010 「こんな感じ…かな」 私は一通り話すと大きく息を吐いた。 マリクは口を挟むわけでもなくただずっと、聞いていてくれた。 なんでだろう、私どうしてマリクに話したくなったんだろう。 誰にも知られたくなかったのに。 「…今まで、辛い思いをしてきたんだな」 「あ…」 一言、そう言うとマリクはポンポン、とまた頭を撫でた。 温かくて大きな手を感じて、一筋の涙が、落ちた。 私、最悪じゃないか。 こんな風に語って、心配しないわけないじゃない。 マリクに慰めて欲しかったから話したの? 彼なら、私が弱くて守れなかった事を許してもらえると思ったから? 許されるわけないのに。 「…あまり自分を責めるのは感心しないな」 「え?」 「過去を振り返る事も大事だ。後悔だってしたくなる。でも大切なのはその体験をどう未来に生かすか、だろう?」 「未来に…生かす…」 「ノアル、お前は強くなりたいんじゃないのか?」 「強く…」 もしも強かったら。力があったら、私は守れた? 母様や父様にお婆様を守れたのかな。 …きっと守れたよ、少なくともお婆様だけでも絶対に、守れることができたと思う。 それに…他にも守りたかった、大切な人がいたんだ。 それが誰かは分からないけれど。 「マリク。私、強くなりたい。強くなって、誰かを…大切な人を守りたい」 「それはどんなに辛くても、か?」 真剣な目でマリクは聞き返す。 ここで引いたら私はもう誰も守れない。 拳をギュッと握ると私は答えた。 「勿論よ、なんだろうと耐えてみせるわ」 「……やはりお前は良い目をしている」 「やはり?」 「いや。それだけ覚悟があるなら十分だ。もう座って構わんぞ」 「え?あ、ああうん」 いつの間にか立っていたらしく促されて私は静かに座った。 さっきまでの緊迫した空気はもうなかった。 なんだか喉がカラカラ…。私もしかしてかなり緊張してたのかな。 オレンジジュースを注ぐと一気に飲み干した。 「良い飲みっぷりだな」 「ちょ、ちょっとそんなの見てなくていいよ!」 「そうだな、二十歳になったら一緒に酒でも飲みたいかもな」 「マリクと?」 「当たり前だろ、オレ以外誰がいるんだ」 「え、へへ、そうなんだけどさ」 なんだかちょっと嬉しい。 それって私が二十歳になった時にまた会ってくれるってことでしょ? マリクは苦笑するとテーブルに乗っていた飲み物を同じく一気に飲むと口を開いた。 「ノアル、騎士学校に入る気はないか?」 「騎士学校に…私が…?」 「ああ。さっき興味があると言っていたよな。オレはお前の実力を知らないが覚悟はちゃんと有る、それに強い目を持っている。お前がそこで育って、どんな騎士になれるのか、少し興味がある」 「え…で、でも私お金ないしそれに強いかどうか…」 「お金の心配はしなくていい。いや…正直に言うべきだな。オレが、お前を育ててみたいと思ったんだ」 「…え?マリクが?わ…私を?」 なにそれちょっと待ってよどういうことなの? え、私…こんな私でも騎士になれるの? ううん、その前に…あれ、マリクって。 「マリク…って、騎士なの…?」 「いや、騎士ではない。騎士学校の教官をしているだけだ」 「きょ…きょ、教官!?」 「お前気付いてなかったのか…まあ良いけどな」 え、確かに生徒に声掛けられてたような気がするけど、バロニアに夢中すぎて気付かなかった。 まさか教官さまだったなんて! 私が口をぱくぱくさせてるとマリクは小さく吹き出してから続ける。 「お前みたいな逸材、このままナブルスに返すのは惜しいと思ってな。…ノアルさえ良かったら、オレの元で学ばないか?」 「え…いや、その…」 話がぶっ飛びすぎてて着いていけない。 え、逸材?はい? とてもじゃないけど私がそんな素質があるとは思えない。 でも、騎士にはなりたい。 「無理強いはしない。騎士学校は相当ハードだからな、並大抵の根性じゃやっていけない」 「わ、わわ分かった!」 私は思い切り立ち上がった。 椅子が倒れそうになったがなんとか支える。 一回大きく息を吸うと、私は叫んだ。 「マリクから一撃でもあてたら騎士学校に入る!」 …は? 「…フン、面白そうじゃないか、ノアルがそのつもりなら受けて立とう」 今、私なんて言った…? 「やっぱりお前は面白いな、わざわざそんな条件をつけるなんて」 「え、ちょ、待…」 「武器の心配なら必要ない。丁度よかった、オレもお前の実力が知りたいと思っていたからな。ちょっと待っていろ」 マリクは嬉しそうに笑うと奥へ行ってしまった。 どういうことなの…私、とんでもない事を言ってしまったんじゃ…! [*前] | [次#] モドル |