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緑谷くんに支えられて座っていた身体を、二の腕を掴まれて軽く引き上げれる。見上げれば物間くん。相変わらず綺麗な顔を、相変わらずむっつり歪めていた。なんでオコなん。ほんの少し、形のいい唇が近付いてきて、抑えた声が落とされる。
「……昔はどうだったか知らないけど。今は記録媒体とか、忘れない方法だってなんでもあるだろ。結局は、君が忘れたいかどうなんかじゃないかい」
「……え」
「フン、ああもう、こんなところにいられるか! 僕は帰る」
「ブッ」
「物間く……、緩名さん!」
物間くんの言葉は、多分さっきの私へのアンサー……いや、励ましなのかもしれない。と惚けている間に、顔面にバシンと何かを叩きつけられた。いってぇ。急になんなの、マジで。しばきてぇ。
緑谷くんの慌てた声を聞きながら、かまいたちの夜かよみたいな台詞を上げてからずんどこ帰っていく物間くんの背中を見送った。カーディガン返さんでいいのかな。パクっちゃお。山賊か?
「……あめ?」
「飴、だね。のど飴かな?」
顔面に叩きつけられた物の正体は、どうやら飴らしかった。カンカンに入っている、フルーツのど飴。ちょっと高そうなやつだ。KALDIとかに売ってるタイプの。KALDIにのど飴売ってるかは知らないけど。いや、缶を私のキュートな顔に叩きつけるなよ。かわいい鼻が折れるだろ。
「アイツ、あれで磨のこと、結構心配してるみたいなんだ」
「ほー」
「ええっ、そうなんだ……」
寄ってきた一佳が、少し赤くなった私の鼻を撫でた。心配されてるのなんとなくわかっていた、けど。フーン、物間くん結構私のこと好きじゃん。調子に乗ろ。缶を開け……ようとしたら、これがまた結構固い。力がないと爪折れそうな感じだ。
「あけ〜」
「うん! ……はい、どうぞ」
緑谷くんにぽいっと缶を渡して開けてもらう。人は使っていかないとね、適材適所だ。カコ、と直ぐに開いた缶の中には、色とりどりの小さな粒がかわいらしく収まっていた。ボンボンみたいな。かわいい。少し粉っぽいそれを、ひとつ摘んで口に放り込む。ちょっとの清涼感に、淡い果実の甘み。口の中で転がすと、しゅわ、と溶けていく。
「いる?」
「あはは、物間くんに悪いし大丈夫だよ。晩ごはんも近いしね」
「晩ごはんはビーフシチューだぞ!」
「やったあ! ……そういえば、B組の人たち来てるんだ!」
しゅばっとやってきた飯田くん。タイミング計ってたんだろうか、ごめん。そういえばわりとまじで今更だけど、たしかにB組の子たちがいる。全員ではないみたいだけど。
「磨ちゃんとおしゃべりしたかったノコ!」
「やた〜」
「磨〜、ちょうど良かった。アタシも聞きたいことあったんだよね」
「あ、アレやんね?」
「やっぱ気になるよね。私も昼普通科の友達から聞いてちょっと気になってたんだよね」
アレとは。なんだろう。アレ? 峰田くんに柳さん厳選ホラーの拷問を浴びせていた三奈まですっ飛んできた。身に覚えがなく首を傾げると、ネタは上がってるからね、と肩を組まれる。なんのネタだよ。
そのままソファーの席へ運ばれて、常闇くんの隣へ着席。可哀想に、逃げ遅れたばっかりに女子会に巻き込まれた常闇くんの居心地が悪そうだ。助けを求めてさっきまで一緒にいた爆豪くんや緑谷くんに視線を送るけれど、一人は既に夕食のビーフシチューに手を付けているし、一人は轟くんに捕まっていた。あらま。
「で、ホークスとどうなの!」
「は? ……ああ!」
ホークス。は〜なるほど。そういえば昼に心操くんがなんかそんなこと言ってたな。閲覧まで制限されているわけではないと言え、基本的にSNS禁止のヒーロー科まで広まってるんだ。流石No.2、拡散の勢いが凄い。期待に爛々と瞳を輝かせる少女達に、デマです、と否定しようとしたけれど、そういえばスマホもお絵描きボードもなんも持ってないや。まあ、喉もだいぶ回復してきているので、言葉に出来ないほどでもない。
「デマ」
「え〜! でも、ほら、写真!」
「ねっねっ! 私保存してる」
「あ゙?」
そう言って、きのこちゃんがスマホを見せてくれる。そういえば写真も出回ってたっけ。昼に心操くんが見せてくれたやつは、知り合いじゃ無ければ私だとはわからなそうな微妙なやつだったけれど、これは結構ガッツリ顔出てるな。肖像権〜。
「手繋いでるじゃん!?」
「えっ見たい見せて」
「ウチもそれ見てないかも」
ひょい、と私の後ろから響香まで顔を覗かせる。手を繋いでるのは、なんというか避難誘導というか、介護というか、迷子防止というか……なんかそんな感じだ。ただのノリである。それに、手くらい誰でも繋ぐでしょ。……繋がないかな? そこらへんの感覚若干鈍くなってるからもうわかんない。女の子同士ならするけど、異性とならしないっけ。ヒーローしてたらそれこそ避難誘導の際とか、手に触れることなんてよくあるしなあ。
「うわあ、磨ちゃん、大人や……!」
「でーまー」
声を上げて、百がどうぞ、と出してくれた紅茶を啜る。クランベリーの氷砂糖が入っていて、ほんのりと甘めな、痛む喉に優しい味わいだ。おいしい。
「……そういえば、ホークスから緩名との写真が送られてきていたな」
「ん!?」
「あっ、昨日見せてくれたやつ?」
「ね、あれも距離近かったよね!?」
「肩抱いてたっけ」
まさかの常闇くん参戦である。本気? ホークスから写真送っていいか聞かれてはいたけれど、どんな写真を送ったのかはそういえば知らない。どれ送ったんだろ。顔が盛れてないやつ以外ならなんでもいいよ、って許可出した気がする。A組の子は私の無事を確認する時に見ていたらしい。そっか、だからこんな髪短くなってても、そこまで驚いてなかったんだな。
「あ〜、磨、これはやってるわ」
「やってんね」
「ん」
どれ、と常闇くんのスマホに群がる女子の間から覗き込むと、ガッツリ寝てホークスの肩を枕にしている私と、ホークスの鼻から下の写真。特徴的な髭と翼が写っているからすぐに誰かわかるけれど、なんでそんな匂わせ女みたいな……。ていうか寝顔の写真は聞いてない。盗撮じゃない? あとで文句送っとこ。とにかく、本当に違うので私に残された選択肢は否定する、のみだ。まあ別に付き合ってると思われたところでどうにもならないけど、みんなただからかってじゃれている、みたいなところもあるので。
「ちがう」
「ホントに?」
「あい」
「秘匿は重罪だよ」
「ちあいます」
がっしり肩を掴んでくるのは、響香と三奈。響香、実は結構こういう話好きだよね。そしてこういう時宥めてくれるのは、だいたい百と梅雨ちゃんだ。
「まあまあみなさん、磨さんも否定していますし」
「ええ、磨ちゃんは普段から仲良しな人には距離が近いもの。きっとホークスとも仲良くなれたのね」
はあ、梅雨ちゃん、ラブだな。多少disられているような気もするが、多分私の被害妄想だろう。そう、私が対人距離近いのなんていつものことだし、熱愛記事が出回ったからと言って信じ込まないでほしい。そんなこと言ったらA組の男の子全員と熱愛記事出る。重婚か?
「なーんだ、残念〜」
「でも否定して虚無になってる磨ちゃん面白かったね!」
透、悪魔か? とはいえ、なんとか難は逃れられたらしい。セーフ。
「……あれ、そういえば磨の着てるそれ、物間のじゃないか?」
「えっ!?」
「ん? うん」
一佳が私の羽織っているカーディガンを指さす。落ち着いたクリーム色の、肌触りの良いカーディガン。すごいよね、サラサラしてて地肌に触れても心地よいくらいの生地だ。少し手に余る袖口を鼻に寄せスン、と嗅ぐと、さっきと同じ、物間くんの匂いがする。あの物間が……、とB組の女の子達が目を丸くしているけど、物間くん普段クラスで何してんの?
「……思ってたんだけど、心操ともなんか仲良さげじゃなかった?」
「あっそれ私も思った」
「轟とか爆豪とかとはさァ、普段からイチャついてるから知ってたけど……」
イチャついてはない。断じて。まじで。自分で言うことではないけど、誰とでも距離が近いだけだ。本当に。
「これは追及の必要ありそうだね」
「激論! 磨の本命はいったい誰なのか!?」
「秋の朝まで生討論ー!」
ドンドンパフパフ、と響香、三奈、透がまたなんか始めた。百が気を使ってクラッカーを創造して鳴らしている。A組名物悪ノリ大会だ。B組の子たちがなになに、と興味深そうにしている。もう、好きにしてくれ。私はご飯食べて寝る。
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