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 ホークスの、硬くて少し平べったい指がさわさわと綺麗に切られた髪の先に触れる。その度に髪が揺れて、包帯の巻かれた項に擦れてちょっとこそばがゆくなった。そんな気になるかなあ。

「そりゃあ気になるでしょ。磨ちゃんは許すって言ってくれたけど、かわいい女の子の髪をバッサリいかせちゃったら、ねえ」

 1ヶ月もせずに伸び直すから、髪くらいまあいいか、って感じなんだけどなあ。生きてるし。身体の傷も、まだ今は痕が残っているけれど、もうちょいしたら完全に、綺麗に治ってくれるみたいだし。似合わない? と聞いてみたら、ホークスが親指で頬を優しく撫でた。

「かわいい、よう似合っとう。巻いてんのもいいね。長いと大人っぽかったけど、短いとあいらしか」

 ……く、口説かれた。照れはしないけど、ちょっと動揺した。だって、ホークスの考えてることあんまり分からないんだもん。事ある毎に結婚する? とネタ振りされるけど、瞳に熱っぽさもない。でも、嫌われてはなさそうなのでいいか。うん、いい。私かわいい。魔法の呪文だよね、私かわいいって。まあ、だから。そんなに気にしないでも大丈夫だってことだ。

「……磨ちゃんは、優しいね」

 そこだけマジっぽく褒めるの、照れるからやめろ!



「いやあ、予防接種に来た犬みたいですね」
「手首は怖がる人も多いんですよー」

 トントン、と看護師のお姉さんが私の手首の血管を叩きながら、呑気にホークスと会話する。まじで無理、怖い。今日中に帰るために、喉の腫れへの抗生剤を点滴するらしいんだけど、どうやら血管の調子が悪いらしく手首で、ってことになったのだ。怖いって。昨日もそうだったらしいけど、昨日は寝ていたので知らない。いや、むり、怖い。ひい。なんでホークスが見てるのかも謎だけど、そんなんどうでもいいくらい怖い。あーやだ。針こえぇ。変わって欲しい。まじで荼毘、一生許さないかんな。

「……そんな怖い? 抱きしめてあげよっか? なーんて」

 あまりにも怯える私を見て、面白げにホークスが近付いてくる。ありかもしれない。針は見たくない、なるべく存在も認知したくない。うん、それでいこう。ギリ手の届く位置にいるホークスの服の裾を掴んで、緩く引き寄せた。エッ? て顔をされたけど、気にせずそのまま腰に抱き着いて、意外と硬い腹筋に顔を埋める。

「えっ」
「あらあら、仲良しですね」
「ああ、いや、ハハハ。……これオフレコでお願いします」

 No.2の懇願に、はーい、と軽く返すお姉さんはなかなかに強者だと思った。



「さて、じゃ行こっか。忘れ物なか?」
「ん……」

 忘れ物、というほどそもそも荷物がない。だいたいの荷物は送り返されたからね。スマホ、ヒーロー免許とか学生証が入った財布とハンカチ、処方された薬をハンドバッグに入れた。薬がまあまあ多い。ああ、あとのど飴。なんかホークスがいろいろと買ってきたものは、ホークスが持っている。服までホークスプレゼンツだ。首の包帯を隠すためのタートルネックはありがたいけど。

「はい」
「?」
「はぐれたら困るでしょ? ……わ、凄い顔」

 はい、と差し出されたのはホークスの手だ。え、繋ぐ必要ある? はぐれないでしょ。明らかにからかい混じりだもん。顔が。けどホークス一応護衛をしてくれるらしいからなあ。まあいいか。大人しく手を繋いで歩き出す。とはいえ、駅までタクシーだ。やっぱり必要ないじゃん。
 病院から駅までさほど遠くはないので、5分くらいで駅の裏手で下ろされた。食べ物の匂いがする。美味しそうだけどちょっとウッてなった。あ、ラーメン食べたかった。無念。

「お土産買う?」
「!」

 買う。福岡って食じゃん。あ、爆豪くんに明太子買って帰ってあげよ。イカ明太も美味しいんだよね〜お酒が欲しくなる味してる。先生たちに買っとこ。ホークスのオススメもちょこちょこ買って、定番のお菓子類も詰んで、レジに……と思ったら会計まで終わらせてくれた。えっ最高。結婚しようかな。やった〜。

「磨ちゃん現金だね〜」

 ワッハッハ、とホークスが笑っている。人は金の前に無力なり。諸行無常。生きるためには必要だからね。
 結構な数のお土産を買い込んで、新幹線へ乗り込む。雄英の最寄りの新幹線駅まではだいたい4時間ちょっとかかる。流石にNo.2の移動ともなればグリーン車だ。行きもそうだったんだけど、エンデヴァーさんはちょっとミチッとしていた。かわいい。平日の昼過ぎ、上り方面とはいえ人が少ない。少なくとも周囲には全然いない。配慮もあるかもしれないな、これは。

「ん? アイス? 好きやねえ。俺も食べよ」

 くい、とホークスの袖を引く。車内販売のバリカタアイス、なんか新幹線限定だと思うと食べなきゃってなるんだよね。バリカタ過ぎて大阪東京間放置してもまだ溶け残るくらいの強さを持ってるし。イチゴ味にした。ホークスはオーソドックスなバニラだ。あったかいお茶と冷たいアイス、痛む喉に最高だ。固形物を嚥下すると痛いから、人間の食事ほぼ取れてないからね。流れるものしか食べれない。バリカタアイスうま。かた。にしても4時間か、暇だな。多分そのうち寝落ちるけど。
 とりあえず、眠っている間に着ていたメッセージへの返信をしていこう。先生には最寄りへの到着時間を送っておいて、A組のクラスグループに生きてま〜す、とピースを送っておく。まだ授業中だし、今のうちに、とえげつない事になっている個人メッセもとりあえず既読だけ付けていった。グループのないねじれちゃん先輩や一佳、心操くんには個別で返しておく。

「うわ、バキバキじゃん」

 ホークスが私のスマホの画面を見て驚いていた。そうなんだよね〜。もう保護シート外そうかな。指の腹に当たる感覚がひび割れててゾワゾワするし。返信作業を一旦止めて、ペリペリとフィルムを剥がしていると、ホークスのスマホを見せられる。ガラスコーティング、へえ、塗るタイプもあるんだ? これいいよ、とホークスにオススメされたのでうんうんと頷くと、そのままポチっていた。雄英に届けてくれるらしい。やっぱ貢ぎ癖ない? すっぴんになったスマホのメモに、ありがとう、と打ち込んでホークスに見せた。

「じゃ、連絡先、交換してくれません?」

 ナンパで草。そんなんなくても普通に交換するのに。QRを読み取って、連絡先を追加する。背景なんにしよ。鳥っぽいの……と探していたら、隣からカメラを向けられる。反射で閉じた目の上にピースを当てる。写真撮る時未だについピースしちゃうんだけど、若干年代出るよね。どうせなら、と並んでインカメにしてツーショを撮った。ちゃっかり肩に手が回っている。背景これにしよ。

「あ、これツクヨミくんに送っていい?」
「ん」

 そういえば常闇くんはホークスのインターン生なんだよね。鳥仲間じゃん。生存確認を急かされていたらしい。あったかいお茶の近くで溶かしながら食べていたアイスも、そろそろやっと底が見えてきた。眠い。ぬるくなったお茶を太ももに挟む。ぬくい。ねむい。岡山あたりまでトンネル多いんだよなあ。耳がキーンってするから、飴舐めながら寝るに限る。リクライニングを少し倒して、はちみつの飴を口に含んだ。ふわ、と目にそっと乗った柔らかい感触は、ホークスの剛翼かな。うすく目を開けると、オレンジが見えて、もう一度目を閉じた。



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