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放課後、廊下をスキップしていると見慣れた後ろ姿を見つけた。紫の髪に、少し猫背気味の背中。
「あにゃ」
「……ああ、緩名か」
「やほ、なにしてんの〜? 今暇? お兄さんかっこいいね〜ホストとか興味無い?」
「雑な絡みやめたら」
「つれないひとぽん」
「アンタはなにしてんの」
「素無視された」
私はただのお呼び出し後なだけだ。悪いことはしてない。インターンのレポートをね。文化祭準備もあって最近はあんまり行ってないけど、提出物はあるのだ。トトッと隣に並ぶと、心操くんは私に合わせて歩くペースを落としてくれる。ア〜イケメン行動。脚の長さが違いすぎるので。
「校外活動のね、ちょっとあれがそれであれだったんよね」
「ああ、ネットニュースに上がってたやつ」
「え、見た?」
「見たよ。……緩名のこと、ウチのクラスでも結構話題になってるから」
「そっかあ」
普通科の人、確かによく声をかけてくれる。最近は文化祭、ミスコンが近いのも理由の一つかもしれない。
「……羨ましい?」
「そりゃまあ。でもすぐ追いついてみせるから」
「んふふ」
心操くん、ギラついてんなあ。手には小体育館の鍵を持っているから、今からまた特訓にでも行くんだろう。前からそんなに先生と心操くんの特別レッスンに参加することが多かったわけじゃないけど、私のインターンが始まってからはめっきりだ。よし。
「今日は自主練? おひとり?」
「ああ、まあ」
「じゃ、手合わせしよ〜」
おひとり様みたいだし、一緒してもいいよね? のノリで言うと、キョトンと目を見開かれた。幼顔〜。
「アンタ、忙しいんじゃないの」
「や〜まあ忙しいっちゃ忙しいけどさあ。やる事あるけど暇な時ない?」
「まあ、分かんなくはない。……正直、一人だったから付き合ってくれんなら助かるけど」
「よっしゃ〜! んじゃゴーゴー」
とんっ、と身体を軽くぶつけると、ここ数ヶ月で見違えるように鍛えられた身体はふらつきもしない。成長、っていうより努力の成果だなあ。スキップを止めて普通に歩きだそうとした、ら。
「あれ」
「……なに」
「や、歩き方ってどうやるんだっけ。え、膝伸ばす? 伸びる? 曲げる? 待って忘れた」
「は?」
「ちょっと心操くん歩いて」
「あんた馬鹿なの?」
「前から思ってたけど心操くんって若干アスカみたいな話し方するよね」
「どのアスカだよ」
心操・アスカ・ラングレー。ありそう。歩き方分かんないからなんかカクカクしてるかも。たまに忘れるのあるあるだよね。
借りた体育館に付いて、軽く身体を解す。ジャージ持ってたからタイミングよかった。ラッキー。ルールは個性使用なし、サポートアイテムはありの単純な殴り合いだ。シンプルイズベスト。
「心操くんのクラスなにすんの?」
「心霊迷宮」
「……戦慄?」
「心霊」
「え〜こわいやつかあ……私ホラー苦手なんだよね」
「え」
「えっ」
え、って何。え?
「なに?」
「いや、緩名って怖いものとかあったんだ」
「ねえ待ってそりゃある〜! disられた?」
「イレイザーへの態度見てたら怖いものないのかと思うよ」
「それはそうかも」
たしかに。人への態度、アレな自覚はあるけどもう性分だから直せない。言うてもね、人並みに怖いものいっぱいある。注射とか虫とかホラーとか、たいていの人間が怖いものは怖い。
「心操くんおばけ?」
ひゅっ、と軽く拳を繰り出しながら問いかけると、一応、と返事が返ってきた。前お付き合いした時よりも格段に動きが良くなってる。私もインターンとか、外部で経験を少し積んだから、前までとは違うんだけどね。
「よっ」
「っ、おも……!」
「禁句〜」
「この……っ」
「あぶな」
肩に飛び乗ると乙女の禁句を言われてしまった。おこだぞ〜。首に足を絡ませて軽く投げ飛ばそうとすると、捕縛布がシュッ、と飛んできた。まあ先生ほどの勢いも正確性もないので、手のひらで軌道を変えて逸らす。
「捕縛布、苦戦してるね」
「嫌味な笑い方だな……!」
「ふふっ捕まえてごらんなさ〜い」
何度も捕縛布が私を捕まえようとするけれど、なかなか上手くいかないようで、だいぶ苦戦している。静止物に対してなら上々らしいが、動く物相手だとまだなかなか、といった様子みたい。まあそんなすぐ上達するのもね、難しいよね。千里の道も一歩から。
「つっかま〜えた」
「……」
飛んできた捕縛布を利用して転ばせた心操くんのお腹の上に座ってマウントポジションを取る。完全勝利S。悔しげに歪んだ口元を、掴んだ捕縛布の先でちょいちょいとくすぐった。鬱陶しそうに顔をそらされる。ふふん。勝者は敗者を意のままに出来るのだ。氷のエンペラーもそう言ってた。
「、ちょっと」
「ん〜?」
「ん、じゃなくて、!」
心操くん、いくら捕縛布にまだ慣れてないとは言え、ロボ相手だともうちょいマシなのに、見た目自分より弱そうな人相手だとちょっと躊躇ある感じするんだよね。分かるけど。身体に乗ったまま胡座を掻いて、心操くんの胸の上に頬杖を付いた。ギョッとされる。多分距離が近すぎるからかな。
「対人の距離、慣れてた方がいいよ」
「……いや、これは違うでしょ」
「冷静〜」
シンプルに否定された。まあそう。まあそうなんだけど、主に救助訓練とか、戦闘訓練とかはもうゼロ距離なことが多いから、ヒーロー科の人間って基本的に対人距離近いんだよね。私はその中でもバグってる方だけど。人に直接攻撃を加えること、難しいよね。
「抵抗ある?」
「……ない方がおかしいでしょ」
「そうねえ。私も結構躊躇はあったかも。ま、慣れるよ」
そう言うと、少しの間を置いて、ハア、と溜め息を一つ零した。
「どしたの」
「分かってはいたけど、やっぱり遅れてんな、と思って」
「お……まあ、戦闘面はそうかも」
「ハッキリ言うね」
「心操くんオブラート求めてないでしょ」
ヒーロー科、ヒーローになるために入学前からそもそも身体を鍛えてきた人も多い。爆豪くんとか轟くんとか、尾白くんとか砂藤くんとか。個性の影響もあるけどね。心操くんも私も、直接戦闘向きではないとはいえ、向いてないから、で避けれる程ヒーローが甘くないのは、よくよく理解している。心操くんも、個性柄嫌というほど向き合ったんじゃないんかな。詳しいお話はなんも聞いてないから憶測だけど。まあ、とにかく頑張る、ってことだ。
「対人格闘課題同士、頑張ろ〜」
「ん。……それと、いい加減退いて」
「ふっふ、退かしてみて」
「うるさ」
「ンだ、と……」
返事をした瞬間、ピキ、と身体と思考が固まった。
「はっ」
意識が戻る。目の前には高い天井。すぐ側には心操くん。あ〜やられた。殴り合いの勝敗着いてたから、個性で普通に退くように指示されたっぽい。心操くんがニヤッと笑った。あ〜! でも洗脳されてる感じ、ちょっと楽しいな。
「洗脳、初めてかかった」
「そりゃ結構」
「ちょっとたのし〜……って言ったら怒る?」
「怒、んないけど……」
「けど?」
「……緩名って変だよね」
「なにそれ、おもしれ〜女ってこと?」
「そういうとこ」
「なにが!?」
心操くん、個性コンプ若干あるらしいし失言かな、って思ったけど、なんか一人で納得されて終わった。気分悪くはしてないっぽいしいいか。グルグルと肩を回しながら立ち上がる。
「もう一回やる?」
「やる」
「よしゃあ〜」
即レスだった。それから、二回だけ手合わせをした。
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