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「ね〜、ここ意味繋がってないから」
「うえ? マジ?」
「書き直してーはやくしてー」
放課後。安定にレポートもついでに小テストまでペケになった上鳴くんの居残りに付き合って、チラ見しては口だけを出している。同じように大バツ組だった三奈と切島くんは先に直しを終えて、職員室へ提出しに行った。そのまま帰るらしい。放課後も業務いっぱいだしセンセーって大変だなあ。
どうせなら、と自主勉に励んでいたけれど、なんとなくぽけっとしてしまう。頬杖をついて窓の外に目を向けると、既に空はオレンジから藍へと色を変えようとしていた。冬の空って綺麗だよね。特に冬の夕方は、ピンクがかった真っ赤な色がよく映える。青春の色〜、って感じ。
「ん?」
ふと、視線に気付いて正面に目を向けると、上鳴くんがぼけっとした顔で私を見ていた。個性使ってないのにアホになってんの? 目が合った瞬間に、大袈裟な素振りで逸らされる。なんやねん。
「なに?」
「うえ、いや、なんでも……」
「えー、なんか付いてた?」
「付いてません……」
「え〜、なによ」
目を逸らしたままの上鳴くん。絶対なんでもなくはないやつ。あー、と気まずそうに声を上げて、それからチラリと目だけをこっちに向けた。
「いや、なんか緩名、その、かわいいなーって……思いまして……」
「ぅえ?」
驚いて目を見開くと、夕焼けに染められているだけでなく、上鳴くんの顔や耳が赤くなっていることに気付いた。かわいい、とか、上鳴くんはよく冗談めかして言ってくるし、私もそれに普通にノるけどさあ。そんな、ガチめに照れて言われたらさあ、私にまで顔赤いの移るじゃん。こういうテンション、慣れてても慣れないんだって。
「なんっっじゃそりゃ!」
「アー、いや、マジごめん! 変なこと言ったよな俺!?」
「照れないでよ! 私まで恥ずかしくなるから!」
「マジごめんってー!」
上鳴くんのアホめ。二人して顔赤くして馬鹿みたいだ。もー、本気で恥ずかしい。パチン、とデコピンすると、痛っ、と上鳴くんが小さく声を上げた。
「もー、早く終わらしてそれ。先帰るよ」
「あーっ待って待って、ちょっぱやでやるから! 見捨てないで!」
緩名にまで見捨てられたら明日んなっても終わんない! とひどく情けない泣き言を上げる上鳴くんに、もう、も呆れながら笑いを零した。
「あ、オールマイトだ」
「おー、マジだ」
「おや、緩名少女に上鳴少年」
やっと終わらせた課題と小テストの直しを職員室に提出して帰る頃には、既に日は落ちきってしまっていた。校舎を出ると、細長い後ろ姿を見付ける。
「今帰りかい? 随分遅いね」
「この人に付き合ってたらこんな時間なってた」
「アホですいません……」
「ハハハ、なるほど」
しゅん、とウェイ状態になる上鳴くんを、オールマイトは朗らかに笑って流した。ほがらか〜。
「オールマイトも今帰り?」
「うん? ああ、少し買い出しに行こうかと思ってね」
「え! 麓のスーパー?」
「そうだね。色々と備品が足りなくなっていた所だ」
「オールマイトもスーパーとか行くんだなァ」
「そりゃ行くでしょ」
「なんかイメージねえじゃん? オールマイトだし。高級スーパーしか行かなそう」
「え〜、相澤先生の方がイメージなくない? 出不精そう」
「そうかい? 相澤くんも結構利用してると思うけれど」
「意外〜!」
相澤先生とスーパー、めちゃくちゃミスマッチ感ある。庶民感あるのにないんだよな、あの人。
「ねー、私も行きたい」
「あ、なら俺も行きてえ!」
「それはいいけど、なにか買いたいものがあるの?」
「それはないけど」
「ええ……?」
寮から抜け出してスーパーに行く、って行為が楽しいのだ。特に必要なものはない。行ったら色々買いたくなるかもしれないけど。
「うーん、まあ大丈夫かな」
「先生には連絡入れとくから〜」
「っつってもオールマイトと一緒だから大丈夫っしょ」
「ね」
まいとさんとかみなりくんとスーパーいってきます、って送ると、舞妓? と返ってきた。舞妓じゃねえ。先生、文明の力通す時だけ謎に天然になるのなんでなの。それからすぐ、迷惑かけんなよ、と返ってきたのをオールマイトに見せ付けた。
「舞妓?」
「ウケるよね」
「相澤くん、意外だなあ」
「ね、たまに天然なの」
「それより俺上の写真気になんだけど」
「歩きスマホは危険だからやめようね」
「「はーい」」
オールマイトから注意されたので、スマホをポケットに直す。オールマイトの車で向かうらしい。楽しみ。ちなみに上の写真は、マイク先生の昔の宣材写真をたまたま透が見付けて、若干のKBTITみを感じて作った比較画像だ。まじで女子高生の勢いってすごいよね。既読スルーされたけど、マイク先生まで伝わっていたので多分保存はしてそう。
「オールマイトの車〜!」
「スゲー! デケー! エルクレスッスか?」
「そうだよ! よく知ってるね」
「男の子なんで」
「女の子だから全くわかんない。安室さんの車より高い?」
「数倍は違くね?」
「えげつな〜!」
「ハハハ、こらこら……」
流石元NO.1。車の値段もえげつない。私助手席〜、と乗り込むと、なんか、座り心地が凄かった。あと座面が大きい。オールマイトに合わせたサイズだからかな?
「先生の車ってドキドキするよね」
「俺初めてだぜ」
「そんなに大したものじゃないよ?」
「いやいやいやいや」
あのオールマイトの車だ。前の時は相澤先生に阻止されてしまったから、やっと乗れる。ハンドルを切るオールマイトにスマホのカメラを向けた。
「あ、まって、オールマイトがきゅるきゅるになっちゃった」
「きゅるきゅる?」
「まあいっか。緑谷くんたちに送っていい?」
「いいよ」
「ういうい」
エフェクトをかけたままだったのを忘れていて、オールマイトがなんかめちゃくちゃきゅるんと女子高生になってしまったけど、まあいいだろう。それと一緒に、運転する姿を数十秒ほど動画に収めて、緑谷くん、爆豪くん、轟くんに送信した。
「緑谷くんって既読鬼の速さだよね」
「あー、あいつなんかそういう個性ありそうだよな」
いいなあ! という羨望の言葉から始まり、オールマイトへの情熱とパッションに溢れた緑谷くんの長文には、一言「既読」と返した。長い。轟くんからは張り切る飯田くんのブレた写真が送られてきた。
「アイス食べたい! アイス!」
「お菓子見ようぜー」
「バラバラにならないようにね」
「はーい!」
オールマイトはステーショナリーの揃う上の階へ上がっていくので、特に用事もない私たちはフラフラとお菓子売り場やアイス、インスタントコーナーを彷徨う。
「寮にこたつほしくない?」
「わっかる。相澤先生に言ってみようぜ」
「絶対却下されるじゃん。……あ、爆豪くんからなんか来てる」
「カッチャンなんてー?」
チカチカと光っている通知を開くと、一言、「激辛まん」とだけ書いていた。パシリに使うな。だいたいどこに出かけているか悟ったのだろう。だが残念だったな、コンビニじゃなくてスーパーだ! あとでオールマイトにコンビニ寄っていいか聞こ。
「あ、もうクリスマスかあ」
「子どもン時ってこういうのワクワクしたよなあ」
「わかる〜。未だに欲しくなるもん」
レジの傍の季節物コーナーは、靴下型の箱にお菓子の詰め込まれた物や、サンタやツリー型の缶など、これでもか、とクリスマスを押し出したものになっていた。
「……なあ、俺閃いちゃったんだけど」
「やだー」
「まだなんも言ってなくね!? クリスマスさあ、プレゼント交換とかどうよ!」
「えっ、いいじゃん」
「な?」
プレゼント交換、高校生らしさが満点でいい。レギュレーションとか決めなければだけど、飯田くんあたりに親交を深めるため〜とか、季節の行事を大事にすることは昨今のヒーローにも必要で〜とでも言っとけばなんとかなるだろう。あり。帰ってから提案しよ、ってことになった。
「何かいいものはあったかい?」
「あ、オールマイト」
ひょい、と現れたオールマイトは、カートを押していた。下段には段ボール。……うわ、コーヒーだ。コーナー箱買いしてる。カフェイン摂りすぎじゃない? 私も上鳴くんも、各々お菓子にアイスに、と手に取っていたけれど、オールマイトが入れていいよ、と言うので有難く入れさせてもらった。流石NO.1ヒーローだ。太っ腹〜。
「クラスへの差し入れも買っていこうか」
「オールマイトってもしかして神?」
「やっぱオールマイトみてェになりてー」
ダッツの箱を躊躇なくクラス分ぶち込むオールマイト。大人だ。私と上鳴くんが揃うとなんか口先だけの雑魚みたいな、三下ムーブをしてしまいがちなのどうにかしたいな。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「気を付けて帰るんだよ」
「はあい」
駐車場のところでオールマイトと分かれて、A組とB組分のアイス、各自のおやつに、爆豪くんの激辛まんを持つ。上鳴くんもなんか食べてたけど、私は絶対晩ご飯入らなくなるので、上鳴くんのをちょっともらうだけにしておいた。
「うひ、さむ」
「なー」
「爆豪くんので暖取っちゃお」
駐車場から寮までは若干離れているので、爆豪くんの激辛まんを抱き締めて帰る。寒い。
先にB組の寮に寄って、オールマイトからの差し入れを渡す予定だ。一佳と吹出くんにメッセージを入れると、外で待ってると返事があって、近付くとその姿が見えた。
「お、寒い中サンキュ」
「ご苦労さまでーす」
「どいたま〜」
アイスを受け取った吹出くんが、ダッツだ! とはしゃいでいる。寒いのに元気〜。
「あ、ねえ漫画後で返す」
「ああ、全然いつでもいいよー」
「ありがと」
「僕もそろそろ全クリ出来そうだからあとちょっとで返せる」
「え、鬼じゃん」
「面白くっておかげで最近ちょっと寝不足でさー」
吹出くん、シンプルにオタクでいろいろと幅が広いので、若干趣味が合うのだ。私は漫画を借りて、吹出くんにゲームを貸し出し最中だ。
「なんのゲーム?」
「なんか、ブライダルアドバイザーの私がイケメン達とすったもんだしてどうにかなるゲーム」
「あー、そっち系ね」
「いや、これがなかなか奥深くて、まさか僕も神話が絡んでくるとは思わなくてさー! 面白いんだよね!」
吹出くん、乙女ゲームも興味津々だったので貸したら結構刺さったみたいだ。嬉しい。じゃあね〜、と分かれて、寮へ急いだ。寒いから。
「ただいま〜」
「おっ、遅かったな」
「ちょっとオールマイトとデートしてた」
「えっ俺は!?」
「ああ、上鳴くんもいたっけ」
「ひでぇ!」
共有スペースに上がると暖房でぬくぬくと暖かい。オールマイトからおみやげ、と出迎えてくれた飯田くんに渡すと、すぐに皆に知らせてくれた。便利。
「ダッツや!」
「うわすげぇ、流石オールマイト」
袋を覗き込んだお茶子ちゃんが、透と手を取り合って喜んでいた。ダッツの臨時収入、嬉しいよね。溶けないように、と飯田くんが冷凍庫へしまう。
「はい、爆豪くん」
「……冷めてんじゃねェか!」
「そりゃ寒いもん。私のぬくもり温度だよ」
「言い方がきめェ」
ぽふ、とソファでくつろいでいた爆豪くんの頬に後ろから押し付けると、そのまま受け取ってぷんすこしていた。言うてもそんなに冷めてない、はず。ソファの背もたれに肘を着いて寄りかかると、爆豪くんが手にしたものを見て夕食前でお腹を空かせたハイエナたちが寄ってくる。
「うわ爆豪いいもん食ってんじゃん」
「爆豪いいなー! 磨〜、アタシのは〜?」
「ない」
「爆豪ズルーい!」
「や、でも見て、あれだから」
「あーね、辛いヤツだ」
三奈が後ろから抱き着いてきてオネダリされる。されてもないもんはない。爆豪くんの食べてるものを指差すと、中身が赤すぎて察したようだ。赤、っていうか黒。
「辛い?」
「フツー」
「えー、胡椒系?」
「スパイス」
「私食べれるかなあ」
「どうせ無理だからやめとけって」
「チャレンジャー緩名」
瀬呂くんや切島くんに止められるけれど、爆豪くんにジッと私のかわいいeyesを向けると、訴えが通じたようでひとちぎりしたものを口に放り込まれた。わーい。……ん?
「……皮だけじゃん」
「ハッ」
「ムキー!」
「ドンマイ」
流石に皮だけだと、ちょっとピリッとするかな? くらいだった。
ダッツは夕飯後、みんなで食べた。
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