153



「今日、三限抜けろ」

 そんなことを先生に言われたのは、朝のホームルーム後のことだった。先日の福岡での事や、身体の調子のこと……心当たりはいくつかあるので、どれだろうかとあたりをつける。病院へは昨日行って異常なしだったし、あとはやっぱり……脳無の件だろうか。なんかした? と、普段よりも心配そうなクラスメイトからの疑問に私もわからん、と適当に誤魔化して、二限終わりに職員室へ行くと、待ち構えていた先生に連れられて歩き出す。授業が始まりシン、と静まり返った中で先生の後ろを着いて歩くのは、なんだか少しドキドキした。

「せんせえ」
「なんだ」
「……怒られはしない、よね?」
「心当たりでもあるのか」
「あぶりだし反対〜」

 私から悪事を引き出そうとしている先生の脇腹あたりを肘で軽くつつくと、フ、と口元が緩められたから、怒られるわけではなさそうだ。となると、やっぱり脳無絡みだろう。全く予期していない内容になる可能性も全然あるけど。今は一年生の全てのインターンが中止になっているけど、病院へ行ってたのとかどうなったんだろ。ほぼ研究協力だったけど。細胞や菌にバフかけたり、実験動物にバフをかけて病気への治療効果を観察するものだった。まあ、似たような個性の人と同じような結果になったので、さもありなんって感じ。

「うへ、校長室……」
「失礼します」

 ようやく立ち止まったのは、一際大きく奥まった場所にある校長室の前だった。悪いことしてなくても校長室ってなんか緊張するよね。ノックをした先生に続いて、軽くぺこりと頭を下げて大きな扉をくぐる。応接用のソファには、根津校長にオールマイト、それから二人、予想してなかった人物が。

「あれ、おばあちゃん」

 ぱちぱちと瞬きをすると、ふんわりと微笑んだその人。ああ、うん。なんか察した。概ね、私の予想は大当たり、というとこだろう。手紙やメッセージ、電話はしていたが直接会うのは夏以来かもしれない。久しぶり、と笑うと、手招きをされたのでおばあちゃんの近くへ寄った。校長に椅子を勧められたので、おばあちゃんの隣に座ると、先生も私の隣に座った。ふむ。

「ハイ」
「はい緩名さん」

 挙手をすると、校長先生が当ててくれる。授業みたい。

「なんとなく内容わかったんだけど、なんでホークスいるんですか?」
「それは俺が伝達係だからでーす」
「理解しました」

 窓辺に凭れたままひらひらと手を振るホークス。なるほど。



 始まりは謝罪だった。神野に続き二度も敵連合の被害にあっているので、まあわかると言えばわかるし道理ではあるけれど、やっぱり先生方に頭を下げられるのは納得いかない。おばあちゃんもそこらへんは分かっている人だし、まあまあ、と宥めて、本題へ移る。本題は勿論。

「緩名さんが福岡で遭遇した敵、脳無について」

 校長先生の言葉に、驚きはしなかった。
 手元に数枚の資料を、それと合わせて調査結果を告げられる。回収した女型の脳無は、まず間違いなくヒーロー『スノーホワイト』唯我強子の身体だろう、と調べが着いたこと。調べるために遺骨を提供していたらしいのだけれど、それは全くの別人の物であることが分かったらしい。本当に赤の他人の骨を自宅で管理していたと思えば、少しだけ不気味になった。
 遺骨などの問題もあるのでおばあちゃんは一足早く結果を聞いていたようだけど、今日立ち会ったのは、流石に顔を見ないと心配だと希望したらしい。目いっぱい顔をむぎゅむぎゅに潰された。いつまでも若々しいおばあちゃんは下手をすると私よりも平気で力が強いので顔の形変わるかと思った。心配かけてごめんね。母娘揃って全く、とお小言を言われたけれど、それにはオールマイトや先生方のほうがびっくりした顔をしていた。いや、うん。確かに歪んではいるけれど、うちの家庭、確執があるかと言うとそうでも無いから……。全員ドライな女三代だ。
 そして、念の為に、と父の遺骨も調査したけれど、そちらはちゃんと父のものだったらしい。母の身体がどのあたりですり替えられたのかは未だに調査中ではあるけれど、もうそれなりに年月が立っているので、真相究明は難しいかもしれない。

「今回の件ですが……」
「はい」
「『遠耳』の個性を持つヒーロー以外は、あの場にいた中でこの事実を聞いたものはいないそうです」

 荼毘と対峙して、ベラベラベラベラおしゃべりクソ野郎してくれてた時に立ち会ったヒーローは、そう多くない。ましてや騒音や炎の壁で、そういう個性持ち以外のヒーローは内容を聞き取れた人はいないだろう。そのため、今回の件、脳無の素体が「あの」ヒーロースノーホワイトだったことは、どうやら伏せられるみたいだ。事情を知るのは公安や警察の調査チーム、エンデヴァーさんやホークスのプロヒーロートップ陣数人に、雄英の教師もこの場にいる他数人だけ、らしい。混乱を招くことになる可能性が高いしね。おばあちゃんも私も、特に異論はないのでわかりました、と了承した。

「それから、敵の親玉、AFOの狙いが緩名磨くんだった件ですが」
「! はい」

 そんなことも言っていた。お母さんが亡くなったあの事件も、元々の狙いは私だった、と。もう飲み込んだつもりではいるけれど、それでもやっぱり気分の悪くなる話だ。膝の上で無意識にキツく握りしめていた手に、隣から伸びてきた大きな手が重なって、ぽんぽん、と指先が私の手の甲を宥めるように叩いた。少しだけ首を持ち上げると、先生が一瞬視線をこっちに向けて、それからまた、向かいに座る校長に向き直った。
 タルタロスに収監されているAFOはともかく、敵連合がこのタイミングでわざわざ私に接触してきたことを考えると、これ以降全く狙われないかというとそうとは言えないだろう、という見解らしい。個性も便利で、自分で言うのもなんだけれど育ってきたバックグラウンドも敵になってもおかしくないものだから。二度もキッパリ振ってんだからもう潔く諦めてほしいもんだけどなあ。なんて思っていたら、校長先生が席を立ち、再び私に、それからおばあちゃんに頭を下げる。オールマイトも、先生も続いてだ。え、なんで。待って。こわいこわい。

「はえ、や、待って」
「緩名さんを数回に渡り敵の被害に合わせてしまっておりますが、今現在雄英以上に緩名さんを守れる場所はない、と考えています」

 だから、どうか任せてくれないでしょうか。そう続いた言葉に、もしや私は退学……自主退学? 転校? の危機なのかとおそるおそるおばあちゃんを見た。所詮今の私は未成年の被保護者だ。保護者の理解が得られなければ簡単にヒーロー科なんて辞めさせられる……かはわからないけれど。まあ在籍が難しくなるくらいはあるかもしれない。なーんて、思ったけれど、あっけらかんとしているばあさまの顔を見たらな〜んだ。となった。むしろちょっと楽しそうなのはなんで? 死にかけたんやぞ! と言いそうになったけれど、全然生きてるしな。大丈夫よお、とでも言うみたいに私を見ておばあちゃんが笑った。

「どうぞ頭を上げてください。この子を任せるのは雄英以外ない、と私も考えております」
「……ありがとうございます」

 やっと頭を上げた校長先生たちに、ほっと一息吐いた。急な展開、やっぱ怖いわ。あと血は繋がっているけれど、おばあちゃんの考えてることいまいち分からないから。今後のことを話している四人から目をそらすと、窓際に佇むホークスと目が合った。ひらひらと笑顔で手を振られる。ん? なんか口パクしてる。ん……よかったね、かな? うん、よかった。今更転校とか中退とかやだし。
 それから暫くして、三限目の終わりのチャイムがなる頃、ようやく私達は校長室のおしりが沈みすぎるソファから腰を上げた。なんか、めちゃくちゃ長く感じたな。んん、と背中を伸ばしていると、先生がおばあちゃんの前に立って、また一礼をした。

「磨さんは必ず守ります」
「命にはかえずに、どうかよろしくお願いします」
「……ハイ」

 磨さん!! 聞きました? いま名前で呼ばれましたよ! 磨さんって! わー! え? 最高じゃん。そりゃこういう時だいたい伝わるように苗字じゃなくて名前で呼ぶけど、安易な女子高校生の脳は普段と違うレア級のレアな呼ばれ方に簡単に湧いてしまった。先生はそのままおばあちゃんを送っていくらしい。ああ、護衛とかいるもんね。そういえば実家の警備も増し増ししてくれるみたいだ。いろいろと、用心するに越したことはない、ってやつかな。

「じゃあ私も失礼しま、」
「あ、磨ちゃん。ちょっと」

 まだなにか?




PREVNEXT

- ナノ -