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「焼きそば食べたい」
「ライブとミスコン終わってからね」
「遠〜!」
AM09:00。マイク先生のブチアゲアナウンスと共に雄英祭が開始した。うちのクラスは演し物トップバッターだから、体育館で控えて準備だ。いろいろ設営とか入場とかで扉が開く度に、外の出店のいろんな匂いがする。焼きそば食べたい。朝リンゴしか食べてないんだよ〜。
「お祭りの焼きそばってなんか食べたくなるよね」
「分かる分かる! 海とか祭とか食いたくなるよなー」
いかにもお祭り好きそうな切島くんの同意も得られた。一パック丸々はいらないの、3口くらい食べたいだけ。サンクチュアリだ。ハ?
「ライブもだけどミスコンも楽しみだよ、俺は」
「え、うれし〜緊張〜」
「してないっしょそれ」
「ええ、してるしてる」
瀬呂くんが肩に腕を回してきた。何気スキンシップ多いんだよね、この人。高さ関係が丁度いいっぽい。いいけど。
「言ってドレスどんなか知ってるじゃん」
「いやいや、カタログと実際着てんの見るのでは違うデショ」
「まあそれはそう」
「俺の緩名が全国区になっちゃうな〜」
「私は常にワールドワイドなんですけど〜」
いつから瀬呂くんのものになったんだ。世界レベルなんだけど? 僕の恋人はこの国さ。細長い指先が、下ろしている髪を掬っていく。感触を確かめるみたいに髪に触れてくる瀬呂くん。楽しいみたいだから好きにさせておく。
「お腹すいたわ」
「食べてないの?」
「ん、りんご食べた」
「アラ、かわいいね」
「でしょ。キュートなうさぎちゃんだから」
「緩名それは乗りすぎだわ」
「図に?」
「ソウソウ」
「手厳し〜」
顔を見合わせて笑っていたら、三奈にイチャつくなと注意された。イチャついてはないんだ。距離近いだけで。
「ねえ、てか緑谷遅くない?」
「あーね、買い出しだっけ」
「そうそう。あ、相澤先生!」
三奈に言われて、緑谷くんがまだ帰ってきてないことに気付いた。本当だ。三奈と飯田くんが相澤先生に相談している。またなんか厄介事に巻き込まれてないといいけど。緑谷くんってなんか巻き込まれてるイメージあるよね。あ、エリちゃん来た。
「エリちゃんおはよ」
「おはよう、おねえちゃん」
「よく眠れた?」
「うん」
ライブの衣装を着てしまったから、しゃがむと皺になっちゃいそうなので、膝に手を付いて視線を合わせた。物珍しそうにジッとエリちゃんが見上げてくる。かわいい。
「ふわふわ」
「スカート? パニエで膨らんでるんだよ」
「ぱにぇ?」
「ンッ」
「かわい……」
「?」
舌足らずにぱにぇ、と発音したエリちゃんに、近くにいた通形先輩まで被弾した。かわいすぎると声出なくなるよね。分かる。触っていいよ、と手を導くと、おそるおそるスカートをポンポンと弾ませる。今度エリちゃんのお洋服、クラロリにしようか。カードキャプターエリちゃんになろうね。封印解除。
AM09:59。幕の内側で待機をすると、フッ、と客席の照明が落ちて、ライブ前特有、始まる直前の、あのソワソワした雰囲気が伝わってくる。イイネ、楽しみ。片手を上げたポーズのまま、幕が広がっていく。ざわめきが大きくなって、緩名ー! と声援を送ってくれる声もいっぱい聞こえてくる。かわいくて笑いそうになるからやめてほしい。
背後から聞こえる、ド派手な爆破の音で、ライブ開始だ!
「よろしくおねがいしまァス!」
響香の声。緊張吹っ飛ばしてんな。チラチラ視界に入る一人だけ一生ロボットダンスしてる飯田くん、マジでツボでめちゃくちゃ笑顔になっちゃう。ダンスは三奈にきっちりみっちり仕込まれたから、不安はない。ぴょん、と飛び上がると、同じように反対で飛び上がった三奈が見えて、横目に視線を合わせて、笑い合う。楽しい。
1サビ終わり、青山くんと緑谷くんの見せ場を無事終えて、会場中に張り巡らされた氷の道へ飛び乗った。走る、というより滑りながら、弱めのバフをキラキラと振りまく。切島くんが削っていく氷と私のバフが合わさって、青山くんのレーザーで凄いことになってる。綺麗。
「緩名さーん!」
「はーい」
「キャー!」
名前を呼んで応援してくれる人達には、特別に強めに光らせてあげる。ファンサ大事。お茶子ちゃんが浮かせてくれた人たちを、瀬呂くんのテープで安全確保。響香がアドリブを入れて、会場の盛り上がりは最高潮に。
視界の端に、両手を上げて大きく口を開けて笑うエリちゃんが見えた。じんわりと、感極まったように泣き笑いしている通形先輩。私も泣きそう。いいな、文化祭。楽しいな。
「おっつかれー! もー最高だったー! ごめん、磨と先抜けるねー!」
「片付けまかせた〜」
「任されたー!」
「おー、行ってこい」
「頑張れよ〜」
「磨さん! 私もすぐに行きますね!」
「あ〜い、待ってる」
ライブが終わっても、余韻に浸る暇もなく、三奈に腕を取られて駆け出した。あ、緑谷くん怒られてる。そりゃあね。ミスコンまで、そこまで時間があいているわけじゃないから、わりとダッシュだ。なんせ昼一だし、1回シャワー浴びたいし。あと天一のラーメンも食べたい。私達より演し物の順番が後な一佳はもう先にミスコン準備してるって言ってたな。
「楽しかったね」
「ねー! またやりたい!」
「ね」
ライブ、成功も成功だ。私達は終わってからの見てくれていた人の反応をあんまり知らないけど、手応えはバッチリだ。他のクラスの演し物を見れないから、比較は出来ないが、めちゃくちゃ盛り上がったんじゃないかな。
「ん、シャワー浴びてくる」
「オッケー、アタシメイクとか準備しとくね!」
「ありがと〜愛してる〜」
「アタシも〜」
寮まで戻るのは時間がかかるので、学校のシャワールームでシャワーを浴びる。なんか部活っぽくていいよね、これも。ロマン。準備室もシャワールームの近くを用意してくれたしありがたいことだ。汗を流してリセットしたら、いよいよミスコン、女の戦いの開幕だ。
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