キミとのセカイ10




6時半を過ぎた頃、予定通り家主が家に戻ってきた。
ガチャリと鍵の開く音がしたと思ったら、玄関のドアが開いてアルヴィンが姿を現す。
僕は野菜を切っている手をとめてアルヴィンのほうを向くと「おかえりなさい」と声をかけた。

「ん、あぁ……ただいま」

アルヴィンは慣れてないんだろう「おかえりなさい」に、少し間が空いたけどちゃんと「ただいま」と返してくれた。

「あれ、この家に野菜なんてあったっけ?」

僕のほうに近づいてきて、背後から手元の野菜を覗き見ながら不思議そうな顔をしている。

「今日近所のスーパーに買い物に行ってきたんだよ、夕食もうすぐ出来るから待ってて。
 それとも先にお風呂入る?」

小首を傾げながら聞くと、汗かいてベタベタして気持ち悪いからシャワーでも浴びてくるわという返事が返ってきた。

「わかった、じゃあ夕食の準備、しておくね」

そう答える僕にアルヴィンはあぁ、よろしくと言うと僕の頭にポンって軽く手を置いてからドアを開けて部屋に入っていった。
冷房がつけっぱなしにしてあるので涼しいんだろう、あー天国だなここはという声が聞こえてくる。

「あれ?ジュード君もしかして洗濯もしてくれた?」

暫くすると閉めたばかりのドアを開けアルヴィンが顔を覗かしてきた。

「あ、うん。
 僕も洗濯しなきゃいけなかったから洗濯籠の中にあったものは全部洗っておいたよ…迷惑だった?」

「いや、全然。
 むしろ礼を言うところだろ、ありがとな」

それだけ言うとアルヴィンはドアの傍を離れつつ
「うーん…まぁこの話は飯食いながらでもいいか。
 とりあえずシャワーだな。」
とかなんとか一人でぶつぶつ言いながらスウェットを持って脱衣室に消えていった。 




アルヴィンががしがしを頭を拭きながら出てくる頃には夕食は完成していた。
予め切ってあった野菜を炒めて、その間に味噌汁を作る。
ご飯は出来合いのおにぎりをスーパーで買ってきたものだ。
お米を買ってこれなかったのだからこればかりは仕方がない。
後は簡単なオムレツを作った。
お茶はペットボトルのものをコップに注ぐ。
というのも、この家にはお茶の葉どころか急須すらないのだ。
それらを机の上に並べているところでアルヴィンが部屋に入ってきた。

「お、うまそーじゃん」

そう言いながら机の前に座ると、作った料理を物珍しそうにしげしげと眺めている。
そんなにたいしたものを作った覚えはないから、あまり見られると少し恥ずかしいような何とも言えない気分になった。
アルヴィンの向かい側に座ると、「いただきます」という声が聞こえてきたので、僕も同じように「いただきます」と言うと手元の箸をとる。
だけどアルヴィンが味付けとか気に入ってくれるかが心配でなかなか箸が進まない。
がつがつ食べているってことは美味しいってことなのかな、アルヴィンのほうをじーっと見ながらそんなことを考えてると、アルヴィンが僕のほうを向いた。

「なに、ジュード君食べないの?」

「え、あ、ううん食べるよ。
 …その、アルヴィンが僕の作った料理気に入ってくれるかがちょっと気になって…」

「あぁ、そういうことか。
 美味いよ、久しぶりに手料理って食ったし…ジュード君は良い奥さんになれそうだな」

「なっ、僕は男だよ…!」

そう言い返す僕にアルヴィンはクククッと笑いながら知ってるって、冗談だよと返してきた。
ほんとアルヴィンの冗談は質が悪い。
そんなアルヴィンの言うことを全部真に受けていたら僕の気が持たない。
だってまだ一緒に暮らして2日しかたっていないのに、アルヴィンは僕をからかって遊ぶのがお気に入りみたいなのだ。
僕からしてみたらいい迷惑なんだけど。

「まぁまぁ、美味いってのは本当だからそう怒るなって、な?」

「もう、知らない」

僕は少し冷めてしまった味噌汁に口をつけながらアルヴィンから視線を外した。
そうして暫く食べることに熱中していたんだけど、ふと昼間アルヴィンに聞こうと思ったことを思い出した。

「あ、そうだ。
 ねぇアルヴィン、聞こうと思ってたんだけど…掃除機とかアイロンってどこにあるの?
 あと炊飯器…はよく考えたら料理しないなら、もしかしてないの?」

「………掃除機と炊飯器はあった気がする」

かなり間が空いたけど、そんな返事が帰ってきた。

「え、ほんと!どこにあるの?今日掃除しようと思っても見当たらなくてもしかしたらないんじゃないかって心配してたんだよ」

生活必需品だと思ってるものがこの無い物尽くしの家にあるということが何だか嬉しくてそう尋ねる僕に、アルヴィンは視線を上のほうにやって何か考える仕草をした。

「あー…掃除機はクローゼットに詰め込んだ覚えがあるな。炊飯器はどこやったかな…」

一人ぶつぶつ言いながら立ち上がると左側にあるクローゼットの片側を開ける。
初めてまじまじと見たそこの中は…正直言って僕には何がどこにあるのかさえ理解出来ないほどの大量の物が乱雑に詰め込まれている、未知の地帯だった。
ドアを開けただけで何冊かの本がばさばさと音を立てて雪崩のごとく落下してくる。
それを気にも留めずにアルヴィンはがさごそと音を立てながら中を探ると、目的のものを探し当てたみたいだ。

「お、あったあった」

そう言いながら一人暮らし用なのか充電式の小ぶりな黒い掃除機を僕に渡してくる。
僕は何も言えずに、ただ渡された掃除機を受け取った。
その後アルヴィンは炊飯器はここじゃねーな、と言いながら落下物を無理やり中に詰め込んでドアを閉めた。

「…ん?なんて顔してんだよ青少年」

「だ…だ…ってアルヴィンその中、どうなってるの」

あまりに驚いて呆然としていた僕にアルヴィンはあぁ、ここのことかと納得しながら返事を返してきた。

「掃除も苦手なんだよ。
 でもおたくが俺ん家に4ヶ月も居候するって話になってローエンから掃除しろって指令が下ってね。
 その辺にあった要りそうなものをとりあえず全部ここに詰め込んだらこうなったってわけ」

「で、でも洗濯は?ちゃんと毎日してるんだよ…ね?」

「あー…着る服がなくなるとちゃんとしてるさ。
 というか洗濯機の使い方がどーもよくわかんなくてさ、一回壊したことあるから変なボタン押せないし正直困ってるんだよね、俺も」

もう開いた口が塞がらないとかそういう問題じゃない、これはマズイ事態じゃないだろうか。
僕はこの明らかに生活能力が欠如した男と4ヶ月も一緒に住まなくてはいけないのだ。
この人に任せていたら自分の生活まで腐敗したものになってしまう、そんな不安が襲ってきた。
と同時に、どうにかするのは自分しかいない、やるしかない、という変なやる気がどこからか生まれてくる。

「アルヴィン!」

ちょっと興奮気味に名前を呼ぶと彼が何か言う前に立て続けに言葉を連ねた。

「僕、家事得意なんだ!
 だから料理はもちろんなんだけど、掃除も洗濯もアイロンかけるのも僕がやるよ、いいよね?
 だって僕、汚い家には住みたくないし汚れた服も着たくないし暖かくて気持ちが良い布団で寝たいんだ…!
 ほんとはそのクローゼットの中も掃除したいんだけど、僕一人だといるものといらないものがわからないから今度アルヴィンの仕事が休みの日に一緒にやろうよ、ね?
 その他は…とにかく僕がやるからとりあえず今は炊飯器を見つけて、アイロンを買いに行こう!」
 
言い切るとはぁはぁと乱れた呼吸を落ち着かせようとする。
アルヴィンはそんな僕を唖然とした表情で見ていた。
それに畳み掛けるようにアルヴィンの目を見つめながらね?と念押しすると、あぁ、という何とも短い返事が返ってくる。
呆気にとられて何も言えない、といった顔をしているアルヴィンだったけどこれで一応了承はとった。
僕は持っていた掃除機をぎゅっと握ると立ち上がってコンセントに充電器をセットする。
そして未だ突っ立ったまま動かないアルヴィンを一人残して、食べ終わった夕食の後片付けを始めた。
この時の僕の頭の中はこれからの4ヶ月をいかに快適に過ごせるようにするかでいっぱいで、アルヴィンの心境を考えてる余裕なんてこれっぽっちもなかった。




〜アルヴィンSIDE〜

あの後探さされた炊飯器はコンロの置いてある下の棚から無事見つかった。
ずっと使っていなかったせいでずいぶん埃が溜まっていてとても直ぐに使える状態じゃなかったからまずは掃除をする羽目になった。
と言ってもジュード君がやったんだけどね、俺がやるのじゃ信用出来ないとか何とか言っていた気がする。
信用ねーなーって言ったらあたりまえでしょって返された。
…流石にあのクローゼットを見せたのは失敗だったかもしれない、ジュード君は綺麗好きそうだし。
にしても家事を全部やるだなんて本気なんだろうか。
今も一生懸命洗い物をしているけど、若干身長が足りてなくてなんだかやりにくそうだ。
小さい脚立が必要かもしれねーな、と何とはなしに思った。

「アルヴィン、明日の予定は?」

洗い物が終わったのか、部屋に入って来ると同時にそう言われて俺はバイトのシフト表を思い出しながら、今日と同じだと答えるとじゃあ明日の夜に買い物に行こうよ、と誘われた。
まぁいいか、そう思って肯定の返事を返すと嬉しそうに笑う。
それだけみるとまだ10歳のその辺に普通にいそうな子供にしか見えない。

「やったぁ、アイロンとお米が欲しいんだ、出来ればゴミ箱も!僕一人じゃとても持てそうにないから助かるよ、アルヴィンありがとう」

ただそう言って欲しがるものは普通子供が欲しいというものとはかけ離れているのだけれど。

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