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 あっという間に時は流れて、いよいよ文化祭当日だ。昨日はリハの後すぐ寝たから、スッキリ8時間寝れた。忙しいとおやすみ三秒になれるからいいよね。時刻はまだ6時にもなっていない。朝練があるにしても早い目覚めだ。二度寝すると調子悪くなっちゃうから、一回目覚めた時にそのまま起きるのが吉だ。分かってはいるんだけどね。寝ちゃうよね。

「あれ、おはよ」
「ああ、緩名か。おはよう」
「寝癖付いてる」
「お」

 共有スペースに降りると、冷蔵庫の前に轟くんがいた。まだ起きてすぐなのか、まんまる頭の後ろが少し跳ねている。萌えキャラか? 指摘をすると、自分で直す気はサラサラないらしく立ったまま首を傾げて、頭を差し出してきた。ぴょいんと跳ねた妖怪アンテナをちょちょいっと直す。髪質まで素直。まあ、どうせ今日はあとでセットとか……轟くんはしないか。演出組だったわ。

「お茶いれるけどいる?」
「イチゴのか?」
「そう、イチゴのやつ」
「飲む」
「おけ〜」

 最近ハマってる、イチゴの緑茶だ。珍しいけど美味しいんだよね。温度は少し低めに入れると、イチゴの甘さが引き立って美味しい。

「起きんのはやいね」
「ああ、目が覚めちまった」
「楽しみだったんかな」
「そうかもな」
「おっ、甘えたですか?」
「ああ」

 お茶を放置プレイで蒸らしていると、轟くんの顎が肩に乗ってきた。甘えただ。なんか最近甘えてくんだよね。私の行動の真似をしてるような気もするけど、末っ子っぽさ出てきてもいる。
 そろそろいいかな、とポットからマグカップにお茶を注ぐと、甘くていい匂いがふんわり広がった。朝って感じ。ほい、と轟くんのカップを渡すと、ありがとう、と受け取った。ソファへ向かって歩き出すと、カルガモみたいに後ろをついてくる。かわいいな。真横に座った轟くん。それなりに広いソファだけど、なんか近い。いいけど。

「楽しみだな」
「ね。いっぱい練習したし、成功させようね」
「そっちもだが……ドレス」
「ドレス? ……あ〜、ミスコンの?」
「女子に、当日まで見んなって」
「そういえばなんかダメー! ってされてたね」

 そういえば、ミスコンのドレス、試着とかヘアメイク合わせる時に何度か着はしたけど、男子禁制! って立ち入り禁止にされてたな〜。感動が減る、だそうだ。初見って一番楽しいから、気持ちは分からんでもないけど、その対象が自分だと思うと若干複雑だ。スパイディとかなら分かるんだけど。記憶を消してもう一回NWH観たいもん。
 カップをテーブルに置いた轟くんが、指先で私の髪を滑らせた。ミスコンに向けていつもより丁寧にケアされた髪は、するんと指を滑り落ちる。それを見て、轟くんが笑みを溢した。

「楽しみだ」
「ほ……」

 ポツリと落とすように、一人言みたいに呟いた言葉。向けられた笑顔が綺麗すぎて、もうミスコンの優勝轟くんでいいじゃん、って気持ちになってきた。そんな柔らかくて暖かい顔向けられたらさあ、なんかもうのわーってなるんよ。一旦待って。タンマ。

「ちょっと待って」
「? なにをだ」
「いいから、ちょっとタイム。ちょっと待ってて」
「わかった」

 不思議そうに了承する轟くんから一度離れて、いつの間にか女子寮の柱の陰からこちらを伺っていたピンク色を捕まえる。なんかチラチラ角見えてんなあって思ったんだよね。でもいい、ちょうど良かった。ニヤついている三奈の腕を取ると、そこでようやく存在に気付いたのか、お。と轟くんがちょっとビックリした声を上げた。今かい。わりとさっきから目立ってたよ。

「朝からお熱いことで」
「や、違うから。これさあ、どう答えるべきだと思う?」
「えーっ、アタシはもうそんままガッ! と行ってチュ! 頑張る! でいいと思うんだけど」
「いや轟くん絶対そんなつもりないでしょ。そも付き合ってないし」
「やー! でも轟磨にはわりと特別な感じしない?」
「初めての女友達だからね。友達2号だからだよ」
「えー」

 柱の影に二人でしゃがんで膝をつき合せる。相談タイムだ。なんの? 轟くんの天然の畳み掛けの。プクッ、と三奈が頬を膨らませる。その手には振り付けやライブの流れを書いたノート。確認のために早起きしたんだろうな。でも今は脳内恋バナに占められてるっぽいけど。

「ま、普通に頑張る応援しててね、でいいんじゃない?」
「それもそっか。行ってくる」
「てら〜」

 グッと親指を立てられたから、立て返しておく。女子高生特有のこういうノリ、いいよね。好きだ。

「お待たせ」
「芦戸起きてたんだな。何してんだ?」
「ん、あ〜あれは趣味だから気にしないでいいよ」
「そうか」
「うん。……ミスコン、頑張るね」
「ああ、頑張れ」

 正解だったらしい。最近の轟くん、乙女ゲームの世界だったら横に好感度のハートマーク見えてそうで油断ならないんだよね。転生したらヒーロー育成学校舞台の乙女ゲームのヒロインでした、みたいな。売れそう。なんせ轟くんのビジュがいい。

「緩名」
「……ん、なに」

 別のことを考えていたのがバレていたみたいだ。名前を呼ばれて引き戻される。轟くんの、少し熱い手が、サラ、と私の前髪を掬った。思わず身体を引くけれど、ソファの肘置きに背中がぶつかった。近いんよ。

「おまえも、跳ねてる」
「ワ……」
「かわいいな」
「ワア……」

 こういう時、どんな顔をすればいいか分からないの。ちいかわになればいいと思うよ。恋愛を捨てたつもりもサラサラない女なので、普通にこんなんキュンしてしまう。最早ギュン。轟くんってガチ無意識なんだろうけど、私のこと好きなのかな? って思うような行動取ってくるの、私よりよっぽど小悪魔だと思う。

「……そういうの、あんましない方がいいと思うよ」
「緩名以外にしねぇよ」

 悔し紛れ、照れ隠しに言った私に、そう言って笑う轟くん。脳内でピロン、と好感度アップの幻聴が聞こえた。やっぱ乙女ゲームか?



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