【背中に、黒。】14(15/16)
どこか気の抜けたタカミに、シンマは面倒臭そうに頭を掻き、タカミの隣に乱暴に腰掛けた。タカミの言う「信頼している人物」がなぜ自分なのかはわからなかったが、気にした所でどうって事は無い。
「よくわかんねぇけどさ、今はそこまで難しく考えんなって。一先ずはあの爺さんもこっちに干渉しないっつってんだから」
「……」
「卒業するまでの期間を謳歌しようぜ。普通に勉強して、普通に飯食って、普通に喧嘩すりゃあ良いじゃん」
「……俺はお前みたいに喧嘩中毒ではなく平穏に過ごしたい」
「そうそう、その意気で頼むわ」
決して調子を崩さず話し続けるシンマに、タカミは少なからず救われた。
もしかしたら深く考えていないかもしれないし、時折見せる頭のキレた部分を発揮した上での発言かもしれない。どちらにせよ変わらないシンマの態度が何よりもタカミを安心させた。
「うちの祖父の無礼を、許してほしい」
「いいっていいって。初めてあんな高級車乗せてもらったし、それでチャラ。はい、この話は終わり。そんでオレは帰る」
どこか愉快そうに笑ってタカミの肩を叩き立ち上がるシンマを、タカミは見惚れるように眺めた。
「……あー、やっぱ好きだなあ」
「あ? 何?」
不意に漏れたタカミの言葉に、シンマが振り返る。無意識に呟いたようで、タカミも不思議そうな表情をシンマに向けた。
「いや……あ、お前に、見せなければいけないものがある」
「なんだよ」
バレないように話題を変え、シンマの興味を逸らす。
戻って自分の前に立ち不思議そうに見下ろすシンマに、タカミは立ち上がり徐に上着のボタンに手を掛けた。
「え」
「ここまで来たんだ。その『原因』を、見せてやる」
「無理しなくて良いけど」
「お前なら良い」
そう言って上着を脱ぎ素肌が露わになったタカミはシンマに背を向けた。
あの時見た物はやはり見間違いではなく、タカミの背中を上っていくように黒一色で生き生きと描かれた龍が鎮座していた。
思わず目を奪われる程の立派なそれは、実は背中だけでなく腕にも多少描かれており、それのせいで半袖を着なかったのだとシンマは悟った。
「はー、こう言うのもなんだが、立派だな」
「そうだな……引いたか」
「いやそれは無ぇけど……アンタには悪いけどやっぱ興味沸くわ」
「そうか」
「それって痛むのか」
「いや、今は無い」
刺青を見ても率直の感想を述べるのみで、清々しくも感じるシンマの態度にタカミは気分が良くなる。自分でも思うがなんとも単純な思考で内心自嘲した。
「そうか。あ、丁度良いから通りまで案内してくれよ。道わかんねぇんだ」
「ああ勿論、送る」
服を着て自室を後にするタカミとシンマ。タカミの祖父や部下にシンマを送る旨を伝え、外へ出た。
「……」
「……」
初めて歩く隣に、二人ともなんともむず痒い感覚を覚える。
別に今まで通りに前後に歩いても良かったのだが、この距離が適切なものだ。それに殴り合いの喧嘩をする事はあるが、内面的な喧嘩をしているわけではない。
どちらも言葉は発さず、只々静寂が流れるだけだった。特にこれが気まずい等不愉快な空間では無く、どこか心地良かった。
こんな事は初めてで、二人共どうすれば良いかわからなかったのだ。
「――ここまでで良いや。サンキュ」
「いや、今日は本当にすまなかった」
「だから気にするなって。じゃあな」
「ああ、また」
軽く手を振りシンマの背中を見送るタカミ。ある程度の距離で踵を返そうとした時、不意にシンマがこちらを振り向いた。
「そう言えばよ、さっきの実は聞こえてたんだよな」
「……なっ」
「それで今までのアンタのウルセェ視線の原因もわかったんだよな」
「っ……」
なんとも言えない感情がタカミを襲い、ワナワナと震える中、シンマはニカッとイタズラっぽく笑って続けた。
「今日の事とか、ぜーんぶ踏まえた結果……オレ、アンタに惚れてやっても良いぞ」
「え……」
「別に偏見も何も無ぇからな、気楽に行こうぜ。将来の事は、まあ追々決めるとして。来週期待してるわ。オレを一発で落とす殺し文句考えて来いよ」
そう言ってシンマはタカミが何かを言う前に小走りでその場を去って行った。
残ったタカミはというと、まさか先程の事が聞こえた上でのあの言葉に、じわじわとした期待が一気に加速し、顔を真っ赤に染めて口を覆った。
「マジかよ……」
凛として涼しい顔をするのが当たり前だったタカミの表情は、今はだらしなく緩んでニヤ付くのを抑えられずに居た。
タカミの一世一代の告白にシンマが了承するまで、あと少し。
END
[ ← ]list[ → ]