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 クラス対抗戦から一夜明けて。今日は普通に授業だけど、放課後はエリちゃんのところに呼び出されている。実技もないし、体調も、喉も長く喋るのはちょっと疲れるけど、もうほとんど治ったから、ちょっと眠いくらいのまま授業を受けて、あっという間に放課後だ。

「ホークスから荷物が届いてる」
「なんだろ?」

 エリちゃんのところに行く前に、と職員室に呼ばれて、ほら、と開封済のダンボールを手渡された。一応チェック済だ。箱を開くと、なんかまたいろいろ入ってる。甘い匂いが漂って、飴でしょ、グミでしょ、チョコはないけど、マシュマロに、あ、乾き物まで。これは甘くないけど美味しいヤツだ。それから、紅茶に入れるシロップ漬けの氷砂糖。かわいい瓶に入ってるやつ、新幹線で話したような気がするけど、覚えてたんだ。ホークス優秀だな。そういえば、お土産のイカ明太とかはちゃんと先生達に渡した。

「保護しーとだ」

 スマホのやつ。バキバキになっちゃったから、代わりに、ってホークスが買ってくれたやつだ。もう届いたんだ、はや。

「ヘェ、すげェな、今の保護フィルムこんなんなってんのか」
「ね、きょーど、すごいらしい」
「ヒーロー活動向きだな」
「ねー」

 覗き込んできたマイク先生に見せると感心していた。たしかに、先生が言うようにヒーロー活動向きだ。失敗したらいやだし、寮帰ってから爆豪くんにやってもらお。器用だし。

「それにしてもすっげェ大量のスイーツだなァ」
「食べる?」
「いい、いい、自分で食べな」
「ん」

 マイク先生の声が優しいからでれっとすると、先生の視線が険しくなった。マイク先生、顔と声とスタイルがパーフェクトにかっこいいんだよね。エリちゃんたちと分け合って食べよ。

「じゃ、先に、エリちゃんのとこ、行っとくね」
「ああ、俺もすぐ行く。悪いな」
「い〜よ」

 これもやる、と先生から貰ったのは、いちごミルクの飴。かわいい。袋を開けて、そのまま一つ、口に含むと、甘い香りが鼻を抜けていった。ダンボールは解体して、鞄にお菓子と保護シートを詰め込む。ちょっとパンパンになっちゃった。入り切らなかったグミは、手に持った。二つ入りの、大きめの半円のグミ。ちょっと大袈裟なくらいスイートな香りがする。職員室を出て、その一つを持ち上げると、光に透ける綺麗なブルーベリーみたいな紫が、ちょっと心操くんみたいだった。少し固めのこれ、美味しいんだよね。

「あ」

 心操くんみたいだなあ、と思ってたところに、ちょうど心操くんを見付けた。ちょっと遠くだけど、心操くんもこっちを見て、目が合う。へへ、なんか予言みたいで嬉しくなるな。わーっと笑顔になって走り寄ると、心操くんがぶわっと目を見開いて、なぜかその場に崩れ落ちた。え、何事。気分悪い? 具合ダメ?

「……どったの?」
「いや……いや、なんでもない」
「あるくない?」

 廊下に蹲った心操くんが、膝の間に閉じこもるように自分の腕で蓋をしていた。なんでもない、って言ってるけれど、絶対なにかないと廊下で崩れ落ちるタイプじゃないでしょ。セットされた紫の髪の間から、少しだけ見える耳が尋常じゃなく赤くなっている。発熱? よいしょ、と隣に並んでしゃがみこんだ。

「……なにか用」
「いや、みみ真っ赤。ねつとか?」
「……違う。大丈夫だから、ほっといてくれ」
「ええ」

 違うらしい。たしかに、息が荒いとか苦しそうだとか、そういうのはなさそうだ。よくわからん。私は急にワーッ! ってちいかわごっこしたくなる時とかあるけど、心操くんはなさそうだしなあ。

「……ね、これ、あげる」
「なに、それ」
「ぐみ。しんそーくんみたいな、色じゃない?」

 ぽすん、と心操くんの頭の上に乗せると、手探りで取って、紫色のそれをじっと見た。うん、やっぱり目の色と似ている。おいしそう。

「なんか、それ、見てたら、しんそーくん、思いだして、で、しんそーくん、きたから、うれしくなっちゃった」
「……なんだそれ」
「ね〜。へへ、ぐーぜんって、うれしいよね」

 逆立った髪に手を伸ばす。ワックスで固められているから、カチカチだ。もう放課後だし、ちょっとくらい崩れてもいいかな。そういえば、心操くん職員室に用でもあったんだろうか。

「……アンタ」
「んァに?」

 バカァ? って言われるのかと思って身構えたけど、そうじゃないらしい。脳内がアスカに寄りすぎている。

「いや、……ありがと」
「ん!」

 ハー、と深く息を吐いた心操くんが、立ち上がってブンブンと頭を振っていた。わたしも立ち上がって、同じように頭を振る。真似っ子だ。暇なもんで。少し赤みが引いたけれど、それでも普段は血色の悪い頬を蒸気させた心操くんに、ため息を吐かれた。

「廊下は走るなよ」
「うぁい。……せんせーみたいな、こと言うね」

 心操くん、教師もわりと向いてそうだ。



「よっす〜」

 心操くんとバイバイして教員寮へ。入口の前で、エリちゃんと通形先輩、それから緑谷くんが待っていた。

「おねえちゃん……!」
「エリちゃ〜ん、おわっ」

 たたっ、と走り寄ってきたエリちゃんにしゃがんで腕を広げると、がばっと飛び込んでくる。余裕で受け留められるけど、勢いがすごい。よしよしと撫でてそのまま抱き上げると、首にきゅ、と抱き着いてきた。かわいいね。

「かみのけ、」
「ん? 切ったの、どう?」
「……かわいい」
「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しい」

 きっと、エリちゃんも全部、ではないけれど、なんとなくの事情は知っているんだろう。それでも、私の誤魔化しに乗って答えてくれるから、優しくて気遣いの出来る子だ。

「緩名さん、なかなか似合ってるじゃないか」
「そうでしょ?」
「ハハ、かわいいよね! ねっ、緑谷くん」
「エッ!? あああ、あ、はい、そうですね、あの、かわ……い、い……です……」

 通形先輩はともかく、緑谷くんなんて短くなった髪もう見慣れ始めてるだろうに、かわいい、と褒めるのはやっぱり苦手みたいだ。緑谷くんらしい。まあそれは置いといて、くるくるっとエリちゃんを抱えたままダンスをするように回った。

「ふらふら〜」
「? ふらふら〜」

 三半規管は特別強くないので、私はすぐ目が回るけれど、流石6歳、まだまだ最強のキッズなエリちゃんは余裕らしい。ぐらぐらになったままエリちゃんを下ろして、今度は手を繋いで回った。

「ぐるぐる〜」
「ぐるぐる〜」
「子どもって回るの好きだよねェ」
「確かに! 子どもの頃はよく意味もなく回転していた気がします」

 緑谷くんへ。ここに高校生でも無意味に回っている人がいるので、発言には気を付けましょう。

「うぇっぷ、酔った」
「よった?」
「目が、ぐるぐる〜、ってなるやつだよ、エリちゃん」
「おねえちゃん、ぐるぐる?」
「うん、魔法陣、書けそう」
「まほうじん?」

 お絵描き……と思ったけど、道具がないので、今度は魔法を使うファンタジー系ゲームの出番だな。とりあえず今は、別の元で気を逸らさせる。

「エリちゃん、マシュマロ、たべる?」
「マシュマロ?」
「うん。ふわふわ」
「ふわふわ……たべる」
「ふふ。かわいいやつだよ」

 鞄の中から、ジャーン! と取り出したマシュマロ。ホークスから貰った、スマホより一回り小さいくらいのそれは、透明のパッケージにカシャカシャ動く目の形のシールが二枚貼っていて、ちょっとしたモンスター仕様だ。

「割り箸、刺さってるから、お家、入ってから、たべよっか」
「うん」
「はい、ふたりにも」
「ありがとう!」

 エリちゃんがマシュマロを降ると、目玉のシールがカシャカシャと音を立てて動く。なんか、めちゃくちゃ不思議な物を見る目をしてる。スペースエリちゃん。とそこに、足音がして、振り向くと物間くん。

「やほ、はいあげる」
「急になんなんだい君」

 ほい、とマシュマロを持たせると、ハ? 何こいつみたいな顔をされたが受け取ってくれた。なんせいっぱい貰ったもので。

「ゆうえいの……ふのめん……」
「ふっ」
「アハハハ何言ってんのかなこの子ォ! 何言ってんのこの子ォ!?」

 雄英の負の面。正しく情緒不安定を言い表した単語がエリちゃんから出るとは思わなくて、噴き出してしまった。ずるい。通形先輩の後ろに隠れたエリちゃんの頭を撫でていると、先生もやってくる。

「おう緑谷、通形。悪いな呼びつけて」

 私は?

「物間に頼みたいことがあったんだが、如何せんエリちゃんの精神と物間の食い合わせが悪すぎるんでな」
「僕を何だと思ってるんですかぁアハハハハ」

 物間くん、やっぱ先生からも情緒不安定だと思われてるんだな。まあ、思春期だもんね。



 場所を移して、教員寮の共有スペースへ。生徒の寮とは少し違ったつくりになっているが、まあ似たようなものだ。

「おお」

 エリちゃんの手に触れた物間くんから、にょきっと角が生えてくる。すごい。身体的特徴も再現できるの、すごいな。……障子くんコピーしたら腕いっぱい生やせるのかな? 体型や体幹までコピーはできないだろうし、いや、エリちゃんの場合は個性の発動に角が必要だから生えてきた? アンテナ……電池的役割なのかな。個性って奥深い。

「うーん、“スカ”ですね。残念ながらご期待には添えられません、イレイザー」
「……そうか、残念だ」

 エリちゃんの個性をコピー、しようとした物間くんだけど、残念ながらダメだったらしい。やっぱり、充電が必要な個性は難しいのか。コピーの個性も使い方難しいな。便利だけど。

「何でコピーを?」

 物間くんがエリちゃんの個性をコピー出来たら、使い方を教えられるだろう、って魂胆だ。でも、なかなか理想通りにはいかない。エリちゃんがしゅん、と肩を落としてしまった。物間くんが先生をジトッと見上げる。

「困らせてばかりじゃないよ。忘れないで」

 正攻法の慰めは、私よりも緑谷くんの方が向いているだろう。

「僕を救けてくれた! 」

 それから、言葉を続ける緑谷くんに、エリちゃんが顔を上げて、眉尻は下がっているけれど、笑顔になってくれる。よかったよかった。

「私、やっぱり頑張る」

 ぎゅ、と手を握って決意したエリちゃんの隣に、そっとしゃがんだ。次は私のターンだろう。

「それにね、エリちゃんのおかげで……物間くんに、角が生えたでしょ?」
「? うん」
「ほら、イケメンに、角が生えると、二度美味しい、って。まえ、一緒にした、ゲームでも、あったじゃん?」
「……ちー様?」
「そー」
「それ慰めであってるのかなァ!?」
「緩名、おまえいい加減恋愛ゲーム持ち込むのやめろ」

 情操教育には持ってこいじゃない? ネオロマとときメモと薄桜鬼はだいたいの女性が通る道だし……多少はね。

「うん!」
「ほら、エリちゃんも笑顔になったことだし」

 乙女ゲームは禁止らしいので、次はアトリエシリーズにしよう、と心に決めて、エリちゃんとマシュマロを食べた。



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