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「ビアンカ、任せた」
「はい。……もっとぎゅっとよって〜いきますよ〜」

 記念撮影時みたいな声掛けだが、ちゃんと真面目な内容だ。相澤先生に任されてしまったし。ぎゅっと寄ってくれた方がバフを展開する範囲が狭くて負担が減るから塊魂して欲しい。現在朝8時を過ぎた頃。死穢八斎會への突入当日だ。

「おお」
「すげえ」
「身体軽ィ!」
「ふ〜」

 それなりの人数いるヒーロー全員に、まあまあ強めに個性強化をかけるの、まあまあしんどい。もう一仕事終えた気分。や、一仕事は終えたか。

「何かあれば連絡する。万一のことがあったら、おまえは自分の身を守る行動を第一にしろ」
「はい」

 私はカチコミには参加せず、八斎戒の屋敷から少し離れた場所で、警察や少数のヒーロー、救急隊と待機。怪我人が出た場合、運び出せそうならこちらへ、無理そうなら後から回収と手当に回る予定。万一、とは敵連合のことだ。分かってはいるが、突入に混ざれないのも、見ていることしか出来ないのもちょっとモヤモヤするよね。回復役がぶっ込んで行って、治癒する余裕なくなりました〜なんてことになったらお粗末で目も当てられないから仕方ないけど。

「本当にコレ持ち歩けるのね」
「便利やなあ」

 主要ヒーローの数人に、回復力向上のバフと身体能力低下のバフをキラキラの塊にして渡しておく。色が違うからなんとなく分かると思う。私のイメージが元になってるからだろうけど、キラキラ光る色がバフなら明るく、デバフなら暗めなんだよね。私の脳みそ単純でかわい〜。

「ではみなさまお気を付けて、いってらっしゃい」
「オウ!」
「うん!」
「ああ。行ってくる」

 お天気お姉さんのごとく笑顔で見送ると、みんなぽんぽんと私の頭に触れていく。いや、なに。カチコミに参加出来ないことへの慰めか? ねじれちゃん先輩、擦るのやめてください。ハゲます。先生が最初に撫でていったせいで、みんなが後に続いたんだ。絶対そう。ヒーローデビューしたら同じように待機が多いだろうし、一々不貞腐れてなんかいられない。普段ならふざけてぶすくれただろうけど、流石にヒーロー活動中は控えている。慣れないとね。怪我しませんように、と願いながら、同じく待機する人達の真ん中に寄った。



「ドンパチやってますねえ」
「聞こえるの?」
「聴力も強化出来るので」
「そう、本当に便利ねえ」

 やることもないので、見知らぬ女ヒーローさんと喋りながら待機する。彼女の個性もサポート寄りのようで、後始末に回ることが多いらしい。便利個性だと感心された。気は抜かないように、でも気を張りすぎても疲れてしまうので、適度にしていなさい、とアドバイスを貰ったので、その通りにする。元から緩いとよく言われるから、ゆるくするのはわりと得意だ。

「ビアンカ、あなたは現場に行きたかった?」
「ん〜……まあそりゃあ、出れるなら出たいとは思うかもですね」
「そう……あなた、大人ね。ヒーロー志望の学生なんて、言い方は悪いけれど情熱が強くて、待機命令を出されたら歯痒い思いをする子が多いのよ」
「あはは、それはそうだろな〜」

 ヒーロー志望の人って、みんな助けたい、って気持ちが強い人ばっかりだ。雄英の、身近な人達しか知らないけど。大人だと多分褒められたんだろうけど、中身が一応大人の経験を持っているから、当然なのかも。普段幼稚園児って言われること多いけど。

「信じて待つのがいい女、みたいなのありません?」
「……価値観で言えば古いけど、まあそうね」

 ジェンダーレスの時代に確かにそれな〜て感じ。けど、ま〜なんだかんだ言ってても、こっちはヒーローの勝利を信じて待つしかないんだから、大人しく待っとこう、ってやつだ。うん。

「慰めようとしてくれてありがとうございます」
「私もヒーローになりたての頃は、待つだけなのが辛かったもの」
「あはは〜、いいお姉さんだ」

 警察の人は指示を出したり慌ただしく動いているのも、余計にあるだろう。待機命令は何もサボっている訳では無い。来たるべき時に力を備えているんだ。
 無線等から溢れる状況を聞くに、どうやら中では分断されているみたい。みんな大丈夫かなあ。一人の怪我もなく、は難しいだろうけど、出来るだけ怪我人が少なく、それでいて死者は勿論0が好ましいよね。

「お」

 大きな敵とドラゴンフォルムのリューキュウさんが浮かび上がっている。お茶子ちゃんかな。みんな頑張れ。ドォン、と轟音が響いて、僅かに地面が揺れる。すごい勢いでリューキュウさんと、資料にあった活瓶力也と思われる敵が叩きつけられた。これ地下貫通したんじゃないの? ただ事じゃない様子を察知。

「ビアンカ! 行くぞ!」
「っはい!」

 名前を呼ばれて、待機していた複数のヒーローも共に現場へ向かう。呼ばれた、ってことは、怪我人、それもまあまあ酷い、が出たってことだろう。ちゃっかり中心に位置しているけど、守られてるなあと感じる。ダッシュダッシュなんだぜ。
 現場付近へは直ぐにたどり着いた。十字路がそれはもうえげつない事になっている。陥没とかそんなレベルじゃない。巨大な穴だ。近付かないように遠目に見ていると、物凄い衝撃と共に緑谷くんが飛び出してきた。ええ……なんかもう訳わからんな。とりあえず私は自分のやる事に集中だ。

「痛いですか? 感覚あってよかった〜。個性使いますよ〜すぐ治ります」

 結構怪我人多い。重傷じゃない人は悪いけど後回しだ。結構出血してるなあ。輸血は救急隊の人へお願いする。

「んぐ」
「何だ!?」
「治崎か!?」

 地面が揺れる。緑谷くんを追って穴から出てきたのは、なんか物凄いことになってる死穢八斎會の親玉、治崎だ。女の子は……緑谷くんが保護してる。

「避難誘導に回ります!」
「ああ!」

 重傷の人の治療は終わった。中軽傷の、直ぐに治せる人は一箇所に固めてもらって、一気にバフをかける。ひぃ〜、反動キッツ。鼻血出るわ。グイ、とコートの袖で鼻血を拭いながら、治崎が暴れ回るので、周辺の避難誘導に加わった。

「タケシ!」
「お母さん、助けに来ました抱えますね!」
「え!? あ、ありがとう!」

 タケシと呼ばれた赤ちゃんとお母さんを軽くして、両手で抱える。土足で入ってごめん。人命優先〜。ちょっと揺れます、と声をかけて、今にも崩れそうな家屋から飛び出した。一般家庭大破壊、許せん。

「保護頼みます」
「了解しました!」
「ああ、ありがとう、ありがとう」
「どいたまです〜タケシくんも元気でね〜!」

 ぴょんぴょんと即席チームアップのヒーローさんと跳ね周りながら避難誘導を行う。見渡せる範囲では怪我人はいない。とはいえ、あまり現場から離れることも得策ではない。

「磨ちゃん!」

 名前を呼ばれて振り向くと、ふよふよと浮かぶお茶子ちゃん。その腕に抱えられている姿を見て、目を瞠った。



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