クリスマス

約束の時間まであと5時間もある。
既に身支度を済ませてしまい、いても立ってもいられずに自室の中をうろうろしていた。クリスマスプレゼントを買ったのはいいが、彼女は使ってくれるだろうか。使う以前に、もらってくれるのだろうか……。購入した時からそういった不安がぐるぐると頭の中を回っていた。あの奈々子さんと付き合えたというものの、全然自信の無い自分に少々呆れて溜息を吐いた。胸を張って、と彼女に言われたことがあった。不甲斐ない自分が魅力的な彼女の横に立つと、周囲は彼女に対してマイナスイメージを持つのではないかと不安に思うのは常だ。薄ピンク色の包装紙を両手に持って項垂れた。兄にも紅子にも相談して探したものだ。きっと彼女に似合うだろうと思って決めた。今となっては、気に入ってくれるだろうか、似合うだろうか、と解決しようのない不安に苛まれる原因となってしまった。また溜息を吐いた。
「もう自分に呆れる……」
俯いたまま呟いた言葉は虚空に消えた。まだ紅子は部屋にいるのだろうか。何か話したい。気を紛らわす何かがほしいと思った。読んでいる途中の本も今は頭に入らない。ゆっくりと秒針が進んでいく。デートの前だというのにとても体が重かった。恋人にプレゼントを贈ることがこんなに緊張することだは思っていなかった。3回目の溜息を吐いた。もう紅子に構ってもらおう。そう思って立ち上がった。

紅子の部屋のドアをノックした。はあい、と返事が返ってきた。ドアを開ければ紅子はマニキュアを塗っていた。目線はこちらに向けられず、指先に集中していた。構わずに話しかけた。
「時間までなんか話そう」
「いやよ、私マニキュア塗ってるの」
「お願いだよ……、いても立ってもいられないんだって!」
「もう、デートまで写経してたら? どうせ暇でしょ」
そう言って紅子は一瞥もくれずトップコートを塗っていく。じんざもみ色が艶やかさを増していった。指先まで綺麗にしているのは誰のためでもない。自分が綺麗でありたいという気持ちしか紅子にはなかった。
「写経なんてしたこともないよ……。紅子は今日どうするの?」
「かたすんの為に明日帰ってくるよ。頑張ってね」
「ちょ、ちょっと、やめてよ、緊張しちゃうじゃないか……」
「緊張しすぎて失敗しないでね」
紅子の言葉に言い返せなかった。以前失敗したことは内緒にしているつもりだが、やはり花街生まれの簪妖怪は男女の色には鋭かった。
「そ、そんなことより! 今日は? どこに泊まるの?」
「さ? ししめちゃんと遊ぶけど。あんまり考えてないなぁ」
「場所がなかったら帰ってきていいからね。気を遣わなくていいんだよ」
「かたすんの!! 大事な初夜に!! 気を遣わなくてどうするの!!」
「ご、ごめん……」
紅子は前々から童貞を捨てろ、早く結婚しろとうるさかった。今日のデートの最後、家に泊めるとは紅子が言い出したことだ。いいとしの恋人がクリスマスの夜に夕食を食べて解散だなんてありえないと言い出しては聞かなかった。

「かたすん、暇は潰せた?」
「う、うん、ありがとう」
「どういたしまして」
グダグダと話しているうちに時間になったので紅子の部屋を出た。なんだかんだと付き合ってくれる紅子はいい子だ。今日は獅子女さんと遊ぶらしい。絡まれやすい紅子を何度か助けてもらったことがあった。信頼できる人だと思った。
自室に戻り、プレゼントの入った紙袋を持って荷物を確認した。財布も、プレゼントも、ちゃんと持った。ドキドキする胸を押さえて靴を履いて玄関を開けた。はあ、と白い溜息を吐いた。外は寒かった。少し湿り気のある空気が鼻腔を冷やした。夜は雨が降るだろうか。それとも雪だろうか。できればどちらも降ってほしくない。今日の約束はイルミネーションを見に行くことだった。人があまり多くないといいなと思った。

待ち合わせ場所にはまだ奈々子さんの姿はなかった。時計を見れば時間まであと15分ほどあった。行き交う人々(ほとんどがカップルだろう)は学生が多いのだろうか、自分より若い人が多いと感じた。途端に心細くなってきた。奈々子さんは待ち合わせに来てくれるだろうか……。不安で体が重くなった。俯いた頭が余計重くなっては地面に沈み込みそうだった。しゃがんだら立ち上がれないと思った。視界がぐらぐらと揺れた。相当緊張しているんだと気づいた。
「うーくん、お待たせ」
俯く僕の手が暖かい手に包まれた。前を向くと奈々子さんが笑っていた。
「待ち合わせ時間はまだだよね? うーくんは早いなぁ。すごく待ったのかな?」
「え、そんなに、待ってないです」
「そう? でも手はすごく冷たいね」
そう言って奈々子さんはぎゅっぎゅっと手を握ってきた。奈々子さんの手のあたたかさと、僕の手の冷たさが混ざっていった。
「手は……緊張してるから……」
「何回もデートしてるのに、うーくんはいつまでも初々しいなぁ」
「すみません……」
「謝らなくていいんだよ。さ、イルミネーション、見に行こっか」
奈々子さんが笑って手を引いた。引かれた手をつなぎ直した。冷たかった手はもう温かかった。


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