうだなあ」

 私の場合は、物だけは常日頃からたくさん買い与えられていたから、事情が少し違ってくる。漫画から始まりいろいろな本に、ゲーム、BluRayBOX……流石に女児向けのおもちゃで遊ぶ精神の年齢ではなかったので、本当に参考にならない。

「まあ無難にゲームとか……アクセサリーとか」

 幼女向けのではなく、完全に大人向けではあったけど。参考にならない私の意見に、そうか、と先生が頷いた。もうすぐ教室が見えてくる。うーん、決まりそうにないな。

「緩名」
「ん?」
「明日、おまえちょっと時間あるか」
「……え、デートのお誘い?」

 先生のお誘いに驚いたフリをすると、眉毛の角度が険しくなる。冗談ですやん兄さん。明日はお休みで、元々外出届けでも出してプレゼント買いに行こうかな〜、起きれたら……とぼんやり計画していたくらいなので、つまりフリーだ。

「いいよ、プレゼント選びでしょ?」
「ああ。いっそエリちゃんごと連れていく」
「合理的ぃ〜」

 先生ってサプライズから最も遠い男だよね。

「あら」
「あれ、Mt.レディさんだ」
「出たわね新世代」

 新世代? 教室の近くで、ミッドナイト先生とMt.レディと鉢合わせる。特別講師だそうだ。へ〜。ちょうど教室から漏れ聞こえる声に、Mt.レディが「楽観しないで!!」と勢いよく扉を開けた。先生に背中を軽く押され、二人の女ヒーローに続いて教室に入る。

「ショービズ色濃くなっていたヒーローに今、真の意味が求められている!」

 ばばん、と二人がポーズを決めるので、一瞬戸惑ったものの私もポーズを決めておいた。セクシーサンキュー。

「Mt.レディ!?」
「わあああ!!」
「緩名は何してんだ」
「なんかねえ、釣られた」

 瀬呂くんがご丁寧にツッコミをくれる。ありがとう。待ってた。セクシーサンキュー。

「ぁいてっ」
「特別講師として招いたんだ。おまえら露出も増えてきたしな」

 ひょこ、と顔を覗かせた先生が、私の頭を軽く叩く。暴力反対〜。

「オイラが言うのもアレだけど一番ショービズに染まってんだろ」
「お黙り!」

 指摘する峰田くんを払い除けるMt.レディ。ああ、そういえば峰田くんって職場体験Mt.レディのとこだったっけ。なるほど、納得。

「今日行うは“メディア演習”! 現役美麗注目株であるこの私、Mt.レディがヒーローの立ち振る舞いを教授します!!」

 へえ、メディア演習。そりゃあ相澤先生じゃダメなわけだ。なんて思っていると、また無言でパコンッと頭をはたかれた。なんも言ってないのに!



 場所を移すと、わりと本格的に組み立てられたインタビューのセット。カメコまでいる。マスコミと言うよりコミケの、だけど。ヒーローインタビューの練習らしい。なかなかに緩くて切島くんの作画が崩壊している。一番目は、つい最近インタビューを受けたばかりの轟くんだ。

『凄いご活躍でしたね、ショートさん!』
「何の話ですか?」
『なんか一仕事終えた体で! はい!!』
「はい」

 一発目に轟くん、なかなかアレかもしれない。近頃増してきたぽやぽやのせいで、緩さが増している。その後もMt.レディとボケとツッコミを繰り返す轟くん。誰かファットさん呼んできて〜。
 にしても、どのようなヒーロー、か。轟くんの繰り出した必殺の氷でヒンヤリしながら考える。うーん、私、実はあんまりメディア露出するつもりないんだよなあ。自分でも比較的メディア向きな容姿や表向きの性格をしているとは思うけれど、ヒーローとしての役柄上、あまり活動範囲を知られることに益がないと思うんだよね。自信過剰な言い分にも聞こえるかもしれないけど、私がいるだけで全体の底上げと回復が出来る。つまり、火力を増したヒーローで限度はあれどゾンビアタックが出来ちゃうのだ。立てこもりや救助だったらいいけれど、それこそ敵連合のような敵には真っ先に狙われるポジションでもある。なかなか悩ましいよねえ。まあ、今はとりあえずみんなのインタビューを見守りながらカメコに混ざろう。

「闇を知らぬ者に栄光は訪れぬ」

 常闇くんの厨二も、突き詰めたらかっこいいよね。ダークシャドウくんはかわいい。

「楽しそうだな、緩名」
「わりとたのしい」

 障子くんが隣に並んで、私のスマホを覗き込んだ。よく撮れてるでしょ。右上のインカメマークをタップしてインカメにすると、瞬時に横ピースを作ってシャッターを押した。隣には、驚いた顔をする障子くん。ふふふ。

「瞬発力足りないんじゃない〜?」
「もう少し鍛えるとしよう」
「ふふ、真面目だ」

 トン、と高い位置にある肩に軽く頭を乗せた。そうこうしている内に爆豪くんと人類のソリの悪さが指摘されて、私の番である。

「それじゃあビアンカ、行ってみましょうか」
「はあい」

 壇上に上がると、Mt.レディにマイクを向けられた。満面の笑み、ではなく、穏やかに見えるよう目を細めてやんわりとした笑顔を作る。目指すところは清楚系だ。元から清楚だけど。

『素晴らしいご活躍でしたね! やはりヒーローを志すきっかけは母である“スノーホワイト”なんですか?』
「ありがとうございます。そうですね、母はとても尊敬できるヒーローなので、その影響も大きいです」

 実際のメディアを想定しているのなら、来るだろうな、と予想はしていたから私は問題ないけれど、母の名を出した途端にクラスメイトの顔付きが険しくなるのが見えた。あんま話題に出さないしなあ。尊敬できるヒーロー、嘘は全く言ってない。あの人の身体の使い方を、いろいろと学んできた今見ると、素直に凄いな、と思うことが多い。体格が似ているから、めちゃくちゃ勉強になるんだよね。筋肉量は桁違いだけど。

『どのようなヒーローを志していますか?』
「一人でも多くの方の心も身体も癒せるよう、精進していきたいと思います」

 そう言いながら、緩く身体能力強化のバフを光らせると、キラキラと細かい光がステージライトに照らされて美しく輝く。私の個性めちゃくちゃ綺麗じゃない?

『いいわね! 悔しいけど神々しいわ』
「なんかやらしいな……ギャッ」

 梅雨ちゃんによって峰田くんが潰れていた。ま、こんなもんでしょ。

「なんか受け答えあっさりしてんなー」
「顔作りすぎじゃね?」

 舞台を降りると瀬呂くんに上鳴くんに緩いダメ出しをされるけれど、まあ仕方ない。顔はいいだろ、かわいいだろ。上鳴くんに軽く肩パンする。

「そもそも私メディア露出あんまするつもりないもん」
「え!?」
「なんで!?」
「その顔で!?」

 この顔でだよ。クラスメイトの大半には驚かれるけれど、プロのヒーロー達はあんま驚いてないな。……まあ、私の個性の活かし所について考えるだろうし、それもそうか。

「だってさあ、考えてみてよ、私の仕事」
「仕事?」
「そ。私のすること」
「緩名の〜? ……んん、強くする、弱くする、治す!」
「アホ……」
「まあ、そうだね」

 正解なんだけど、上鳴くんの答え方がめちゃくちゃアホっぽくて響香が呆れていた。

「私の出番は基本的に、作戦開始前か終了後なんだよね」
「あ、そうか」

 まあ、作戦中にも被害者や怪我をしたヒーロー達の治癒に当たることはあるだろうけど。よっぽどの長丁場は規模の大きい事件でもない限り、そうそうないだろう。便利な個性だから、解決前に現場をハシゴすることもあれば、事務所に待機して個性をかけていくことだってある。そもそも、直接激戦になる現場に出向くことが稀なのだ。解決後に怪我人がいる場合は回復にあたってるだろうし。

「あ、磨ってもしかしてインタビューされる機会少ない!?」
「そ。まあ、人手が足りないとか、デバフが必要な際は前線に出ることもあるだろうけど、基本後方支援特化だからね。私が活躍するってことは、前線が崩壊してるにも近い状況だったりしちゃうんだよね」
「は〜……インタビュー受けてる暇もないような状況ってことか」

 そういうことだ。

「とはいえ、緩名さんの容姿なら引っ張り出されることもあると思うわよ?」
「あはは、まあそれはそん時で」

 ショービズ色本当に濃いなあ……。既に学校宛に何件かモデルやアイドルの仕事に近い案件が着ているけれど、一応の確認をされて、全部お断りをしておいた。楽しそうだけど、まあ、今じゃないよね。あとMt.レディの言っていた「新世代」の意味がやっとわかった。ミッナイ先生、Mt.レディの系譜の、ってことね。……それなら百じゃない? と密かに思うんだけど、どうなんだろ。チラッと百に視線を向けると目が合って、パアッと笑顔になられた。かわい。
 私の次に壇上に上がった緑谷くん。うわ、カチコチじゃん。おもしろ。オールマイトについて振られた時だけめちゃくちゃ声デカ早口長文なの、まじのオタクのそれで笑ってしまった。オールマイターだ。

「そういえば例の“暴走”……進展があったと聞いたけど、大丈夫なの?」

 例の暴走……歴代の継承者の個性が発現したもの、らしい。緑谷くんから、あんまり詳しくは聞いていないけれど。定期的に行われている仮眠室での会合に、この前少しだけ顔を出してちょろっと話を聞いた程度だ。爆豪くんや緑谷くんほど、OFAという個性に詳しくはない。拳を構えた緑谷くんから、ピョロ、と黒い紐状の物が溢れ出た。ピョロだ。爆豪くんがケッ、とそっぽを向いた。



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