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「サー!?」

 慌てて跳び寄った。酷い怪我だ。着地したお茶子ちゃん達の横に座って、トゲが刺さっているサーの腹部に手を当てる。ダメだ、出血も傷も大きすぎる。意識を保っているのがおかしいくらいだ。無線で救急隊員さんにサーの状態を伝えて、応援を呼ぶ。輸血が無いと無理だ、このままトゲを抜いたら失血死してしまう。けど、この状態だと確実に内臓器官が損傷しているだろう。じわじわと流れ出す血を止めるために、サーの体内の進みをデバフで遅くする。

「ちょっ、大人しくしててくださ、」
「ナイトアイ……」

 そんな状態だと言うのに身体を起こしたサーに、お茶子ちゃんが問いかけた。

「デクくんが殺されるって……? 本当……ですか」
「は、?」
「それが私の“見た”変えようのない未来──。だが……これは……」

 緑谷くんが殺される。サーの個性で見た未来は、変えようがない、と言っていた。血の気が引いていく、けれど、唇を噛んで遠くのことを考えそうになる意識を戻した。口の中に血の味が滲む。最悪。

「あんまり喋らないで、意識を強く持って」
「ビアンカ! サーは!」
「こっちです!」

 サーに呼びかけた直後、救急の人達が到着した。担架に乗って運ばれるサーに続いて、私も臨時の救護テントへ。けれど。

「君はまだ……やることがあるだろう」
「っでも、サーは、」
「ビアンカ」
「……はい」

 聞き分けのない子どもに言い聞かせるように、名前を呼ばれる。サーの目を見て、察してしまった。……サーの怪我を目にした時から、分かっていた。私の個性では、もうどうしようもないと。腹部に空いた穴を、損傷した臓器を、死んでいてもおかしくない人を治せる程、力があるわけではない。手遅れの人に時間を使うよりも、助かる命を拾っていく方が、合理的に決まっている。歯痒い、とはこういう時に言うものだ。また、私は何にも出来なかった。いや。

「っし」

 バシン、と力を込めて自分の頬を叩く。落ち込んでいる暇はない。そんなの後だ、後。怪我人はまだたくさんいる。使えたら使ってください、と回復力向上のバフを置いて、その場を後にした。



 呼んでおいてもらったので、救急車は直ぐに続々到着した。治崎や八斎會の幹部は、どうやら無事確保出来たらしい。良かった。

「通形先輩! 天喰先輩!」
「緩名さん……」

 わあ、二人とも酷い怪我だ。痛そう。軽く様子を看て、うん、これならだいたい治せる。ヒビの入っている顔面は少し時間がかかるだろうけど、ないより全然マシだ。通形先輩は意識はないが、命に別状もない。良かった。

「無事! よしオッケー!」
「嵐のような人だ……」
「え!? なに!? またあとで!」
「破天荒……」

 天喰先輩の声、ほとんど聞き取れなかったけど、とにかく怪我人が多いので、走り回る。無事に保護された女の子、エリちゃんは、救急隊員の方が預かっていた。呼ばれなかったので、私の手は必要ないんだろう。パッと見たところ怪我もない。個性の使いすぎの発熱だろうか。そうなると、あんまり私じゃ役に立てない。

「緑谷くん!」
「緩名さん」
「あ、無事そう! オッケー! じゃあ!」
「はは、張り切ってるなあ……」

 派手に暴れてたのに傷一つないんだけどなんで!? 最強になったのかな。緑谷くんすげー。前線に出ない私は今からが本番みたいな所あるしね。

「ギャー! 先生!? 黒づくめだ!」
「そりゃいつもだ……」
「そうだった!」
「元気ね磨ちゃん」

 先生のは肩の刺し傷が少し深い。うわ、血はだいたい止まってるけど、これは縫わないとダメだな。一応軽く塞いでおく。

「痛い?」
「そうでもないよ」
「よかった」

 ぎゅ、と軽くハグをしておく。なんでって? 私の心の安寧の為だ。あ、先生がびっくりしてる。ウケる。びっくり顔の梅雨ちゃんもぎゅっと抱きしめた。すぐに背中をポンポンされる。やめて、それ泣くから。

「じゃまたね!」
「ええ、気を付けて」
「梅雨ちゃん達もー!」
「なんだアイツ」

 お口の悪いロックロックさんも、刺されてはいるが無事に急所は外れてる。良かった。比較的軽傷……ではないけど、マシだ。張り切りモードの私を見て、何も言わずに少しだけ頭を撫でられた。なに?

「きゃー! 切島くん!? 」
「おう、緩名!」
「打撲と裂傷……なにしたの!? とりあえず治すね!」
「お、おう……どうしたお前」

 テンションがおかしいのは自覚している。浮かれろテンション状態だ。アドレナリンドバドバヤケクソ状態。

「元気やな〜」
「ギャー! 謎のイケメン!」
「? ……ああ、ファットだ」
「天喰先輩! リターンズ!」

 ぬるっと横から登場したのは再び天喰先輩。あなたも自立できてるとはいえ怪我酷いんだからさっさと救急車行かなくていいのかな。

「イケメンやて! 嬉しいこと言ってくれるわ〜!」
「ひゃあ〜磨ちゃん惚れちゃう」
「ファットさん惚れられてもた」
「あっはっは! ……てーい!」
「なぜ……!?」

 シュッとしたイケメンが出てきてびっくりした。それがファットガムさんだと言うんだからもっとびっくりだ。確かに背めちゃくちゃ高い。手のひらを叩きつける、フリでファットガムさんにもバフをかける。ねえ、結構骨折れてない? 全然平気そうにしてるけど。流石プロヒーローだ。

「ファットガムさん、痛みは?」
「ファットでええで! 全然平気や!」
「ファットさん! うん、よかった」
「ビアンカちゃんかわええな〜」
「おっせやろ」
「せやせや」

 あっはっは、とファットさんと顔を見合わせて笑う。どうしよう、好きかもしれない。なんかノリが合う。天喰先輩がドン引きしている。

「じゃ! まだまだ怪我人いるので!」
「オウ! 頑張ってきぃ!」
「はーい!」
「俺んとこもインターンおいでな〜!」
「はあーい!」
「やめてくれ……恐い……」

 天喰先輩が本気で嫌そうだったから絶対行ってやろ。私が複数箇所インターン回ってるのを知っているのは、インターン受け入れ事務所だけだから、ファットさんのとこもそうなんだなあ。そういえばあった気がする。ちょっと楽しみになった。少し前から痛み出した頭を振って、目の前の怪我人へ、個性を発動した。



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