【背中に、黒。】13(14/16)
部屋の外で一悶着があったようだが、静かに部屋に足を踏み入れたのは初めて見る私服姿のタカミだった。
「なんだ、帰っていたのか」
「只今帰りました。それよりお爺様、話が違います。彼は俺の方で解決すると、あの時言ったはずです」
「それは『お前』の話だ。今は『俺』の話、つまりは組の今後に関わりかねない話だ」
怒りに目を見開き、微かに拳を震わせて祖父に食ってかかるタカミに、シンマは驚き目を見張る。
「家の事が他人にバレても問題は無いとも、お爺様は仰ったはずです」
「それは学校内の話。現に今彼と話しているの学校内の事ではなく完全に内輪の事を話している」
「……あのさぁ」
終わりが見えそうにない会話に飽きたシンマは二人に声を掛ける。
二人がシンマの方を向くと血の繋がりのせいか、良く似た視線をシンマに向けた。それに少し怯みながらも、シンマは続けた。
「そんなに孫が大切なら、そっちで守るなりなんなり、どうにかすりゃあ良いじゃん。学校内での事ならば本人が目を光らせれば良い事。それじゃあ何かダメな事あんの」
そのシンマの提案に、一瞬の間が生まれる。すかさずタカミが間に入り続けた。
「彼の意見に俺も賛成です。自分の身は自分でなんとかします、お爺様が納得行かなければ勝手に警護を付けて構いません。しかしそれがもし学校内に及ぶ事があれば、こちらも手を打たせてもらいます」
「はあ……ガキのくせに一人前に大人に意見するとはなあ……」
タカミにも言われタカミの祖父の眉がピクリ、と動く。それを見逃さなかった二人は直感で先手を打たなければいけないと悟り、タカミが動いた。
「お願いします、お爺様。今は、今だけは何もせず、見守っていて下さい。卒業後は必ず、お爺様の納得の行く結果を示します」
「えっ……」
なんとタカミはその場に座り、土下座をして祖父に頼み込んだのだ。その姿勢は背中の事を口外しないでほしいと頼まれた時のように示している事に自然と体が動き、タカミの横に座った。
「他人のオレが言うのもなんだけど、コイツだって『個』としての意思があります。今はまだ色々知識を蓄える時期だ、それを大人の判断で狭めるんじゃなくて、どういう道を選び、培った物をどれ程行かせるかを、見守ってやって下さい。オレはその妨げにならないようにしますんで」
タカミと同じように頭を下げるシンマに、タカミは横目で驚き目を見開く。
なんで、喧嘩するぐらい気に食わない奴なんか、視線が鬱陶しくてイライラする原因なんか、勝手に自分を家の事に巻き込んだ奴なんかと、タカミに対する文句や不満が無くなったわけではない。寧ろこの頭を下げている事自体自分でも意味不明だと思っている反面、こうしたいと思ったのだ。
土下座するタカミとシンマを暫く眺めた後、タカミの祖父は深い溜息を吐いた。
「わかった、そこまでされちゃあ仕方無ぇ。それに可愛い孫の頼みだ。卒業まで様子を見てやるが、事と次第によってはこちらも動かざるを得ない事を予め理解していろ」
「はい」
「お前さんも、『コイツ』の扱いには注意しろ。扱いによって己の身を滅ぼすもんだ」
「はあ、はい」
咄嗟に返事をしてしまったシンマだったが、タカミの扱いに注意しろとは、喧嘩の事を指しているのだろうか。
「では、この話は終わりで良いですね」
「ああ」
「失礼します。おい、行くぞ」
「お、おう」
腕を引かれ足を縺れさせながらシンマはタカミと共に部屋を後にした。
無言で廊下を進み、ある一室……タカミの自室に半ば強引に連れ込まれた。
「……どういうつもりだ」
「あ?」
落ち込んだように、けれどどこか苛立つような声色にシンマは強く握られていた腕を少し擦ってから腕を組んだ。
「どうして自らこんな、面倒事に首を突っ込んだんだ……お爺様に連れて来られたからと言って、あんな事をする理由は、お前に無いだろう」
「良いだろう別に。オレが勝手にした事だ」
「良くないッ! せっかくお前を巻き込まないようにしてきたのにっ……」
「……あのさぁ、なんでお前そんなにオレに肩入れ染みてるわけ」
呼吸が乱れているタカミに対しシンマは至って落ち着いていて、そんなシンマの態度にタカミも幾分冷静になり、ベッドに腰掛けた。
「あの時も言ったが、唯一信頼したお前だけは、巻き込みたくなかっただけだ」
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