キミとのセカイ12
「最近仕事終わると直ぐに帰るのね、もしかして誰か待たせたりしてるの?」
仕事が終わって私服に着替えようとスタッフルームに続くドアに手をかけた時にアルヴィンは一人の女性に呼び止められた。
眼鏡が似合う知的美人なその女性の名はプレザという。
長くて綺麗に手入れされているその髪を仕事中はポニーテールにしている彼女はアルヴィンと同じア・ジュールで働いているバイト仲間だ。
「あぁ、最近黒い子猫を一匹飼い始めてね、俺が居ないと寂しくて死んじゃうらしいからさ」
アルヴィンは扉を開けるのを止めるとそう言いながらブレザの方を振り向く。
「あら、子猫を飼ってるなんて初耳だわ。」
「そりゃ誰にも言ってないからな。
まだ子猫だからか部屋の中をうろちょろうろちょろして、なかなかじっとしててくれねーんだ」
「でもあなたの部屋って…動物なんて飼っても大丈夫な状態だったかしら?」
「そりゃ掃除したからね、俺の部屋今凄い綺麗なんで。
それにまぁ、あいつけっこう可愛いから毎日見てて飽きないんでね」
そう言うアルヴィンの表情は子猫のことを考えているんだろう、どこか優しい眼差しをしている。
それはいつも作ったような笑い方しか見たことのないプレザには新鮮に写った。
「まぁ、あなたにしては珍しく執着してるのね、その子猫ちゃんに」
アルヴィンの性格をどちらかというと来るもの拒まず去るもの追わずだと思っていたけれど、もしかしたら自分は少し思い違いをしていたのかもしれない。
案外この男は、たとえそれが動物相手にでも一度気に入ると執着心が強いのではないだろうか。
少なくとも仕事が終わったら一目散に自宅に帰る程度には。
「は?俺がそいつに執着してるって?
冗談言うなよプレザ、俺はあいつがまだチビだから一人にしておくと何か失敗するんじゃないかと心配なだけさ」
アルヴィンは大げさに肩を竦めるとスタッフルームへ通じる扉を開け中へと入って行く。
自分のロッカーから着替え一式を取り出すと制服から私服へと着替え始めた。
するとジーンズを穿いたと同時にぷるるるるという携帯の着信音が聞こえてくる。
ポケットから携帯を取り出すとジュードからだった。
あいつが電話してくるなんて珍しいな、そう思いながら電話に出る。
「もしもし、ジュードか、どうした?
あ?醤油を買って来いって俺がか?
…あぁ、わかった、わかったよ買って帰るから。
……そうだな、あと30分くらいで家に着くよ、あぁ、じゃーな」
電話を切ると後ろで半開きになっていたらしいドアの向こうからクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「そういうことなのね。
あなたの黒猫ちゃんって料理まで出来るなんて、凄いわ。
今度是非私も一度貴方のハートを射止めた子猫ちゃんに会ってみたいんだけど」
「プレザ…まだいたのか」
「あら?居ちゃいけなかったかしら、それはごめんなさい。
でもドアをきちんと閉めなかったあなたも悪いのよ」
アルヴィンは溜息を吐くと
「変な想像してんじゃねーよ、きっとおたくが考えてるようなもんじゃないから。
それに…あいつはまだガキだし、何より友人からの大事な預かりものでね、そうそう簡単に誰かと合わせることはできねーんだよ」
悪いな、と言いながら部屋を出て行った。
「……そうやって一人占めしたいって思う気持ちを執着心っていうのよ、アル」
そんなプレザの呟きは誰にも聞かれることはなかった。
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