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「よっ」
「おっ」
着いた〜、とメッセを打ち込むと、送信するよりも先に声をかけられて顔を上げる。自分のじゃない寮の前、一佳が片手を上げて笑っていた。どうやら外で待っててくれてたみたいだ。
「ありがと〜」
「どういたしまして。磨はこっち来るの初めてだっけ?」
「ん、そうそう」
「まあ別にそっちと違いはないけどさ」
一佳が開いたドアを潜って、見慣れたのと同じ作りの靴箱で靴を脱ぐ。と言ってもお隣の寮なのでサンダルだ。おかげで足先が寒かった。どうぞ、と来客用のスリッパを出してくれるのにもお礼を言って、お邪魔しますと上がった。
「あれ、磨じゃん」
「やほ」
「磨ちゃん、もう良くなったの?」
「なにか用事?」
「もう元気〜用事〜」
一佳に続いて共有スペースに入ると、ソファで寛いでいた切奈にきのこちゃん、柳さんが声を掛けてくれた。おかげさまで喉はすっかり元通りだ。
「物間くんいないんだっけ」
「え、物間に用事?」
「うん」
「へえ〜」
「ふーん」
切奈の問いに答えると、一佳以外の女の子が楽しそうにニヤリと笑った。ウワ、三奈がよくするやつ〜。別にカーディガン返しにきただけなんだけどね。物間くんがいないらしいって言うのは一佳から聞いていたので、遊びに来たのが大きい。手土産もあるよ。
「ね〜、お菓子持ってきた」
「最高〜」
「えっ手作り?」
「うん」
「わ、すごーい!」
そうでしょう。味気ないタッパーに、色とりどりのマカロン。ふふん、と胸を張る。すごくない? 天才でしょ。作ったのほぼ私じゃないけど。
「天才でしょ! 砂藤くん」
「砂藤のかい」
「磨じゃないんかい」
「なんで緩名が胸張ってんの」
「私もちょっとは手伝ったもん」
よいしょ、と切奈と柳さんの間に腰を下ろす。
「あ、ていうかさ。前から思ってたけど、私も名前でいいよ」
「え、やった〜。そう、私も気になってたの」
「磨そういうとこ律儀だよね」
「わりと適当だけどね」
名前呼びの許可を貰ったので、柳さんからレイちゃんへ進化した。レベルアップだ。レイちゃんって呼び方かわいくない?
「Oh! 磨サン」
「いらしてたのですね」
「んあ、やほ〜おじゃま〜」
どうやら一佳がB組女子グループで収集をかけていたらしく、ポニーちゃんに茨ちゃん、唯ちゃんまで降りてきた。女子会じゃんこんなの。
「唯ちゃん隣くる?」
「ん」
「ラブ……」
「磨ホント唯の顔好きだよな」
「面食い〜」
隣に座った唯ちゃんに寄り添うと、肩を抱き寄せられた。そのまま自撮りして、ついでにみんなでも撮っておく。わいわい。B組の女子会も楽しい。かわいい子ばっかだもん。魂売れる〜。三奈に写真送っとこ。
「え、うまっ」
「マジだうまっ。砂藤やばー! B組にも欲しい」
「ウチの男子でこういうの作るのいないしな」
「砂藤くん引き抜いちゃう?」
「砂藤サンが作ったのデスか!?」
「らしい」
「やば、本人いないところで砂藤くんがお嫁にいっちゃう」
砂藤くんの女子株がぐんぐん上がっていってる。本人いないけど。お菓子作りできる人いいよね。そして女子会、となると、基本的に話題は食べ物かオシャレか、恋バナだ。
「料理出来るヒトっていいよね」
「あ、わかる〜」
「爆豪くん料理うまいよ」
「あれで!?」
「嘘でしょ」
「ギャップじゃん」
「意外ノコ」
「ああ見えて器用だから」
「あー、ま、戦闘では確かに器用だったし」
対抗戦で爆豪くんにしてやられた切奈が納得したように頷く。ギャップ萌でしょ、って言うと、ギャップだけど萌ではないわ、と返された。なんでや工藤。
「磨本命いないの?」
「うあ、数日ぶり数回目〜」
「だって気になる〜!」
「っていってもなあ〜」
この前の対抗戦の後にも聞かれた話題がカムバックしてきた。全然久しぶりじゃない。そんな数日で本命ラブが生えてこないよ。
「むしろそっちはどうなの?」
「ナイナイ、全然ない」
「ウチのクラスはなあ」
「皆サン親切ですが……」
「可能性を感じないよね」
「ん」
「ボロカス言うじゃん」
七人揃って首を横に振っていた。まあだいたいこんなもんなのかなあ。
「別に同クラじゃなくてもさ〜、よくない?」
「磨心操と仲良いよね」
「ぎえ〜、戻ってきた〜!」
「あははは」
パスを出したら切奈にキラーパスを戻された。大暴投だよ。まあ普段同じクラスなら普段話せるけど、違うクラスの私がいたら根掘り葉掘り聴きたくなるものなのかもしれない。
「えー、じゃ、タイプは?」
「タイプ〜? ……イケメン」
「面食いじゃん」
「ね」
「唯ちゃんの顔が今一番好き」
「面食いじゃん」
「結局そこ?」
唯ちゃんの顔パーフェクトスペシャルキュートなんだもん。ラブだ。四六時中一緒にいたいもん。きゅ、と抱き着くと、背中に手を添えられる。ほら、顔かわいいのにこのイケメン仕草。ラブでしかない。唯ちゃんの顔が一番タイプなのには変わりないけど、B組でも気になる子いっぱいいる。
「あ、でも黒色くんかっこいい」
「ブッ!」
「黒色〜!?」
「ゴホッ、ゲホッカハッ……」
「なんかよくない? かっこいいじゃん」
「本人噎せてるけど」
「盗み聞きか〜?」
そういえば、私が来た時から男子も数人いたんだよね。気配消してたけど。その内の一人、私の名指しした本人が噴き出して噎せていた。かっこよくない?
「黒いのいい〜」
「磨の感性わかんない」
「ね」
「回原とかならうちのイケメン枠だけどさ」
名前を上げられた回原くんが、ビクッとしているのが見えた。回原くん、確かにめちゃくちゃ正当にイケメンだよね。A組にいないタイプだ。
「回原くん、かっこいいけどよく知らないんだよね〜。ねー!」
「えっ!? あっ、ああ、うん、そ……うだな? ん? そうなのか……?」
「円場かわいいって言ってなかった?」
「あの目めっちゃかわいい」
「この目でよかった……!」
ソファを隔てて回原くんに話しかけると、疑問符がたくさん飛んでいた。だいこんらんだいこんらん。円場くんはスライムみたいでかわいいよね。スライムクッション欲しい。
「ま、一番気になるのは吹出くんかな」
「俺!? ヤッター!」
「かわいいよね」
「かわいい……のか?」
「磨の感性わかんない」
ヤッター! と吹き出す吹出くんをおいでおいでと手招きすると、ちょっと頬(頬?)を赤くしながら寄ってきた。従順〜。
「マカロン食べる?」
「食べ……ます!」
「かわい〜」
「犬扱いじゃん」
タッパーを差し出すと、顔のフキダシがいただきます、から美味しい! に変わった。まじでどうなってんだろ。不思議。
「ねえ、触っていい?」
「さわっ……!?」
「いいよー」
「わあい」
年頃の女の子にしてはちょっとハレンチなセリフだからか、どよっとどよめきが起こるが、吹出くんは慣れているんだろう、お顔を触らせてくれた。ほう、これはなんとも、こう、不思議な……うん、不思議な手触り。例えるならば……わかんないけど。
「ふふふ、面白」
「さっ、触り方ァー!」
「あっはっは」
「面白がってるだろ、磨」
「うん」
なでなでして、そうっと擽るようにフェザータッチで指先を滑らせると、吹出くんがヤムチャになった。ヤムチャしやがって……。面白い。
「キラキラって出してみて!」
「いいよ〜」
「キラキラする〜!」
「完全に玩具だな」
「無邪気って言えば聞こえがいいのか」
キラキラの文字が出るとあたりキラキラした。えっ面白すぎる。
「緩名さん見て」
「ん〜?」
「爆豪くんの真似!」
「あっはっはっは!」
見て、と言われて見てみると、吹出くんのフキダシがトゲトゲになって顔に「爆豪」と書いていた。面白すぎる。似てる似てる。めちゃくちゃ一人で爆笑したけれど、誰も笑っていないことに気付く。むしろ呆れるような視線だ。こんな面白いのに!?
「それここ最近の鉄板ネタ」
「うそでしょそんな面白いことしてたの」
「褒められたー」
B組面白いな。吹出くん連れて帰って爆豪くんの前でやってみせたい。
「ねえ、吹出くん連れて帰っていい?」
「おー、砂藤と交換な」
「ボク人身売買されてる!?」
「気に入っちゃった」
「ワー! 緩名さん!」
吹出くんの腕に腕をぎゅっと絡めると、ポッと擬音が出て吹出くんの顔が赤くなった。赤くなるんだ。あ、なんか新鮮。最近みんな慣れてきたからな〜。緑谷くんは全然だけど。
「A組ってスキンシップ激しくない?」
「ね」
「あ〜、多分私が激しいみたいなとこある」
「あーね」
ギブ……、と吹出くんのフキダシが変わっている。めちゃくちゃ余裕じゃん。と思っていたけれど、後ろから軽く肩を叩かれた。
「緩名、そろそろ勘弁してやって」
「おろ、骨抜くん」
「おろろ……」
「人斬り抜刀斎になっちゃった」
「あ! ワタシ知ってます!」
ポニーちゃんがるろ剣に興奮している。ジャパニーズアニメが好きらしい。いいじゃん。骨抜くんに免じて吹出くんを解放すると、ぐったり、と効果音が浮かび上がる。元気じゃん。
「久しぶりに初心を浴びて元気になった」
「そりゃよかった」
「そりゃよかった……」
「マカロン食べる?」
「砂藤のお手製の?」
「ふふ、うん」
はい、と白のマカロンを摘んで差し出せば、骨抜くんが大きな目を少しだけ見開いて、それから一口で持ってった。マカロンはバニラが結局一番美味しいよねえ、なんて思ってると、キャー!! と姦しい悲鳴が。っていうか歓声?
「なになに」
「少女漫画か!」
「憧れるのこ〜!」
「柔造テメェ!」
「いや、差し出されたから」
そんなキャーってなるほどのことだろうか。……ことかもしれない。爆豪くんとか轟くんとか、人の食べかけを奪ってくるトンビがいっぱいいるからなあ、A組。もはや日常茶飯事……とまではいかないけど、わりと慣れである。面白〜。
「あ、ねえじゃあさ、ムラム、」
「それはストップ」
「んぐ」
「?」
ムラムラのオノマトペ出したらどうなるんだろ、と思ったら骨抜くんに口を塞がれた。コンプラ的にアウトだったらしい。そのまま背もたれに力をかけると、ずるずると滑り落ちてソファの上に寝転がった。ちゃっかり頭を唯ちゃんの膝に乗せると、ちゃっかり受け入れられる。ヤッター!
そうしてキャッキャと騒いでいたら、バタン、と扉の音がして、振り向くと物間くんと鉄哲くん。二人とも制服だ。補習だっけ。
「オウ、緩名来てたのか!」
「騒がしいと思ったら……なんで君がいるんだい」
「や、補習の物間くん」
「ハアア? 対面早々喧嘩でも売ってるつもりかなァ!?」
「まあまあまあ、落ち着け物間」
物間くんすぐピキる〜。
「……っていうか、自分の寮でもないのになんだいそのはしたない格好!」
「え、普通じゃない?」
「いや、くつろぎすぎではある」
「まじ?」
「ん」
「まじか〜」
と言いながらも、唯ちゃんときのこちゃんが二人がかりで前髪を編んでくる。パチン、とピンで止められて、視界がスッキリした。
「どう?」
「かわいい!」
「イイんじゃん」
「だって、どう? 物間くん」
「……なんで僕に聞くんだい」
きのこちゃんと骨抜くんが褒めてくれたので、むっくりと身体を起こして、物間くんにも聞いてみた。
「照れんなって」
「照れてないけどォ!?」
「うるさ。あ、はいこれ、返す〜」
「……ああ」
「ありがとね」
紙袋に入れたカーディガン。一応ちゃんと洗ったら、物間くんの匂いから私のよく使っている洗剤の匂いになった。マーキングじゃん。
「私の匂い付けちゃった」
「なん……っ、君はなんでそう……! この痴女め!」
「誰が痴女だー!」
「今のは磨が悪いな」
「ね」
ちょっと意味深に言っただけで、物間くん他男子数名が顔を赤くした。ウブ〜。
「あー、B組おもしろ」
「うちの子になっちゃう?」
「ふふん、ありかも」
「ナシだー!」
「お」
「あ」
「あらま、お迎え来たじゃん」
聞き覚えのありすぎる声に入口に顔を向けると、ぷんすこ顔の三奈と凪の轟くん。お迎えらしい。お隣なのに。三奈にメッセ入れてたからかな。
「緩名」
「はーい」
ぐい、と腕を引かれて立ち上がる。あ、凪だと思ってるけどちょっと拗ねてる。拗ねろきくんだ。ソファから回り込んで出ると、両腕を二人に確保された。囚われの宇宙人?
「世話んなったな」
「こちらこそ」
「もー! 磨の浮気者ー!」
「砂藤に美味しかったって伝えといてー」
「はーい」
「またおいで」
「ん、また来る〜」
「今度はこっちにも来なよ〜!」
バイバイ、と手を振って、B組の寮を出る。A組の寮、お隣までのほんの少しの間に、二人にめちゃくちゃ拗ねられた。
「マカロンまでズルいー!」
「また作るよ。砂藤くんが」
「おまえの作ったやつがいい」
「え〜」
「……ダメか?」
「うぐ」
轟くんに捨てられた子犬みたいな顔をされたら断りきれない。自分の顔面の利用が上手くなったなあ。今度の休みね、と約束を取り付けられてしまった。まあいいか。
帰寮して、使わなくなったお絵描きボードに「私は魂を売りました」と書いてしばらく首から下げられていた。反逆者か?
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