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「ヴ……」
「立ったまま寝れるの器用すぎない?」

 やっと最寄りに着いたけれど、途中で飲み足した痛み止めのせいで、ほとんど寝たままホークスに引き摺られて新幹線を降りた。ねぶい。えぐい。しばらくは強制的に身体の回復に個性常時発動状態らしいので、普段より眠気も一入だ。ねむい。寝たい。ふかふかのベッドで寝たい。はい起きてー、とホークスの声が耳元でするけれど、足に力が入らない。今人として一番情けない気がする。三大欲求に素直すぎるんよね。

「仕方なかねー」
「ぐ……」

 ふら、と身体が浮いて、膝の裏を支えられた。うっすらと目を開くと、目の前には肌色。首、かな。いい匂いがするけれど、ヒーローは基本香水を付けないので、ホークス自身の匂いなのかもしれない。昔嗅いだことのある梟はすごい獣の匂いしたけど、鷹はいい匂いなんだろうか。

「はは、かーわい」
「んん」

 少し肌寒くて、無意識に目の前の人肌に擦り寄った。ねむい。雄英から迎えが来るはずだから、そこまで運んでくれるのかな。甘えちゃおう。オールウェイズ甘えたの私だ。やっぱね、人には頼って生きていくべき。なにやらピーチクパーチクホークスが喋ってきているけれど、眠くて全く耳に入らない。鶏肉と水炊きだけ聞き取れたけど、多分聞かなくても大丈夫な話だろう。寝る。

「あ、どうもこんばんは。ご苦労さまです」

 そのままゆらゆらと揺蕩っていると、ホークスが誰かに声をかける。元々乗降者数が多い駅でもないから、そこまで人混み、という感じはなかったけど、周囲から人の気配が消えている。ヒーローや有名人専用の裏口へ、着いたのだろう。そういえば、誰が迎えに来てくれたんだろ。先生の口ぶりから、先生本人は来れなさそうな感じだったけど。

「緩名……ホークス」
「なんだそれ、緩名寝てンのか?」

 いや先生来てんのかい。しかもマイク先生までいる。なんで? ああ、いや連合に襲われた直後だからだろうけど。荼毘、私があの場にいるのを知ってそうな感じあったし。……どっからか漏れてんだろうなあ。やだな。USJの時と、同じような感じなのかな。あ、後ろ向きになりそう。考えるのやめたやめた。
 緩名、と名前を呼ぶ声に、うっすらと顔を上げる。先生の顔。少し安堵したような、……あと、なんか怒ってる? 顔。目が合うと、ただでさえ眠くて脱力していた身体から、ふっと力が抜けた。うあ、やばい。やっぱ先生見ると泣きそうになる。

「おっと。……どうしたの磨ちゃん。帰りたくない?」

 帰りたいのは帰りたいんだけどね。軽くホームシックだもん。でも私にもそれなりに矜持ってもんがあるので、人前であんま泣きたくないのである。愉快な涙なら全然いいけど。ホークスの首にゆるく抱き着いて、顔を埋める。深呼吸。どうでもいい事考えよ。ナタデココ電子レンジでチンするとボンッてなって相澤先生にバカ怒られるんだよね。上鳴くんがめちゃくちゃ怒られててげろ笑った。そらそう。どうでもよすぎる。

「……世話になったな」
「いえいえ〜こちらこそ、大変ご迷惑おかけしまして」

 ホークスと先生のやり取りが空恐ろしい。ヒヤッとする。なんか、冷戦って感じある。こわい。お互いプロヒーロー同士面識はあるみたいだ。

「緩名、起きろ」
「あ、磨ちゃん薬飲んだばっかなんでよろしくお願いします」
「……なーんか、随分と仲良くなってんのなァ?」
「まーそうですね。絆は深まりましたかね」

 めちゃくちゃ適当言うじゃんこの鳥。顔上げれないんだけど。とはいえ、ホークスもこの後東京まで出るみたいだし、いつまでもこうしているわけにもいかない。ぐ、と肩をやんわり押して、ふらふらしながら頭を持ち上げた。心なしか身体も熱くなってきている。移動疲れもあるだろう。

「降りる? ていうか立てそう?」
「ん……」
「いい、こっちでもらう」
「ん、!?」
「へえ」

 ぐい、と引き寄せられて、もう少し高いところで抱き上げられる。マイク、と呼ぶ声が近い。はいよと答えたマイク先生が、ホークスの剛翼から私の荷物と大量のお土産を受け取っていた。私持ちと荷物持ち、ってコト?

「それじゃ、詳細分かり次第そっちに連絡行くと思うんで」
「ああ、頼む」
「じゃあね磨ちゃん。またデートしよ」

 ばいばい、と振ろうとした手を取られて、ちゅ、とリップ音。そのまま、それでは、とホークスは飛び立った。羽が生え揃うまでは飛ばないんじゃなかったのか。……指先に、唇は触れてはいない。キザったらしいフリだ。でも、傍から見たら触れているように見えただろうなあ。先生の腕に力が入って、ちょっと痛い。

「……インターンの受け入れ先から外すべきか」

 怒ってる怒ってる。おこ澤先生だ。くい、と首に巻かれている捕縛布を引くと、ああ、と先生が力を抜いて私を見下ろした。

「喋れないんだったか」

 こくん、と頷く。正確には、喋れはするけど声が嗄れているし、喉が痛むから控えている、だ。あと咳出る。風邪みたいなもんだ。短くなった毛先を、そっと優しく撫でられる。くすぐったさに身動ぎして見上げると、先生の目が猫のようにきゅう、と細まった。

「……あんまり心配かけるな」

 溜め息と共にかけられた言葉に、今度こそ安心感が襲ってきて、持ち得る力の全てで先生の肩周りに抱きついた。持ち得る力が少ね〜。一瞬だけ、背中に回った先生の腕に力が篭る。不可抗力、自分に出来る限りを尽くしたとはいえ、心配をかけたのは事実だ。顎の先に頭を擦り付けると、どこか重たかった空気が少し緩んだ。

「おーおー、よしよし。頑張ったなァ緩名」
「ん」

 マイク先生の手が、柔らかく髪を撫で回す。頑張ったのは頑張った。いや、わりとめちゃくちゃ頑張ったと思う。

「緩名、離れろとは言わんから少し緩めろ」
「激甘だなァイレイザー」
「うるせェ」

 動きにくかったらしい。まあ肩上拘束してるからね。先生なら自力で振り払えるだろうけど、それをしないあたりマイク先生の言う通り激甘ではある。それから、すぐ側に停めてあった見慣れない車に、マイク先生が乗り込む。後部座席のドアが開いて、そのまま座席に乗せられる。シートベルトを止められて、隣に座った先生の肩にもたれかかった。車高はそれなりに高い車だけど、そういえばマイク先生の髪どうなってんだろ。

「……」
「緩名? ガン見してね? やだ照れちゃう」

 邪魔そうすぎる。背もたれにこう、うにょんってなってポキッてなってグギッとなっている。毛先天井スレスレじゃん。おもろ。写真撮ろ、と思ったけど、スマホは助手席に置かれた鞄の中だ。あー。まあいいか。車は静かに発進して、駅を抜ける。外はもう真っ暗になっていた。寝すぎて時間の感覚なかったけど、もう夜なんだ。けほ、と咳が一つ出た。潤いほしい。飴舐めたい。またねむい。先生の匂いに触れると眠くなってくるみたいなとこある。

「……少し熱いな」
「あらま、薬は?」

 横から伸びてきた手が、額に触れる。冷たい。解熱剤、そういえば病院で飲んだのが昼だから、そろそろ切れてくる頃かな。今日いっぱいくらいは、まだ熱が出るだろう、って見通しだ。やだな〜。鞄を指差すと、先生が取ってくれる。

「オイ」

 まずはスマホだ。現代っ子だから。メモを開いて、寮帰ってからにする、と打ち込んだ。お茶の残りが心もとない残量だったもんで。ついでにマイク先生の頭も撮っておく。寝てたから気付かなかったけど、通知がまためちゃくちゃ溜まってる。あーん、後で見よ。ねむい。雄英まで30分かからないくらいかなあ。飴を取り出して、口に含む。あまい。

「あ」
「俺はいい……だからな、」
「そう言いつつ食うのね」
「勿体ねェだろ」

 包みを剥がして先生に向けると、渋々と口に含む。普段あんまり糖分補給してないからね、糖分補給係してるの。今にもくっつきそうな瞼を擦ると、やんわりと先生に手を取られて、膝の上に戻される。目を擦るな、ってことらしい。はい。

「寝ながら食って大丈夫かァ?」
「喉詰まらすなよ」
「ん〜……」

 大丈夫。頬の内側飴が溶けてべろべろになるけど。かろ、と口の中で飴を転がして、先生にもたれかかったまま目を閉じた。



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