キミとのセカイ20




ピンポーンというチャイムの音にはーいと言いながら玄関のドアを開ける。
そこには約4ヶ月ぶりとなる懐かしい顔をした男性が相変わらずぴしっと背筋を伸ばして立っていた。

「ローエン!!おかえりなさい!」

「はい、ただいまですジュードさん」

ローエンの腰辺りに抱きついた僕の頭を優しく撫でてくれる。
でもその優しい手が大好きだったはずなのに何かが違う気がした。
いや違う気がするというか、うまく言えないけど何か物足りないというのかな。
あれ?って思いながらも腰に回していた手をゆっくり離すとローエンの顔を見上げた。
そこには4ヶ月前とは何も変わらない笑顔で僕を見てくれるローエンがいて、なんだかちょっとホッとする。
僕はローエンが大好きだし、あれって思ったのもきっと気のせいだろう、久しぶりに会ったからその温もりを忘れていただけに違いない。

「よー、ローエン、やっと帰ってきたか」

僕の後ろを歩いてきたアルヴィンはその両手に僕の荷物を持っていて、それをどさりという音と共に玄関に置いた。

「あ、荷物ごめんね、ありがとうアルヴィン」

そう言う僕にアルヴィンが気にするなと一言言うと、それを言い終えるのを待っていたように今度はローエンがアルヴィンに声をかける。

「アルヴィンさん、この度は本当にありあとうございました」

腰を90度曲げてお礼を言うローエンに習って僕も同じように、ありがとうございましたとアルヴィンにお礼の言葉を言う。

「いや、こちらこそ…ジュード君には世話したってより世話してもらったって言ったほうがいい気がするけど」

そう言って笑うアルヴィンにローエンも「ジュードさんは家事がお上手ですからねぇ」とか言って答えている。

「そんなことないよ、アルヴィンにはいっぱいよくしてもらったんだよ」

僕はローエンの袖をひっぱって言うと「それはそれは…」と僕のほうを見て楽しそうに笑うローエンの姿。

「以前お電話で伺っていたとおりですね。
 お二人で仲良くされていたみたいで、私は安心して仕事に励めましたよ」

そう言うローエンの言葉にアルヴィンは頬をぽりぽりと掻くと

「じゃーな、ジュード君。…今日まで楽しかったぜ」

そう言って僕の頭を撫でてくれるアルヴィンの手に僕はまた胸がちくちくしだした。
それと同時にもっと、もっと撫でていて欲しいという気持ちで胸がいっぱいになる。

「それでは、行きましょうかジュードさん。
 アルヴィンさん、この度のお礼はまたのちほど」

でも、そう言ってローエンが僕の手をとると、アルヴィンの手は頭から離れて行った。
荷物を持って潜り慣れた玄関のドアから一歩外に出ると、冷たい風が僕の身体を一気に冷やしていく。
バタンという音に振り返ると、そこにはもうアルヴィンの姿はなくただただ冷たい鉄の扉だけが僕を見つめている。
ローエンに続いてたんたんと音を鳴らしながら階段を下りる音が冬空の下に響いていた。
あんなに毎日上り下りしたこの階段ももう使うことはない。
そう思うと胸をぎゅっと鷲づかみにされるような何とも言えない気持ちになった。

駐車場まで歩いてローエンの車の後部座席に荷物と共に乗り込んだ。
発車し、窓ガラス越しにどんどん離れて行くアルヴィンの住むアパートを見ていたら思わず一筋の涙が頬伝って流れてくる。
そこまできてようやく、あぁそうか、僕は寂しかったんだということがわかった。
だからアルヴィンとお別れしなくちゃいけないと思った時、こんなにも胸がちくちくしたのだ。
頭を撫でてくれるのも、アルヴィンが何かと僕にしてくれたことで、僕はそれに慣れてしまっていた。
だからローエンに同じ動作をされたときにいつもとは違うという違和感を感じたのだ。
僕はローエンにばれないように涙を服の袖でぐいっと拭うと、出来るだけ自然に、何てことないように話しかけた。




〜アルヴィンSIDE〜

バタンという音と共に閉められたドアを前に俺は暫くぼーっと突っ立っていた。
だけど真冬の寒さにぶるっと身体が震えるとさむっと一言呟いて鍵をガチャリと閉めると暖かな暖房の効いた部屋へと向かう。
その途中にある脱衣所の扉が少し開いていて、何気なく除くと綺麗に洗濯されたバスタオルが入った棚と洗濯機が見えた。
何故か、いつも毎日ジュードが洗濯をしていた姿が目に浮かんだ。
それを振り払うようにドアを閉めると今度はキッチンが視界に入る。
綺麗に磨かれた食器達が伏せて並べてあった。
冷蔵庫を開けると買ったばかりであろう食材が沢山残っている。
いくら食べるものがあったってそれを料理出来る人間がいないのにどーしろってんだよ、と一人愚痴た。
そこからペットボトルのお茶だけ取り出すと、部屋に続くドアを開けて後ろ手で閉めた。
自分で言うのもなんだけど、ゴミひとつない綺麗な部屋だ。
『毎日掃除はしないとすぐ埃がたまっちゃうんだよ』
そう言って几帳面に掃除機をかけていたジュードの姿は今ここにはもうない。
はぁ、と溜息をつくと俺はベッドサイドに腰を掻けた。

ジュードとの生活は初めて尽くしの連続で最初は戸惑いもいっぱいあった。
ローエンに借りがあったし、どうしてもって言うからしょうがなく引き受けただけ。
なんたってこれだけ同じ人と一緒に時間を過ごしたのは初めてで。
今まで一人でも全然平気だったし、家事なんて大してやらなくたって生きていくのに困ったりしなかった。
だから特別な時間が終わりを迎えただけ、そう思う心もあるのに、そうじゃない心が確かに自分の中に存在している。
それは胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちで。
もしかしなくても、この気持ちは世間一般では寂しいという名前がつくんじゃないか、そう気づいた時俺は自分に驚愕した。
正直、認めたくなかった。

「はは、そんなわけねーだろ」

そう自分に言い聞かせてみたけど、頭に浮かぶのは何でも一生懸命やっていた子供の姿や笑顔や優しい口調。
撫でた髪はとても触り心地がよくて密かにお気に入りだった。
たった10歳の子供相手に抱くには聊か間違っているかもしれないけれど、だけどジュードと過ごした4ヶ月は本当に楽しかったのだ。

「ジュード…」

ぽつりと名前を呼んでみたけれど、それに返事をしてくれる相手はもう傍にはいなかった。


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