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 エリちゃんの居場所が確定するまで、私たちインターン組はしばらく待機だ。その間も、学校はもちろんある。食堂を通りがかったら、ボロボロ涙を零す緑谷くんと、励ます飯田くんたちを見付けた。

「……ソバ半玉やろうか?」
「ビーフシチューもやろう」
「ありがとう……」
「キスしてあげようか?」
「ありがと……わー!!!」
「緩名君!」

 熱く微笑ましい友情に割って入るかのように、ぬっと緑谷くんの隣から顔を出す。泣きながら食べると噎せちゃうよ〜。ほぼほぼ私の登場で驚いて、ゴホゴホと噎せている緑谷くんの背中をトントンと叩く。大丈夫かいな。

「緩名、もう食い終わったのか?」
「ん? うん。にしても、ほんとに君達食べる物固定だねえ」
「緑谷君、大丈夫か!?」
「っごほ……だいじょ、ぶ、っゲホ」
「急いで食べたら噎せちゃうよ〜」
「いや、ほぼ緩名のせいだと思うぞ」
「轟くん、手厳しい」
「っはぁ、ありがとう飯田くん、ごめんね緩名さん」
「いいよんよん」

 ようやく落ち着いた様子の緑谷くんから手を離す。結構激しく噎せたな。お米って喉に来るよね〜。ず、と緑谷くんが鼻を啜った。

「鼻からお米出た?」
「はは、出ないよ……緩名さんはいつも通りだなあ」
「まあ定評があるので」

 たぶん。苦笑いした緑谷くんが、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。

「ん? 緩名さん……あっ、緩名さん!?」
「え? はい、緩名磨ですが……」
「どうした緑谷」
「大丈夫かい緑谷君!」

 緑谷くんの不思議な様子に、轟くんや飯田くんもさっきとは違った心配をしている。この緩名さんに何か用事だろうか。聞いてあげようじゃないか。

「あっ、いいいや、その……緩名さん、ちょっと後で時間、あるかな、!?」
「えっ」

 告白する時の常套手段じゃん。告られちゃう? きゃ〜。

「……まさか緑谷くん、キスミープリーズ……ってコト!?」
「そうなのか緑谷」
「ちっ、ちちち違うよ! そういうんじゃなくてその、あの……!」
「そんな全力で拒否らんでも」
「あっごごごめん……」

 全力で拒否られた。それはそれでムッとしちゃうんだけど。慌てる緑谷くんに、ふん、と鼻を鳴らした。

「ま、いいよ〜後ででしょ? 今日なんもないし……学校終わってからにする?」
「うん……ありがとう」
「また連絡して〜。んで、ご飯さっさと食べた方がいいよ〜」
「あっもうこんな時間!?」

 そう、もう昼休みも終盤だ。この後座学とは言え、早めに教室に戻るに越したことはない。私は先に戻るから、ごゆっくり〜と三人に手を振った。



「で、本日はどうされました〜? お加減いかがですか〜」
「あはは、何ごっこなの……ソレ」

 放課後。制服のまま寮には戻らず、寮からほど近い道のベンチに集まった。雄英の敷地ほんとバカでかい。ランニングコースにも恵まれてるし、たまに私も走る。あ、猫ちゃんいる。野良猫……雄英地域猫? までデカい。かわいい。隣に座る緑谷くんが、俯いたまま話し出さない。話しにくい内容なのかなあ。そうなんだろうな。

「話せない?」
「、」

 俯いた肩がビクッと震える。お昼から時間経ってるから、いろいろとその間にまた考えたんだろうなあ。

「じゃ、推測するね」
「……」
「そのいち! これが一番可能性が高いんだけど……私に劣情を催してる」
「んぐっ」
「あ、あたり?」
「ちがっ、ちがい、ます……」

 神妙な顔をしていた緑谷くんが、一気にヘンテコな顔になる。まあそりゃそうだろうな、とは思ってたけど、反応見る限り一、二回はガチで劣情抱かれたことありそうな感じがする。ウケる。

「そのに〜」

 ピシッ、とピースをした手を緑谷くんに突き付けた。

「緑谷くんの個性と、インターン絡み」
「……!」
「あたりでしょ〜」

 軽いジャブは打ったけど、だいたい分かる。緑谷くんと仲の良い生徒なんて、私以外にもいっぱいいるし、その緑谷くんが相談を私に持ちかけるってことは、共有出来る人物が私だけだってことじゃん。

「……緩名さん、は、すごいや」
「当たったこと?」
「それもあるけど。……もっと、いろいろ……」

 う〜ん、青少年、めちゃくちゃ思い悩んでるなあ。

「私から見たら、緑谷くんの方がすごいけど……そんな慰めが欲しいんじゃないんだもんね」
「え、あ……う、ん? そうなのかな……」
「んふふ、大混乱じゃん」
「うん……本当は、話そうと思ってた事が、あったんだ」
「うん」
「……でも、……その、やっぱり、話せなくて、あの、緩名さんだから、って訳じゃなくて、誰にも秘密で……なんていうか……」
「うん」
「……時間取らせてごめん。戻ろっか」
「うーん」

 なるほど。多分、緑谷くん周りの事情に、何故かめちゃくちゃ詳しくなっている私にも秘密な、何か落ち込むような出来事があったんだな。ってことは分かった。相談したかったけど、やっぱり話せなくなったことも。

「別に、話せないことを無理して話して欲しいとは思わないよ」
「うん、ごめんね……ありがとう」
「最近落ち込んでたもんねえ、緑谷くん」
「そ、んな分かりやすかったかな、僕」
「や、私が天才的に鋭いだけ」
「はは、自分で言うんだ……」

 まあ、気付いてる人は気付いてるだろう。先生とか、飯田くんとか轟くんとか。お友達だもん。結構気付いてる人いたわ。嘘吐いた。ぐっ、と伸びをしながら、ベンチから立ち上がる。いつの間にか夕方だ。夕焼けが眩しいね〜。

「ま〜よく分かんないけど……うん。深くは聞かないけど、私に出来ることあったら言ってよ」
「……うん、ありがとう」

 何の解決の手助けにもなってないな、私。まあいいじゃん。緑谷くんが、共有してもいい、ってなったらいつでも聞くし。

「よし! じゃあはい、ハグする?」
「エッ……」

 ゆるく腕を広げて、まだベンチに座ったままの緑谷くんに向き直った。キョトン、と元々丸い目が、更に丸くなる。シン、と一瞬の沈黙の後、緑谷くんが爆発した。比喩表現。

「は、ははハグ!? なんでそう、ちょっと待って!」
「ふふふん、照れるな照れるな」

 ウワァ! と声を上げながら、緑谷くんが両腕で顔を庇って、ベンチの端まで距離を取る。いやいや、別にかわいい男の子合法的にハグしたろ、なんて下心の訳では無い。断じて。

「ハグってさ〜ストレス解消になるんだって。知ってた?」
「き、聞いたことはある、けど、! ちょ、緩名さん!」
「二回目だし、いっしょいっしょ〜」

 本当かどうかも分からない知識だけど、なんかよく言われてるし本当なんだろう。知らないけど。爆豪くんと緑谷くんの喧嘩の後もハグしたしね。私が一方的に抱き着いたような気もするけど、抱き返されたから同意の上だ。そういえば前もこの付近だった気がする。

「ほら、」
「わっ……!」
「あはは、ガッチガチじゃん」
「緩名さ、」
「あの時とは逆だねえ」

 座ったままの緑谷くんの頭を、ぎゅっと胸に抱え込んだ。もさもさの髪を梳くように撫でると、強ばっていた身体から、少しずつ力が抜けていく。おそるおそる、そろそろと腰に腕が回った。まだ若い、というか、幼いのに、いろいろと抱え込んでるなあ。OFAの継承者という立場上、仕方ないところもあるのかもしれない。う〜ん、でも、なんだかなあ。抱え込みすぎて、いつか爆発しないことを祈っている。



「緑谷、大丈夫だったか」
「うーん、たぶん」
「たぶんか」
「たぶんだよ」

 夜。あの後我に返って顔を真っ赤にした緑谷くんと寮に帰った。緑谷くんの様子がずっと挙動不審だったからみんな不思議そうにしてたなあ。いや、まあそうなるよね。ウケる。異性への耐性が未だに皆無。ふふ、と思い出し笑いすると、轟くんが不思議そうに首を傾げた。よく見ると、毛先から水滴が滴っている。乾かそうぜ。

「湯上りさっぱりだね」
「ああ。緩名も」
「私はちゃんと頭乾かしてるもん」
「俺もだいたい乾かしたぞ」
「いや、水落ちてるし」

 シャツに染みてるし。大雑把か。ジッ、と轟くんが虚空を見つめる猫みたいな顔をして私を見る。なに? 恐怖。スペキャロキくん。

「目こわいよ〜」
「……いや、長ェから大変そうだなと思って」
「なに? あ、髪?」
「ああ」
「まあめんどくさいよ」

 轟くんの指が、私の毛先を摘んだ。入学した時よりもちょっと伸びた。

「短い方が好き?」
「あんま髪型変えたことねえから分かんねえ」
「じゃなくて、女の子の好きな髪型!」
「女の? ……考えたことねぇな」
「ないんだ!?」
「ないな」

 まあ確かになさそう。轟くんだし。この機会に考えてみよ、っていうと、うーんと首を傾げた。うん、と結論が出たみたいだ。結構長考。弄っていた私の髪を、サラッと耳にかけられる。

「どんな髪型でも緩名はかわいいと思うぞ」
「……なんの話ぃ?」
「おまえら共有スペースでイチャつくなァ!」

 ブチ切れ峰田くんによって、会話は打ち切りになった。ちゃんちゃん。



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