企画文 | ナノ

【背中に、黒。】

07(8/16)



「――おい、面貸せ」

「……」


翌日の昼休み。手作りだろうか、手の込んだ弁当箱の中身を空にして鞄に仕舞うタカミにシンマが声を掛けた。
クラスメイトが「また喧嘩が始まる」と口にしないもの、察してはいて横目で二人を見やる。その視線に気付いたタカミも横目で辺りを確認してから一つ小さく溜息を吐いて立ち上がった。


「ここでは皆の迷惑になる。裏庭へ移動しよう」

「すぐ済むけど」

「いいから来い」


タカミの機転で教室での乱闘は避けられた。クラスメイトも胸中でタカミに感謝していた。


「なあ、シンマがタカミに喧嘩吹っ掛ける時ってあんなだっけ?」

「え?」


二人の居なくなった教室で男子が呟く。然程気にしていなかった他のクラスメイトが首を傾げて男子を見やる。


「いつもシンマがタカミに喧嘩吹っ掛ける時って『ウルセェ』から始まらなかったっけ?」

「……ああ、そういえば」

「タカミあんま喋んねぇのに、何がウルサイんだろうなって思ってたわ」

「でも今のはいきなり『面貸せ』だろ?」

「悪役でもないんだから毎度お馴染みの常套句じゃないだろ」

「それもそうか」


男子の抱いた疑問はすぐに消えて個々の談笑に戻った頃、タカミもまたシンマの様子がいつもと違う事に逸早く気付いていた。勘が優れている方である為、用心してシンマの行動を見落とさないように一歩前を歩くシンマの背中を睨むように見つめた。


「……ウルセェな」

「え?」


裏庭に着いた頃、振り返ったシンマの第一声はいつも自分に向けられる「ウルセェ」だった。心のどこかでその言葉に安堵している自分が居る事に戸惑うがそんな隙をこれから喧嘩をする相手に見せてはならないと平静を保つタカミ。
シンマは眉を顰めてタカミを睨む。タカミが襟までしっかりと締めているYシャツを忌々しそうに見てから、妙にイラつく自分を抑える為に飴を口に含む。


「アンタ、一昨日辺りから変だな」

「お前の気のせいだろう、俺は普段通り過ごしている」

「……何か見られたくないもんでもあんの」


タカミの返答にシンマはまた嘘だと直感で察し、疑問を直接ぶつけた。
するとその言葉を投げ掛けられた瞬間、タカミの表情が強張った。直感は当たっていて、しかも核心を突いたようだ。
口内で飴を転がしてシンマはゆっくりとタカミを指差した。


「シャツの下……なんかあンだろ」

「っ……だったらっ……だったらなんだっ、見せろとでも言うのか」


拳を強く握り、睨むように返すタカミに、シンマは一度飴に歯を立ててから首を振った。


「ンな事は言わねぇよ。それに言ったってアンタ絶対断るだろ。只気になった事を聞いただけだ」

「……そうか」


深く追求してこないシンマにタカミは拍子抜けしそうになる。シンマの性格から考えて隙を付いて服を剥ごうとする奴ではないと思っているが、用心の為に腕を組む。


「なんだ、たったそれだけの事で俺を呼んだのか」

「だからすぐ済むって言っただろ」

「お前から面と向かって声を掛けられて今まで乱闘にならなかった事は無かったからな」

「はー、よく覚えてンのな」

「お前の記憶力が悪過ぎるだけだ。『飴で負けた奴』すら一日経っただけで忘れてしまうぐらいだ」


本当にシンマはこれ以上追及してこないようで、念の為に話題を別の方向に逸らしながら動向を探り漸く確信した。


「――その『飴で負けた奴』、嫌でも覚えてもらうぜ」


不意に聞こえた第三者の声に二人が視線を向けると、そこには『飴に負けた奴』という称号を不本意ながら得てしまった彼が居た。


「お前、喧嘩するんならこういう、しつこい奴とやらない事をお勧めするよ」

「オレも予想外だわーこんな、しつこい奴」



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