9
わかっていた。わかっていたんだ。負けるという事が。
青城との対戦。
この試合は良く覚えていた。1セット目青城、2セット目は烏野、3セット目31対33で負ける事を。
私はベンチではなく観客席にいた。
どんな顔をしてしまうかわからなかったから。
試合前、頑張ってね、ちゃんと見てるからね、としか言えなかった。
・・・それ以外に何て言えばいいかわからなかった。
悔しい。悔しくてたまらない。何も知らずに観ていたらどちらが勝つかわからない試合だった。
だけど私はここで泣いちゃ駄目だ。絶対泣くもんか。
だって私は知ってる。
ここから強くなる事を。これは通過点であり、必要な敗戦だという事を。
試合が終わってから、誰かに声をかけたり出来なかった。口を開くと罪悪感から謝りそうだったからだ。
誰にも言えない、何も出来ないし何もしなかった私が抱える勝手な罪悪感。
体育館の外は、私達の心とは裏腹に澄み切った青空だった。
ねぇ、皆。
下を向くのが勿体無いくらい綺麗な空だよ。
その後、ミーティングが行われ、烏野に帰ってきた。
するとコーチが
「よし、じゃあ飯行くぞ。」
と言った。
「飯・・・スか・・・?いやでも「いいから食うんだよ。」」
「お前らはどーする?」
と、急に声をかけられた。
返事は決まってる。
「片付けもあるので、今日は遠慮しておきます。」
「・・・そーか、わかった。」
皆が、泣きながらご飯を食べているところは、何故か絶対に第3者がいてはいけないと思った。潔子ちゃんも、何か察したのか行かないと言った。皆とはそこで別れ、私達はそのまま学校で片付けをした。
「さち」
「ん?」
「・・・これからどうするの?」
「続けるかどうかって事なら、続けるよ。」
「・・・良かった。」
「潔子ちゃんも?だよね?」
「うん。」
「じゃあ・・・私も、良かった」
へへっと笑い合う。
しばらくすると、また潔子ちゃんが話し出す。
「さち」
「ん?」
「バレー部、誘ってくれてありがとう。」
「へ・・・?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「今日、悔しかった。凄く。」
ギュッと胸の奥が痛くなる。
「でも、それは私が皆の事を仲間だと思ってるから。」
「貴女が誘ってくれなかったら、きっと仲間なんてできなかった。貴女みたいな友達も。だから、ありがとう。」
潔子ちゃん・・・
「私、私こそっ・・・」
「・・・何でここで泣くの。ふふふっこれからも宜しくね。ほら、泣かないの。」
「へへへへ」
「泣くか笑うかどっちかにしたら」
潔子ちゃんがそんな風に思ってくれてたなんて、知らなかった。嬉しかった。
その後もぽつり、ぽつりと色んな話をしながら片付けも終わって家に帰った。
翔陽は、まだ帰ってきていないらしい。
負けちゃったけど、あの子には私から話したい事があるから、何も言わないであげて欲しい事、晩ご飯は、翔陽の好きなものを用意してあげて欲しいことを伝え、自室へ戻る。
ベッドに横になる。目を瞑ると試合の光景が次々と溢れてきた。
だけど、やっぱり最後の、変人速攻をブロックされた後の立ち上がれ無かった翔陽と、影山の姿が目に焼き付いていて・・・
1人になって気が緩んだのか少し涙が出た。
長い間、ぼんやりしていたらいつの間にか夜になっていた。翔陽も帰ってきていた。
赤くなった目。眉間にシワ。
晩御飯は好物だからか食べてくれたけど、殆ど話す事は無い。いつもおかわりしているのに、今日はそれもなく、小さい声でご馳走さま、と言ってすぐに自室へ戻って行った。
夏ちゃんもいつもと違うお兄ちゃんを心配そうに見つめる。
「・・・ご馳走さま」
私も食べ終わり、夏ちゃんの頭を撫でて笑顔を見せる。大丈夫、明日からはいつものお兄ちゃんだからね。そんな意味の笑顔だ。伝わったのか、頷いてくれた。そして、そのまま翔陽の部屋へ向かう。
コンコン、とノックする。
小さい声で「・・・誰?」と聞こえたので、
「入るよ」と声をかけて部屋へ入る。ベッドからムクリと起き上がってベッドに腰掛ける形で座るけど、こっちを見ず項垂れたままだ。
真っ直ぐ翔陽の前にいき、ぺたりと座る。
「今日、残念だったね。」
「・・・うん」
「勝てなかった。でもいい試合だった、よくやった。」
ぎゅっと拳を握る翔陽。
「・・・そんな事言われても嬉しく無いよね。」
はっとしたように顔を上げる。・・・試合が終わってから、初めて目があった気がした。
「負けて、得るものって沢山あるよね。」
「・・・え」
「烏野の事、飛べない烏って言う所は、もう居ない。」
「サーブもレシーブもブロックも、もっともっと練習しなきゃいけない。最後のボールを打つのはスパイカーだよね。月島は上手にフェイントしてた。最後にボールを託された人は、空中の、最後の一瞬まで戦わなきゃならない。じゃあどうすればいいか?考えて、練習しなきゃいけない。」
「・・・うん。」
「この試合は、中学3年の時とは違う。終わりじゃない。音駒との試合のとき、キャプテンが言ってたでしょう?壁にぶち当たった時はそれを超えるチャンスだって。」
真剣に話を聞いてくれる翔陽。
「・・・多分、青城は白鳥沢に負けるよ。」
「!えっ・・・」
「多分だけどね。でもね、上には上がいる。まだまだ、貴方は強くなれる。」
「強く・・・なれる?」
「なれるに決まってるじゃない。」
「今日は負けた。けど、私はね、青城の戦い方を見て、まだまだ烏野は強くなれるって思ったよ。ね、下を向いている暇なんて無い。上を、前を見て進まなきゃ」
「・・・うん。」
うん、いい顔になってきたかな。
「でもね、今日はいいんだよ。」
「へ・・・?」
ゆっくり頭を撫でてやる。
小さい頃から変わらない、柔らかい髪。
「翔陽は、出来る事は全部やった。でも、勝てなかった。最後のボールが、ブロックされて・・・負けた。」
「悔しかったよね。自分のせいだって思っちゃうよね。」
「っ・・・!ん、・・・ぅん・・・!」
肩が、小さく震えている。
膝立ちになり、翔陽の頭を抱えるよう抱き締め、背中を優しく撫でてやる。
「悔し涙は今日までにしよう。今度は嬉し涙にしようね。だからね、・・・泣いていいんだよ。」
「〜〜〜ぅう〜〜・・・ごめ、ん、・・・っ」
「ずっと見てたよ。本当に、頑張ってた。何があっても諦めなかった。一度も手を抜かなかった。立ち止まらなかった。そんな翔陽の事、私は自慢だし誇りに思ってるよ。」
「〜〜〜っ!おれ、っく・・・強く、なるっ・・・からっ・・・!」
「・・・うん、大丈夫だよ、大丈夫。」
そのまま、声を殺しながら泣き崩れた翔陽。
私は、翔陽に泣いて欲しかった。
あの食堂で泣いていた事は知っている。原作を読んだ時に気になったのは、その翌日の話だった。授業を受けているシーン。あの日向翔陽が、日向翔陽らしくない顔をしていた。だからこそ、泣いて欲しいと思った。
止まってる暇はない。わかってるんだよそんな事。誰よりも翔陽自身がわかってる。
でもね、今日だけ、今日だけはいいじゃないか。
まだ15歳だ。たくさん泣いて、泣いて。後悔して。弱い自分を認めて。また立ち上がればいい。
それに、伝えたかった。貴方を誇りに思っている事、自慢の弟だという事を。
だって立ち上がれると解ってるし、信じてる。
翔陽そのまま泣き疲れたのか眠ってしまった。
ゆっくりと、身体をベッドへ横たえてやる。
その顔には、さっきまでの眉間に皺もなく、どこかすっきりしたような顔。
・・・重たくなったなぁ、大きくなったなぁ、なんて思った。
起こさないようゆっくりと髪を撫でてやる。
赤くなった目元。胸が痛い。
ごめんね、こんなに悲しませて。もし私が助言し続ければ勝てたかもしれない。それをしなかった。ごめんね、ごめんね。勝手だよね。
だけど、必ず強くなれるよ。上手くなれる。
どうか、自分を信じて進んでね・・・。
前へ 次へ