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「緩名の一番になりてえ」
日の落ちきる直前、茜色に染まった空の下で、真剣な顔で告げられた言葉を、頭の中で反芻する。それはつまり、え? やっぱり、これ、そうだよね。告白……ってコト!? 言葉の意味を認識した瞬間から、ドッ、ドッ、と自分の心臓の音が、うるさいくらいに頭の中で響いている。え、ええ〜?
唾を飲み下す音が、ごくりといやに大きく鳴ってしまった。薄いまぶたが、パチパチと瞬きをしても、真剣な色は変わらない。目が逸らせなくて、身体を引こうとするけれど、二の腕を掴まれているので、失敗に終わった。
「そ、れは……」
喉がいやに渇いて仕方ない。そのせいか、絞り出した声は、変に掠れていた。別に、告白されるのに慣れていないとか、おぼこのように振る舞うつもりもないけれど。だって、轟くんだ。今まで、そんな本気の恋愛的なラブを感じたことがなかったんだもん。そりゃ、びっくりも動揺も、それから、顔の良さに照れもするじゃん。
「と、轟くんは、私が好き、ってこと……?」
「ああ、好きだぞ」
いやそんなサラッと。私にしてはめちゃくちゃ吃った疑問に、なんの含みもなく答えられたら敵わないわ。まじか。まじか〜……。そうなのか。いや、ええ。本気で動揺している私を他所に、轟くんは熱の入った表情のまま、私を見つめて離してくれない。それどころか、形の良い唇が、追撃を放とうとしてきている。
「緩名、前言っただろ」
「……な、なにを?」
私が前言ったこと。どれだ。普段脳直で喋りすぎて自分の発言を全く覚えていないことが仇になってる。やばい。なんかイケメンを惚れさせる一言10選的な事でも言ってしまっていただろうか。記憶にない。
「俺の、友達二号だって」
「……ん?」
「飯田達と話したんだが、緩名は友達一号を緑谷っつったが、緩名が一号なんじゃねえかってなったんだ」
「ん?」
流れ変わったな。やばいやばい、UCになる。やったぜ。
「友達に優劣を付けるわけじゃねえが、友達一号は『親友』に値すんじゃねえか、って緑谷が言ったんだ」
「ほう」
「緩名は友達が多いだろ」
「まあ」
ねえ、今さあ、なんの話してる? これ。あと緑谷くんと飯田くんと轟くん、まじでなんの話してんの? 友達の定義の話を友達同士でしてんの? 衝撃なんだけど。ツッコミのいない空間で会話してるからフワフワしてんのか。今度爆豪くん貸してあげよう。
「お母さんに緩名のこと話したら、その子のこととても大好きなのね、って言ってたんだ」
「お母さんが」
「ああ。俺にとっての親友じゃねえか、って」
「それもお母さんが」
「いや、姉さんだ」
「なるほど、お姉さんが」
……あれ、私告白されてたんじゃなかった? もしかして私アンジャッシュしてた? スラムダンクの最終巻の桜木花道的な勘違いのやつだった? こ、声に出してなくてよかった〜! うっかりイケメンにフォーリンラブ勘違い女の認定をされるところだった。
あぶね〜! 紛らわしいんだよ! いやでもさあ、こんな雰囲気イイ感じなんだから、告白フィーバータイムだと思うじゃん。轟一家、もしかして全員こんな感じにふわふわなんだろうか。今なんの話してる? 混乱してきた。ちょっと爆豪くんにテレフォンしたい。助けて。真面目に。
「だから、俺は緩名の一番になりてえ」
「友達だから?」
「ああ」
「そっかあ」
そっかあ。うん……そっかあ。
一番になりたい、は友達として、が枕言葉に付くのね。なるほど。果たしてそれは本当に友達としてなんだろうか、と思ってしまうけれど、轟くん自身が肯定しているなら、そうなんだろう。なんとも言えない。ただ、強ばっていた自分の身体から、ひゅるひゅると力が抜けていくのを感じた。本当に本気で告白かと思ったからさ。いや、告白には違いないんだけど、ベクトルがちょっと違ったっていうか。
「そっか……」
「今は、俺はまだまだ頼りないかもしれねえ」
私の言葉を、一番になりたい、への濁した返事だと受け取ったらしい轟くんが、ぎゅ、と握りしめた自分の手を見つめる。よく見れば髪と同じ二色のまつ毛が、短く頬に影を落としていた。誰かの一番を、この人生で考えたことがないので、いまいち自分の中に落とし込めていないんだけど、それはとりあえず置いておいて。
「……轟くんが、頼りないなんて、思ったことないよ、私」
そう言うと、唇の端が少しだけ持ち上がって、うっとりとするほど綺麗で、どこか寂しげな笑みを作った。本心なのになあ。だって、轟くんは私よりも全然強くて、USJの時だって、私が手を出す間もなく敵を制圧していた。
「違ェんだ。……ダメなんだ、俺が」
「轟くんが?」
「ああ」
「そっかあ」
まあ、こういうのは本人の心持ち、というか、目標なんだろうか。わからないような、ちょっとだけわかるような。じゃあ私は、応援するしかないのかもしれない。
伸びてきた手が、そっと私の髪にかかる。数日前よりは、ほんのちょっとだけ伸びた毛先を、惜しむように親指が撫でた。緩名、と呼ぶ声が、鼓膜を震わせる。
「だから、見ててくれ。……おまえに、見ていてほしい」
決意したように、挑戦的に笑う轟くんがかっこよくて、柄にもなくドキドキと鳴る心臓を握りしめた。
見ててくれ、なんて。轟くんの意図がどうにしろ、やっぱりこんなん、愛の告白じゃん。
雄英敷地内で焼き芋をしていたのは、経営科の一年生らしい。授業での一環だったそうだ。どんな授業? あの後、轟くんと一緒に匂いの方へ寄り道をすると、たくさんあるから、と数個分けてくれた。クラスのみんなへのお土産にしよう。
「あっつい」
「持つか?」
「もう轟くんいっぱい持ってるもん」
「別にそれくらい平気だ」
ほら、と差し出された手に、アルミホイルに巻かれた焼き芋を渡す。持てないほどじゃないけど、持ってくれると言うのなら任せちゃおう。熱いし。
「……頼ってくれ?」
「そうだな」
「ふふふ、変なの」
頼って欲しい、の方向が絶対違う。やっぱり轟くんって変だ。おかしくなって小さく笑うと、轟くんも釣られたように口角を上げた。なんか、今日の轟くんは表情豊かだ。のんびりと遠回りをしたけれど、いくら雄英が広いとはいえ、十五分足らずで見慣れた寮が見えてきた。もう空は藍色に色を変えて、いくつか星まで見えている。晩ご飯前だけど焼き芋貰ってきてよかったかな。まあ食べれるか、成長期だし。
両手が塞がっている轟くんの代わりに寮の扉に手をかけると、すぐ後ろから声が聞こえた。
「やっぱいいな、こういうの」
「どういうの〜」
「おまえがいんの」
開いた扉から、オレンジの明かりとなにやら楽しげに騒ぐ声が聞こえてくる。いつもよりも甘い声音に振り向くと、端正な顔が、想像よりもずっと穏やかに緩んでいて、数十分前に消し去ったはずの心臓の高鳴りが戻ってきた。……普段顔色の変わらないイケメンのその表情は反則だって。
ふう、と息を吐いて、心を落ち着かせる。平静。それでもまだいつもより鼓動は早いけれど、今言うべきは、そこじゃないだろう。パタン、と轟くんの後ろで扉が閉まった。
「心配、してくれてありがとう」
ずっと言いたかったのは、これだ。言いたくて、言わなきゃいけなかったことだ。ごめん、はいっぱい伝えてきたけど、お礼を伝えることを忘れていたから。うん、と轟くんが頷いて、少しだけ身体を前に倒す。冷たい風に当たって冷えた肩口に、丸い額が押し当てられる。
「俺も……ありがとう」
轟くんのは、なんについての感謝だろうか。わからないけれど、肩に触れた頭の温度に、耳元で消えそうに聞こえた声に、やっと戻ってこれた、と安堵で胸を撫で下ろした。
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