キミとのセカイ2




ローエンと暮らし始めて4ヶ月余りが過ぎたある日。

「すみません、ジュードさん、急に出張が決まりまして」

夜になって仕事から帰ってきたローエンはリビングに入ってくるなり心底申し訳なさそうな顔で話し出した。
ソファーに座って本を読んでいた僕はまたか、と思いながら本から顔をあげる。
この4ヶ月の間にローエンが出張だと言って家を空けるのは既に5回目だった。

「うん、わかった。大丈夫だよ一人で留守番くらい出来るから」

どうせまた1週間くらいだろう、と予測をつけながら返事を返す。

「…それが今回はちょっと長くなるかもしれません。
 というのも海外のほうまで行かなくてはいけなくなりまして。
 最低でも4ヶ月は帰ってこれないでしょう。」

「えっ、4ヶ月…!?」

思っていた以上の長期の出張に思わず持っていた本から手を滑らせてしまう。
ばさっと音を立ててカーペットの上に落ちた本が視界に入ったけれど、僕はそれどころではなかった。
4ヶ月はちょっと長いな、いやちょっとどころじゃないんじゃないかな…そんなことを考える。

「だ、大丈夫だよ。それくら―――」

留守番出来ると言いかけた僕の言葉を遮ってローエンが話し出した。

「流石にジュードさん、まだ10歳のあなたを4ヶ月余りもの間一人で放っておくことなんて出来ません。
 そこで貴方を私のいない間、私の知り合いに預けることにしました。」

「え、知り合いって…?」

「大丈夫です、彼は決して悪い人ではないので」

ニコニコ笑うローエンの顔を見ながら僕ははぁ、とため息を吐いた。
どうやらこの件はローエンの口調からももう決定事項であることが伺える。

「その人にはもう僕のことは言ってあるの?」

僕みたいな子供を4ヶ月もの間引き受けてくれる人っていったいどんな人なんだろう、そう思って尋ねると、
「もちろんです、快く引き受けてくれましたよ」
という返事が返ってきた。







―――そんなやり取りから4時間程前の夕方。

ピンポーン

そんなチャイムの音に寝ていたアルヴィンはうっすらと目を覚ました。
しばらくぼーっとしていると、更にピンポーンピンポーンと今度は2回続けてチャイムが鳴る。
うるさいな、人の快眠を邪魔しやがって…そう思いながらのっそりと起き上がり玄関のドアを開けると、寝巻きにしている上下灰色のスウェット姿の自分とは違ってピシッと背筋を伸ばしスーツを着こんだ老人が立っていた。

「こんにちは…いえおはようございますのほうがお似合いかもしれませんね。
 改めましておはようございます、アルヴィンさん。」

「……あぁ?…ローエン、か?」

片手でドアを開けながら寝ぼけた脳を覚ますために軽く横に頭を振る。

「はい、そうです。
 お休みのところすみませんが、お願いがありまして本日は参上いたしました。
 お部屋に入れてもらっても構いませんか?」

そう言うローエンを仕方なく招き入れた。
玄関で丁寧に靴を脱ぎ揃えるところをみると相変わらず几帳面なやつだ、と思わされる。
短い通路を歩いてそこにあるドアを開けると、とても綺麗とは言いがたい部屋が姿を現した。
入って左奥に壁に沿って置いてある大きめのローベッドと真ん中より右寄りにある丸いちゃぶ台のような机、右奥の窓際にある小さな台の上に鎮座しているテレビと家具自体は少ないのに、床には食べた後のカップラーメンの残骸や読み終わった雑誌などが所狭しと放置されている。
それらを適当に端に寄せると、ベッドの上に乗っていたクッションを床に放る。
「ありがとうございます」
そう言ってそのクッションの上に座るローエンを見届けると、自分はベッドサイドへと腰掛けた。

「で?久しぶりに訪ねてきたと思ったら俺にお願いってのは何なわけ?」

「はい、実は人を一人預かって頂けないかと思いまして」

ローエンは一瞬少し難しい顔をすると横を向いてアルヴィンの目を見ながらそう切り出した。

「は?無理無理、おたくだって見りゃわかんだろ?
 ここのどこに俺以外の人間が暮らすスペースがあるんだよ。」

「それはこの部屋の大量にあるゴミを掃除すれば大丈夫でしょう。
 それに預かって欲しいのは何も大の大人ではありません、10歳の男の子です」

さらっととんでもない事を言い出したローエンにアルヴィンは開いた口が塞がらない体験を始めてすることになった。

「じゅ…10歳って……おいじーさん、いつのまにガキなんて作ってたんだ!?」

思わず身を乗り出して尋ねると

「あぁ、違いますよアルヴィンさん、ジュードさんは私の子ではありません。
 私の知人の子で、その知人が数ヶ月前に事故で亡くなりまして、天涯孤独になってしまった所を引き取ったのです。」

と落ち着いた声で答えが返ってきた。

「それに何も永遠に預かって欲しい、というわけではありません。
 実は4ヶ月程出張で海外に行かなくてはいけなくなりまして、その間だけお願いしたいのです。」

そう言って頭を下げてくるローエンだったがアルヴィンからしてみたらOKなんてとても簡単に言えるものではない。

「…いや、それでもやっぱ無理だって。
 俺ガキって苦手だし、どう接していいかわかんねーしさ」

片手を額に当てもう一方の手を横に振ながら断りつつ、自分が子供と一緒に暮らしている所を想像してみるが、とても円満な生活を送れるとは思えなかった。

「………アルヴィンさん、確か私に借りがありましたよね?」

するとローエンは下げていた頭をあげると静かにそう告げだした。

「確か貴方が金欠だと困っていた時にお金をお貸しした事があったと思うのですが」

「そ、それが何だよ。
 …ま、まさかローエン…!」

はっ、と額に当てていた手を外してローエンのほうをみると、ニコニコと笑っているローエンの姿。

「はい、これで貸し借りは無し、ということにしましょう」

「じょーだんだろ?」

そう言い返すアルヴィンにローエンは容赦なく最終宣告を通知した。

「いいえ、冗談ではありません、近頃の若者の言葉で言うなら『マジ』です」

暫くアルヴィンにとっては居心地の悪すぎる沈黙が続いた後、アルヴィンははぁーと盛大なため息をついた。

「わかった、わかりましたよ。
 けどこれで絶対貸し借り無しだからな!
 くそっ、もう二度とおたくからは何も借りねぇぞ」

そう早口で言うと、ばふんという音と共にベッドに倒れこむ。

「はい、ありがとうございますアルヴィンさん、助かります」

そんな返事が返ってきたが、アルヴィンは返答しなかった。
ローエンはそんなアルヴィンの様子を気にもとめず

「それでは明後日の土曜日の夕方頃にジュードさんをこちらに連れてきますので、とりあえずお部屋のお片づけ、宜しくお願いしますね」

そう言うともう用件は全てすんだのかクッションの上から立ち上がる。
廊下に続くドアをあけると振り返り丁寧にお辞儀をするとそのまま帰っていった。


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