企画文 | ナノ

【背中に、黒。】

05(6/16)



さすがに暑さで中に着ていたタンクトップも汗で湿ってしまった為、それを考慮していたタカミは替えのタンクトップに着替えて昼休みを迎えていた。
珍しく昼休みまで移動教室ばかりで、シンマをあまり視界に入れる事は無かった。
漸く自分の席に着き昼飯である惣菜パンを封を開けて齧り付く。ふとシンマの席に視線を移すと、シンマは席に居なかった。

特にタカミは気にせず、昼飯を買いに売店に行っているか、教室ではない所で食べているのだろうと思った。

――待てよ、確かあいつ、いつも教室で食べてたな。

時計を見れば、あと十五分程で昼休みも終わる時間。今朝の事や体育の時の事もあってか、タカミはパンを胃袋へと押し込み教室を後にした。


「……何やってんだ、俺」


廊下を歩きながら、漸く冷静な思考に戻ったのか、自分の行動に思わず嘲笑する。
シンマを探した所で何になるのだろう。只でさえ喧嘩をする程馬がが合わない上に、気まずさが増すばかりだ。下手したらまた些細な事がきっかけでする必要の無いであろう乱闘になりかねない。

踵を返し教室へと戻ろうとした時だった。


「――ん?」


不意に屋上へと続く扉の向こうから声が聞こえた。確かそこは鍵が掛けられている上にチェーンまでされているという厳重なもの。なかなかピッキングをするのにはそれなりな技術が必要な上、教師の目も避けないといけない。
聞き間違いかと思いつつ一応屋上の扉を見てみると、チェーンが外されている上に鍵が開いていた。

足音と呼吸を殺して扉を少し開ける。
向こう側には、シンマが誰かに胸倉を掴まれ怒号を飛ばされていた。
当人であるシンマはというと、何を考えているのかわからない眼差しで、恐らく相手を見ていないのだろう。興味が無いというように脱力して気だるそうだった。

――撮っとくか。

恐らくこの先動きがあると踏んだタカミは、扉に上手くスマホ立て掛けて動画を撮りつつ経緯を見守る。


「テメェ、昨日はよくもっ……」

「誰だアンタ」

「なんだとッ!?」


昨日シンマに喧嘩を売りに来た生徒と揉めている……というより、一方的に言われているシンマだが、記憶に無いのか真顔でそう答える。
モゴモゴと口を動かしている所を見ると、ガムでも噛んでいるのだろう。膨らませないだけまだ相手の気を逆撫でしていないようだが、相手は相当昨日の事が許せないようで、すぐに拳を構えた。

――あ、殴られた。

あれぐらいの速さなら、シンマは避ける所か反撃するはずなのに、抵抗せずにそのまま頬にその打撃を食らったのだ。
ゆっくりと顔を相手に戻したシンマは、まだ何を考えているかわからない眼差しを向けながら続けた。


「気、済んだか」

「っ!」


真っ直ぐ見つめられ、相手が怯む。ガムを膨らませて弾かせてからシンマは続ける。


「気が済んだのかって聞いてんだけど」

「ぐっ……ま、まだに、決まってんだろッ!」


そう言って相手はシンマを殴り続けるが、シンマは抵抗や反撃を一切せず、殴られ続ける。口の中が切れたのか、ガムが赤く染まって床へと落ちる。

――おかしい、普段俺に喧嘩を売るぐらいだ。そろそろ反撃をしても良いだろう。

決して助けようとはせず冷静にシンマ達の経緯を見守る。
普段の行動等を考えると、シンマの堪忍袋の緒が切れて相手に殴り掛かっているはず。現に今まで喧嘩してきたタカミは計算はしていなかったものの、感覚でそろそろ手が出るだろうと予測していたから尚更反撃しないシンマに驚くばかりだ。


「はぁっ、はぁっ……なんでやり返して来ねぇんだよっ……どんだけ馬鹿にしてやがるッ!?」

「……ウッセェな」

「っ……」


シンマはタカミに気付いていないはずだから、この言葉は今殴っている彼に向いているはずだ。それでもその言葉にタカミの肩がピクリと反応する。最早体に染み付いてしまったのか思わず拳を握る程だ。


「情けないな……単位下げないようにしないと――」


あくまでタカミは波風立てず平穏に学校生活を送っているつもりだ。そこに『シンマ』という唯一平穏生活を乱される存在が居るだけで決して喧嘩をしたいわけでもない。

握った拳を緩めて次にどう出るのか再び視線を戻した瞬間、タカミは息を詰まらせた。

いつから気付いていたのか、シンマと目が合ったのだ。喧嘩を吹っ掛けた彼の方は背を向けているせいかタカミには気付いていない。
先程の気だるげな雰囲気はどこへ行ったのか、タカミを見るシンマは生を受けたように確実にタカミを捉え、真っ直ぐ見据えた。


「はっ、漸くやる気になったんだったらっ――」

「あ」


確信は無いが恐らく先程シンマの言葉は自分に向けられたものではないかとタカミが思った矢先だ。
徐にシンマは掌で彼の顔を鼻と口を覆うように掴み、驚いた隙を見逃さずに透かさずもう片方の手で彼の後頭部を掴んで身を翻した勢いを利用して錆びている金網へと顔面を押し付けたのだ。

あっという間の出来事で思わずタカミが拍子抜けしていると、気を失い崩れていく彼を放って真っ直ぐこちらへとシンマが歩を進めて扉を開けた。


「なんなんだよアンタ……ウッセェっつってんだろ」

「……生憎、俺は一言も喋っていないが」

「視線がウッセェんだよ」

「自意識過剰だろう」


眉根を寄せて少し身長差のある自分を睨むシンマの目はいつも通りのシンマで、タカミはどこか安心した。
しかしながらそんなのはシンマに関係無い。現に今にも殴り掛かってきそうな勢いだ。
気付かれないように小さく溜息を吐き、立て掛けておいたスマホの録画停止ボタンを押してシンマに見せた。


「不愉快にさせてしまった詫びに、この映像を渡そう。上手く先生に説明が出来ないなら俺も加担する」

「ンなもん要らねぇよ。それにアイツ誰だかわかんねぇし」

「本気で言っているのか」

「あ?」

「なんだったか……ああ、そうだ。『飴で負けた奴』だ」

「……ああ。てかよく覚えてんな」

「伊達に一位獲ってないさ」

「やっぱムカつく」



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