企画文 | ナノ

【背中に、黒。】

04(5/16)



一時限目から体育という事に、クラスメイトの活気は無に等しい。それに茹だるような暑さもあって更にやる気は削がれていく一方だった。


「マジかアイツ」


昨日の雨が上がって、朝から蒸し暑いというのに、タカミは只一人ジャージの上着を着ていた。
しかし、タカミも暑くないというわけではないようで、申し訳程度ではあるが袖を少し捲っていた。体育教師にも心配そうに声を掛けられたがその格好で行うようだ。

グラウンドを二周走り込む。半袖で居ても十分暑いのに、タカミは涼しい顔で走っていたが、やはり暑いようで汗が額から頬を伝う。

――脱げば良いのに。

校則が緩いのだから、ジャージの中身がどんな柄であろうが咎められる事は無い。視界で暑苦しい物を見せられて嫌になるが、先程の事もあり、少し声を掛けるのを躊躇った。


「――水」


授業を終え、水を飲みに来たシンマ。出来れば空いている所で人を気にしないで水を堪能したいと思ったシンマは、少し遠いが体育館裏の水飲み場を使おうと向かった。


「はぁ」


漸く体育館裏に着くと、そこには蛇口に頭を寄せて水を被っているタカミが居た。さすがに限界だったのか、ジャージのファスナーを下げていた。

タカミが顔を上げて髪の水を振り落としていると、シンマと視線がぶつかる。
するとタカミは慌ててジャージの前を閉めて背を向けた。


「アンタそれ暑くないわけ」

「暑かったら脱いでいる」

「暑くなかったら水、頭から被らないと思うけど」

「……お前には関係無い」


足早にその場を立ち去ろうとするタカミに、シンマは手を挙げた。


「いいよそこに居ろ。水飲んだらすぐ戻るし」

「……」


どのような理由かはわからないが、人気の無い体育館裏の水道を利用する程だ。深く聞いてはいけないと察したシンマは水道の水を飲み始める。

暫くタカミがシンマを見ていたが、その場に座り日陰の涼しさに少し表情を緩めた。


「今朝は悪かった」

「んぁ?」


不意にそう言われてシンマが振り向く。肘ぐらいまで袖を捲ったタカミがシンマの方は向かずに続ける。


「……夢見が悪かっただけだ、お前を驚かせるつもりは無かった。すまない」

「あっそ」


タカミのその言葉にシンマは直感で、嘘だと思った。

今まで殴り合いの喧嘩をしてきただけあって、なんとなくではあるが、タカミの性格から考えてここまで饒舌に話す事は一度も無かった。勿論、直感なので確証は無い。本当の事かもしれないが、なぜかシンマはタカミのこの言葉を嘘だと断言する自信があったのだ。

なんの為にタカミが自分に対して嘘を吐いているか、気にはなったものの追求したって意味が無いと考えたシンマは一言そう返し、その場を後にした。

戻っている間、ずっと背中に伝わるタカミの視線を鬱陶しく思いつつも、口には出さずに炎天下の蒸し暑い中シンマは再びチクチクと痛む胸を少し引っ掻いた。


「ふぅ……」


シンマが居なくなり、タカミは深く息を吐いてジャージの上を脱ぎ棄てる。
白いタンクトップ姿になったタカミは、立ち上がって周りに誰も居ない事を確認してから再び水を頭からかぶり始めた。


「あー、あっちぃ」


瞼を開けて、排水溝へと流れていく水を眺めながら、タカミもまたチクチクと痛む胸を少し引っ掻いた。


「……何言ってんだろうな、俺」



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