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「雪合戦見たい」
「お! いーな! やろうぜ!」

 焼きあがったケーキを味見という名目でガッツリ頂いて、お腹も膨れた頃。補講の二人の帰りまでまだまだ時間があるようなので、砂藤くんは追加でまたなにか作るみたいだ。やったー。うとうとと微睡む梅雨ちゃんを撫でながら、窓の外に目を向けると、降り積もっていく雪。昼もすぎて少しは気温が上がるかと思ったけれど、全然みたいだ。こんだけ雪降ったら雪合戦のしがいがある。私の提案に、切島くんがワクワクと挙手をした。犬か。

「や、したくはないの。見たいだけ」
「なにそれ」
「また変な癖出てんな〜」
「えー、緩名もやろうぜ」
「寒いじゃん」
「わがまま……」

 雪の中身体を動かすなんて馬鹿のすることだし……。もうそんな元気はない。

「ねえ暇なんかして」
「出た最悪の無茶ぶり」

 少し伸びた髪を結ってくる透を好きにさせながら、隣に座る瀬呂くんに振ってみたら、響香から強めのツッコミが飛んできた。ハ〜暇だ。

「緩名さんもう課題終わったの?」
「もちのろん」
「うげっ、嫌なもん思い出させんなよ緑谷ぁ〜」
「そーだそーだ!」
「あはは、上鳴くん達、終わってないんだね……」
「ばかだ」

 提出期限がめちゃくちゃ先の物はおいといて、今のところ急ぐような課題はない。ヒーロー科、基本的に確り真面目な人が多いからだいたい終わらせてる人が多いけれど、上鳴くんと三奈はやっぱりそうもいかないらしい。ウケる。
 
「アンタ馬鹿なんだから内申ちょっとでも上げときなよ」
「耳郎サン辛辣……」
「磨〜、ヘルプ!」
「ええ、論述じゃん。ヘルプもなにもなくない?」
「書き方がわかんない!」
「ばかだ……」

 まあ確かに、前世は高校の時そんなにレポート課題って出なかったかもしれない。雄英に入ってからはそこそこ多いけど。ヒーロー関連の座学は、社会学的なレポートが一番多い。

「三奈!」
「! 磨!」
「ガンバレ」
「ひどい! 親友を見捨てるの!?」
「三奈ならできるできる。私、信じてるから」
「見事なまでに見捨てたな」

 数学や英語など、答えのあるものならまだしも、自分で考えて書くレポートを手伝うのは素直にめんどくさい。幸い百も飯田くんも共有スペースにいるし、噛み砕いて教えてくれる緑谷くんもいる。普通に丸投げ案件。もこもこの梅雨ちゃんを抱き枕にして、瀬呂くんの膝の上に足を乗せた。

「こら、はしたないでしょ」
「はしたなくないよ」
「や、はしたないから」
「やん、響香まで」

 そう言いつつ、瀬呂くんの身体に足を立てかける。寝転んだまま壁伝いに足上げて放置すると浮腫が取れるんだよね。この場合、壁伝いじゃなくて瀬呂伝いだけど。

「お、緩名。暇なら手伝ってくんねえか?」
「え〜……いいよ」
「いいんかい」
「助かるぜ!」

 このままお昼寝しようかな、って思ったけれど、通りすがった砂藤くんからの救援要請によって、パティスリー緩名の臨時開店が決まった。



「ねえ、もうタワーにする?」
「あー、ウェディングケーキみたいにか? いいかもな」

 急な思い付きで言ったことが、砂藤くんというスイーツ職人とお手伝い私、それから百による物資提供で叶ってしまった。正直やり過ぎた。仮免の合格祝いのレベルではない。サプライズしようぜ、ってなってたからはっちゃけすぎた。

「やば、私天才かも」
「なにそれ、イガグリ?」
「は? 爆豪くんだけど!」
「栗じゃん」
「まあほぼそうだから……」
「違うと思うぜ」

 どうせなら映えるケーキにしたいし飴細工飾ろ、と爆豪くん型の飴細工を作ってみたら天才的に出来た。のに、三奈も響香も笑いながら栗だウニだ言ってくる。ほぼ同じものだから。

「お、マルマインだ」
「轟くんだってば」
「モンスターボール?」
「言ってな〜い!」

 同じく轟くんを作ってみたら、いい感じに出来たはずなのにポケモン関連しか思い浮かばないものになってしまった。ま、これもしょうがない。ほぼそう。
 ベリー系で彩られた真っ白な四段のケーキのてっぺんに、二人の飴細工を飾る。うん。

「生贄みてェだな」

 皆の気持ちを代弁した台詞を切島くんが言ってくれた。なんか……祭壇っぽいよね。どうせ食べるものだしいいでしょ。
 大作になったケーキを写真に収めていると、ポコン、と上部に通知が。『二人とも受かった。今から帰る』とだけのシンプルな文面だ。

「二人とも取れたっぽい」
「お! 連絡きたー?」
「うん。今から帰るって」
「じゃあ仕上げしていくか!」
「うい」

 轟くんからのメッセージに、気を付けて、とスタンプで返すと、オールマイトのスタンプでOK! 返ってきた。喋るオールマイトスタンプ、音量がシンプルにデカい。でも二人とも受かったんだ。心配はそんなにしていなかったけれど、よかった。ふふ、と小さく微笑むと、トン、と肩に濃いピンクの腕が回った。

「楽しそうじゃん」
「そう見える?」
「とっても」
「気のせいじゃない?」
「ふーん?」

 口元をニヤ、と歪ませた三奈と、至近距離でやりとりをする。楽しそうなのはどちらかというと三奈の方だ。

「グループじゃなくて磨に個別で、ねえ」
「……そういえばそだね」
「まあ、愛って喧嘩を乗り越えて強くなるって言うしい?」
「轟くんと喧嘩してないよ〜」

 恋バナ妖怪がレベルアップしている。ひ〜、捕まった。誰か代わりの供物……瀬呂くん、は目を逸らされた。上鳴くん……役に立たなそ〜! お茶子ちゃんあからさまに逃げたな。聞かれたくないことがあるんだろうか。肩に回っていた手がお腹に回って、後ろから抱きしめられる体勢になる。温かい。三奈って体温高いよね。余ったイチゴを手につまんで、三奈の口に押し込んだ。

「すっぱ」
「あ、すっぱかった? ……ほんとだすっぱ」

 自分でも一つ摘むと、思ったよりすっぱい。ケーキに乗せてるのはゼリーとコーティングしてるから大丈夫だけど、やっぱり旬がまだ先出しね。

「轟たちとイチャつくのもいいけどさあ……っていうか誰かと早くくっ付かないかなとも思ってるけどさあ……」
「“たち”はダメでしょ」

 轟たち、のたちに、轟くん以外の誰がいるのか教えて欲しいものだ。三奈、そんなこと思ってたんだ。

「まだアタシのものでいてよ」

 少し拗ねた声に、振り向いて肩に乗る三奈を見ると、ぷくっと頬を膨らませて、全面的に拗ねてます、と主張していた。愛いやつめ。お腹に回る三奈の手に自分の手を重ねて、ギュッと握る。

「ずっと三奈のものだけど?」
「……磨〜!」
「あはは、甘えたさんだ」

 最近は本当に色々あって、OFA関連で緑谷くんや爆豪くんだったり、拗らせた期間の反動で轟くんだったり、あと瀬呂くんとかとも一緒にいることが前より増えて、福岡や他のインターンでの事後処理に時間を割いていることもあって、その分三奈たちといることが減った……のかもしれない。寮生活だから、一緒にいないってわけじゃないけどね。まあ、寂しかったんだろう。こうやって寂しがってくれるのも、嬉しい限りである。

「なにやってんの」
「ん〜? イチャラブ」
「馬鹿じゃん」
「だって」
「耳郎も来る?」
「ウチはいい」

 絡みついてくる三奈をどうどうと宥めていると、響香にはシンプルに断られた。

「あ、帰ってくるよ」
「みんなクラッカーは行き渡ったか!?」
「私でっかいのがいい〜!」
「交換するか?」
「うん!」
「よし、電気消せ消せ」

 響香が個性で音を拾って、電気を消して息を潜める。流石に真冬ともなると、19時にもなっていないけど電気を消すと真っ暗だ。

「なんで真っ暗なんだ」
「全員出かけてんのか」
「仮免取得、」

 お茶子ちゃんの声を合図に、おめでとう〜! とみんなの声とクラッカーの音が重なった。目を丸くする二人に、砂藤くんが力作のケーキを勧める。

「こんなに食えるか!」
「すごくない? 私も作ったの」
「……量考えろや」

 ひょこ、と砂藤くんの後ろから顔を出すと、コツン、と額を小突かれた。そのまま爆豪くんは手づかみで上段から切り崩す。手……。

「蛮族?」
「腹減ってンだよ」
「やったなァバクゴー!」
「かっちゃん! これで一緒にヒーロー活動出来るね!」

 緑谷くんからの賞賛と激励? に、爆豪くんはプルプルと震えて爆発していた。アハハ、導火線短。

「轟くんも、おめでとう」
「ああ、ありがとな」
「見て、ケーキ、私も作ったの」
「そうか。すげぇな」
「でしょ!」

 テーブルへと運ばれたケーキを見て、轟くんが少しだけ目元を緩める。それから、伸びてきた轟くんの左手が、鎖骨下まで伸びた私の髪を攫った。

「……伸びたな」
「ん、早めてるから」

 さわさわと確かめるように指先で撫でられると、少しだけくすぐったい。鼻先に、焚き火のような匂いがした。轟くんが個性を使用した名残だろうか。ハードだったんだなあ。早く行こ、と轟くんの手を引いてテーブルに向かおうとすると、別の方向から逆の手を取られた。

「ぅえ?」

 振り向くと、緑谷くんにキレ散らかしていた爆豪くんが私の指先を握っていた。なに。両手にツートップ、朝の再来だ。なに? そっと軽く撫でたかと思うと、朝のように揉まれることはなくそのまま離れていく。なんなんだ。

「なに?」
「……なんでもねェよ」
「え、嘘だ」

 絶対うそ、と言っても、爆豪くんはまた緑谷くんにキレ散らかすのを再開してしまった。なんなの。

「なんなんだろうねえ。轟くんわかる?」
「……さァな。それよりケーキ食いてえ」
「あ、そうだね」

 行こっか、と今度こそ轟くんを引っ張って、分割されている私たちの力作にありついた。



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