「誰か」の特別






「誰か」の特別でありたい

「誰か」の特別になりたい


そう思うようになったのはいったいいつの頃からだっただろう。


じゃあ、それが「誰か」じゃなくて

たった一人の―――



「アルヴィン」の特別になりたい



そう願うようになったのは?






近頃ジュードの様子がおかしい、そう気がついたのはいったい誰が最初だったのか。
街中でもぽーっとして通行人にぶつかってははっと気がついて謝っているところをちょくちょく見かけたり、
食事の最中も心ここにあらずといった雰囲気でただ目の前にあるものを黙々と食べている感が満載だった。
それが安全な、街の中やら海停の中だけならばまだよかったのだが、最近は戦闘中にもそんなどこか危なしげな様子が見かけられるようになり、仲間達の間でこれは一度話を聞いたほうがいいという結論が弾き出された。

「で、なーんで俺がその聞き役に抜擢されちゃったんかねぇ」

一人愚痴ながら料理をしているらしいジュードの方に向かって歩いていく、その足のりはいまいち気が進まないのかいつものアルヴィンよりゆっくりとしている。
今日はもう時間も遅いからという理由で野宿をすることになり、そこでミラがアルヴィンに

「丁度いいじゃないか、ジュードの様子を見定めてきてくれ。」

と命令なんだかお願いなんだか相変わらずよくわからない口調でこっそりと耳打ちしてきたのだ。
まぁ自分も少しジュードの様子で気になるところがあったからまぁいいか、という気持ちで軽く頷いた。



アルヴィンははぁ、と小さくため息をつくと辿り着いたジュードから2歩ほど離れた位置で歩みを止めていつもの調子を装って話しかけた。

「よぉ青少年、今日は何食わしてくれんの?」

するとビクッと肩を震わせたかと思うと、かき回していたおたまを鍋の中に落としてしまったジュードがばっと振り返ってこちらを見てきた。
思わずどうしたんだと聞きたくなる表情にこちらもビックリしてしまい目を軽く見開いると、はっとしたジュードが落としたおたまを救出しながらアルヴィンから視線を外す。

「ご、ごめんなんでもないんだ。
 ちょっとぼーっとしてて急に離しかけられてビックリしちゃった。」

そう彼らしくない程に早口で言うと目線を鍋に戻しながら

「今日はマーボーカレーだよ」

と返答してきた。

そんなジュードのあからさまにおかしな行動に、アルヴィンは2歩程離れいた距離を1歩に詰めてジュードの肩に手を置くとジュードの顔を自分のほうを向かせようとする。

「…なぁ、ジュードこっち向けって。
 最近何かあった?」

「え?…な、何もないよ。
 アルヴィンこそどうしたの、そんなこと聞くなんて珍しいね」

一瞬アルヴィンの方を見かけたかと思うとさっと顔を元の位置に戻し、そのまま少し俯きつつ鍋に視線を向け中身をかき回しながらジュードがなんてことないような口調で返してくる。

「だっておまえ、俺のこと避けてるだろ」

少し強い口調で言いながら今度は更に一歩進んで両手で両肩を掴んだかと思うと無理やりジュードを自分のほうに向かせた。
からんという音と共に地面におたまが転がったのが視線の端に写る。
二人の間に距離はほとんどない。

「……そんなことない、よ。
 それよりも手、離して、痛いんだけど」

「おまえが俺の質問にちゃんと答えたら離してやるよ」

そう言うとジュードは困ったような、そして少し泣きそうな表情をしていたのがだ、そんな顔を見せまいというようにジュードは俯いたままで、その琥珀色の瞳どころか口元すらアルヴィンには見えない。

「おかしいんだ…僕」

それだけ言うのに、ゆうに5分はかかった。

「何が?」

短答に問いかけてやると、ジュードは顔は俯いたまま、目の前にあるアルヴィンのコートをぎゅっと掴んだ。

「ずっと、ずっと理由を考えているのにわからないんだ。」

小さな声で話し出した。

「僕はアルヴィンのことを大切な仲間、だと思ってるよ。
 だからいつだって信じていたいし、何かあっても分かってあげたい。
 でも、最近変なんだ。
 …僕はアルヴィンのことを仲間だと思う以上に、誰にも渡したくないって思ってる自分がいるんだよ。」

掴んでいる両手で更にぎゅっとコートを掴む。
いつもなら皺になるからやめろとでも言いそうなのに、アルヴィンは何も咎めなかった。
驚きすぎてそれどころではなかったのだ。

「僕は…僕はいつから、こんなに我侭になってしまったのかな。
 …全部、アルヴィンを形作ってる全部が欲しいだなんて。」

それだけ言うとジュードは黙り込んだ。


数秒か数十秒か、もしくはもっと時間がたっているのかはわからなかった。
突然ジュードが掴んでいた手を離した。

「ごめん、アルヴィン。
 気持ち悪いよね、こんな話しちゃって…ごめんね。
 忘れてくれていいから…」

そう言うとアルヴィンから距離をとるため一歩後ろに下がろうとするジュード。
そんな彼を逃がさないとでも言うように肩に置いていた手を背中に回してその両手でジュードを抱きしめた。
とっさな行動でアルヴィンは自分でも自分が何をしているのかよくわからなかった。
ただわかるのは腕の中に居る暖かな存在と、無駄にドキドキ言っている自分の心臓の音だけ。

「ア、アルヴィン…!?」

抱きしめられたまま驚いてしまったジュードは自分の両手をどこにやればいいのかわからない。
しばらくあたふたしてから、そっとその手をアルヴィンの背中に回した。

「アルヴィン…ごめんね。
 きっと僕はアルヴィンのことが…好き、なんだ…ごめん。」 


なんども「ごめん」と謝る声だけが、アルヴィンの耳に届いていた。










きっとみんな誰かの「特別」
(たとえそれが一方通行な思いだとしても)

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